スペシャリストの帽子 / ケリー・リンク
[金子ゆき子・佐田千織 訳] 2001年に刊行された第一短篇集。 やっぱり良いな。 リンクほんと好き。 文学が窮屈だと言わんばかりのはみ出しっぷり。 理由も背景も与えられないまま脈絡もなく唐突に現れ転がるような物語にもかかわらず、変幻自在に筆を操り、感性と妄想力の炸裂する世界へすんなり引き込んでくれる。 慣れ親しんだ愛着深い匂い、ポップでビビッドな色彩、キュンとなるような可笑しみ、リズミカルで瑞々しい言語感覚・・ どこか人懐っこく憎めない肌合いを基調としていて難解な顔はしていないのだ。
なんだろう、おとぎ話を分解して再構築した万華鏡的オプジェのような奇天烈な有機体・・ いや、おとぎ話の諸断片を作者の坩堝に投入して溶融し再生させた現代の寓話とでも言うべきか。 不条理な夢を見続けているようなシチュエーションの面白さ、言葉を超えて飛翔する比喩性や登場人物と読者のあいだの感覚のズレがもたらす揺らぎ、身の回りの普通をグロテスクに異化してしまう誇張法の冴えがそれは見事で、解読困難な迷宮さながらの現実社会を、また別の遠近法で映し出しているかのよう。
自己と他者、生と死、あるいは幸福と不幸の間の幽暗な境界や、名前が含意するものとは何なのか、その辺りの謎めきが特に霊感を刺激していそう。 異様な観念に取り憑かれたり苛まれたりする人々の意識下で、不明瞭な数多の感情が擦れて立てる音、それは紛れなく聞こえてくる。 皮膚の下に隠し持つ孤独、孤独への不安、無力感、壊れやすさ、愛の欠乏感、寄る辺のなさ・・は、希薄な現実を支えなくてはならない不透明な時代を生きる魂の受難に他ならないのかもしれず。 登場人物から距離を置く観察者の立場を保ちながらも、決して断じたり突き放したりする目線ではなく、微かに滲む共感の成分が客観描写に微妙なニュアンスを綾なしているのを感じる。
豊かな文芸性に裏打ちされながらも、ファンタジーの煌めきをぎゅっと詰め込んだ作品ばかりで全てがお気に入りなんだけど、やはり「スペシャリストの帽子」は振るってた。 古いお屋敷の不気味な伝承をモチーフにしたオールド・ファッション全開のビターな童話めいた幽霊譚。 いったい・・ 双子はベビーシッターに連れ去られようとしているのか、救われようとしているのか、父親に脅かされようとしているのか、守られようとしているのか。 最愛の母を亡くし、死を夢想して遊ぶ子供の途方もない虚無が行き着くラストの、あの空気感は他にちょっとない。
「ルイーズのゴースト」も大好き。 当然、感じ方はいろいろあると思うのだけど。 分身が幽霊に悩まされるという冗談のような話・・と読んだ。 しかもそのコーストのゴーストが! これはコルタサル的円環・・なのか? タイトルの二重性はもとより、エクリチュール効果を細かく計算し尽くした機知にやられた。 とぼけた筆致で一個の精神が崩壊する過程を余すところなく描き出しているかのようにも読める。 剥奪された悲劇性は一層の哀切を帯びて胸に迫る。
生から死へ向かうモラトリアム領域を幻視した「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」は、過剰な感傷と自己愛の権化のような物語なのに、抒情詩のような美しい響きと疼くような甘い痛みの奔流に抗えず身を沈めてしまった。 暗示どころか“自慰小説”であることが堂々と明示されてるんだよね^^; 作者はわかってやってるんだなとクスってなる。
「靴と結婚」の、“幸せに関しては得意”な占い師の言葉。
あなたたちは一緒に年を重ねますよ。仲良くやっていけるわ。私が約束する。信じてちょうだい。未来のあなたたちが見えるの。庭に座っているあなたたち二人の姿が。爪に泥が入っちゃってるわね。レモネードを飲んでるわ。それがお手製のものかどうかはわからないけど、とにかく絶品ね。甘すぎない。私がこう話したことをあなたたちは覚えているでしょう。私が話したことを覚えおいてちょうだい。あなたたちはほんとに幸運よ、互いに見つけられて! 古い一足の靴みたいに、あなたたちは仲良くやっていくわ。
幸福の見つけ方の一つの深い示唆だと思った。 あんまり素敵だから何度も読んでしまった。


スペシャリストの帽子
ケリー リンク
早川書房 2004-02 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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