遠く不思議な夏 / 斉藤洋
[装画:森田みちよ] 上野から普通列車で二時間、そこからバスで一時間くらいの場所にある母の郷里の村で過ごした遠い夏のモノローグ。 昭和30年代頃、幼少年期にあった“わたし”が、一夏一夏の記憶の底から掬い上げる思い出の数々。 意識の鮮明化と引き換えに失ってしまう儚い瞬きのような不思議に満ちた体験が、入学前から5年生までの時間の流れに乗せて連作長篇形式で描かれていきます。
先に「K町の奇妙な大人たち」を読んでるんですが、これは姉妹篇と考えていいのだと思う。 東京の東端、K町での日常を綴った“わたし”ど同一人物の“わたし”が綴る夏休みの田舎ステイ編。
夜になると川で魚釣りをするお地蔵様、増築を重ねて迷路のようになった本家の古い屋敷、彼方と此方の境界人のような“きっつぁん”という不思議な男、松明と提灯に照らされて昔ながらの面と衣裳で踊り狂う夏祭りの“にとこ踊り”、軽んじられていると腹を立てて悪戯をする小さな杜の神様、村道の街灯の下で捕まえるカブトムシ、泥の中からにゅっと顔を出すヌマメ、本当のことと響き合ってしまう祖父の可笑しな作り話、本家から分家に揚々と引っ越す座敷わらし、リヤカーの心地よい振動、水田の中に浮かぶ人魂、神社の木々から溢れ出る蝉の声・・
神秘的な土壌の力が薄れつつあるものの、東京のK町にもその名残りが十分に感じられた時代。 田舎の村では、まだまだ怪異が悠然と日常に溶け込み、物の怪が自然現象と隔たりなく受け容れられていて、更に強い地場の力を感じます。
そこには時間をかけて培われてきた人々の無意識の集合体のような氏神という呪縛があって。 現金やそれに代わる物品の授受が社会生活の重要な基盤になっている狭い共同体での神様とのかかわり方が、評価を持たない子供の透明な目に晒されてもいて、古き佳き郷愁のみを賛美する小綺麗な世界ではないところに読み応えと深い味わいがありました。
大人の顔色を敏感に察知する少年であることに違いはないのだけど、K町での“わたし”よりは大人とのコミュニケーションが保たれている印象があり、大人社会の謎めいた背景事情がK町の時より生々しく透けて見えます。 母親の実家は分家ながら近頃は羽振りが良く、落ち目の本家に代わる地位と名誉を虎視眈々と狙っている様子。 そこにはどうやら“わたし”の父からの援助があるらしい。 “わたし”には家庭教師をつけられている異母兄たちがいるらしいことも判明。 案の定、“わたし”の家庭環境はナゾに満ちています^^;
かぞえ年で十二歳に達し少年期を終えた5年生の夏。 最終話はきもだめし大会での武勇伝で締めくくられますが、その楽しさの裏で、怪異が何も起こらなかったことに一抹の寂しさが広がります。
わたしはポケットから木のイヌを出して、そっときっつぁんにかえした。
だからこそ・・ その前年の最後の思い出の眩しさが、縁側で交わし合った他愛ないやりとりが、氷ったスイカの味が、胸に応えて泣きそうになる。


遠く不思議な夏
斉藤 洋
偕成社 2011-07 (単行本)
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★★

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