探偵術マニュアル / ジェデダイア・ベリー
[黒原敏行 訳] アメリカの新進作家による2009年発表のデビュー長篇。 うっすらSF風味の幻想探偵譚。 アメリカで認知されているらしい都会小説(B級ハードボイルド的な?)を踏まえての変奏ヴァージョン風なのかなぁーと想像しながら読みました。 もっともこちらはソフトボイルド。 ファンシーでメタフォリカルで、主流文学に通じる個性もほのかに感じさせてくれる似非B級な作品でしょうかね。 事件捜査的な真理探求のプロセスから逸脱することはなく、この世界のルールに則して謎は解かれます。 浄化作用のあるラストも程よい娯楽性を保ちつつ、何かとてもシンボリックで素敵だった。 久しぶりに上々吉のエンタメに出逢えた気分
雨の降り続くとある都市(まち)が舞台。 とにかく、オリジナルにデザインされた風物や風俗成分を遺憾なく注入した都市のジオラマが、読みながら頭の中に広がり、定着していく時の世界酔い的体験というのは、ハイ・ファンタジーを読む醍醐味なのだと存分に思い知るくらい堪能させてもらいました。
北には碁盤目状の新市街地を、南には旧市街が入り組む港町を配し、その境目に見張り台のように聳えるのは〈探偵社〉。 複雑に組織化され、社員にすら全貌が公開されていない巨大な〈探偵社〉に勤務するアンウィンは、都市随一の名探偵シヴァートの専属記録員として長年報告書を整理し、脈絡をつけ、正確無比な記録に仕上げてきたと自負している。 そんな事務方気質のアンウィンは、ある日、唐突に探偵への昇格を言い渡され、かつての人生から追い立てられるように、都市で発生している不可解な進行形の混乱に放り込まれてしまう。
行方不明の探偵シヴァートを捜し、〈カリガリサーカス〉の千と一の声を持つ魔術師ホフマンの企みを追い、敵か味方か“一枚噛んで”いそうな謎めく女性たちに翻弄されながら、シヴァートを指揮していた監視員レイネック殺害の謎に迫ります。 “探偵術マニュアル”を携え、醒めきらない夢の都市を駆け抜ける探偵(になりたくない)アンウィン。 見えない暴力の支配下で腐敗し、荒廃しかけた都市を救うことができるのか・・?
〈探偵社〉は秩序を、〈カリガリサーカス〉は無秩序を体現していますが、同時に、知と未知、可視と不可視、昼と夜、現実と夢、覚醒と眠り、構築と破壊、記憶と忘却、保守と冒険、内と外など、いくつもの概念が重なり合って対照されています。 ただ、ここに優劣や善悪は含まれません。 むしろ、そう思われがちなイメージを払拭すべく、互いが互いの抑止力となって自律的に機能し合えることの意義や、そのための複眼的認識力の大切さ、全てを一義的な意味の場に回収することの危うさが物語られています。 内部へ沈降し、外部へ踏み出す作業を通して、偏った暗黙の物差しを盲信して真の問題を見過ごしてはいないか自己検証を促します。
筆記用具がタイプライターだったり、帽子の着用がステータスだったり、切符にパンチを入れる車掌や、レバーを動かしてエレベーターを操作する係員や・・ ちょっとレトロな空気が良いんです。 捨てられた産業廃棄物が放置され、石畳に赤錆の筋をつける路地、朽ちた廃駅のホームに滑り込む探偵専用の地下鉄、旧市街の暗い片隅の酒場”四十回のウィンク”、うら寂しいサーカスの廃墟、双子の番人が乗る赤い蒸気トラック、時計を持った夢遊病者が集う丘の上の屋敷“猫と酒”、細い路地が入り組み何層にも重なった夢の中の煉瓦道・・

<備忘メモ>
なお、“われわれは眠らない”をスローガンに掲げ、目の図柄をトレードマークにした〈探偵社〉のモデルはピンカートン探偵社、〈カリガリサーカス〉の元ネタはドイツ表現主義映画の古典的名作「カリガリ博士」、巨大な半円筒形の屋根と、中央ホールに四面の時計をとりつけた案内所がある〈セントラル駅〉のモデルはニューヨークのグランド・セントラル駅、また、著者が最も影響を受けた作家と語るカルヴィーノの幻想小説「見えない都市」の中の「精緻な都市 4」に描かれる都の話は、本作の世界観の発想源になっているかもしれず、ボルヘスとの親近性においては、特に「伝記集」収録の「円環の廃墟」、「エル・アレフ」収録の「アベンハカン・エル・ボハリー、自らの迷宮に死す」からのインスピレーションが感じられるとのこと。 訳者解説より。


探偵術マニュアル
ジェデダイア ベリー
東京創元社 2011-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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