死の扉 / レオ・ブルース
[小林晋 訳] 長らく絶版状態にあった知る人ぞ知る(?)プレミアムな古典ミステリが新訳で復刊! なのだそうですね。 何も知らずに生きておりました。 そもそも、レオ・ブルースの作品というのは、アメリカ版が刊行されることが少なかったようで、本篇も例外ではなく本国イギリスのみの刊行だったせいもあり、果たせるかな原書はちょいとお目にかかれないほどの稀覯本になっているとか。
パブリック・スクールの上級歴史教師、キャロラス・ディーンが素人探偵として活躍するシリーズの一作目。 本シリーズは23作の長篇を擁するそうですが、今のところ邦訳は数篇のみという寂しさで、しかも版元がバラバラなんですね。 わたしはウェルカムだなぁ。 この作風。
イギリスの小さな町ニューミンスターのマーケット・ストリート地区にある一軒の小間物屋の一室で、強欲な老婦人店主と巡回中の警官が時を前後して殴殺される二重殺人事件が発生。 キャロラスは教え子の悪童たち、とりわけルーパート・プリグリーに焚きつけられ、独力で事件の実地捜査に乗り出すことに。 この気障で小生意気な16歳の青二才、プリグリー少年が助手役を務めます。 でもわたしのお気に入りはおバカなテディボーイ♪
因みに舞台背景は1954年。 キャロラスは40歳。 結婚して間もなくのロンドン大空襲で若妻を亡くして以来の男やもめ。 父の莫大な遺産を相続し、高級車のベントレーを乗り回す衣裳持ちでもあり、伝統を重んじる保守的な教育の現場では、規格に合わないやや特異な存在でもあります。 現代の捜査法の光に照らし、歴史上の華々しい犯罪の真相を探ろうとする(歴史ミステリ的な?)ベストセラー本を執筆した過去があり、地元ではちょっとした有名人。
新聞の見出しを賑わす浅ましく恐ろしい暴力事件など警察に任せておいて、埃臭くも心踊るロンドン塔界隈の優雅な思索に耽っていた方が良かったのではないかと、時に自問自答しながらも、犯罪研究の実践応用を試みるという刺激的情熱に駆られ、探偵活動が止められないキャロラスなのです。
被害者の因業婆は、彼女を知っている者全員に動機があるというほどの嫌われ者。 容疑者(候補)から、なかなか誰も除外できないし、確たる容疑者へ昇格させられるほどの不利な証拠も見つからないまま捜査は難航を極めます。
直観の光明が差すまでコツコツと地道な聞き取り調査の行程が続くのですが、皮肉な人物描写や会話のウィットが読むものを飽きさせず、軽妙洒脱なコージーミステリの趣きがあり上品で愉快。 多数の印象と、告白の集積と、証拠の断片・・ 手にした情報の山のどこかに、ただ一人の人物を指し示す事実がある。 読者への挑戦状こそ挿入されてはいないけれど、フェアプレイ性の高い、かなりシンプルな謎解きもの。 自分は早い段階でわかっちゃったんですけど、構図をそのままに同じ材料から全く色を変えた裏表の絵を描き上げるという発想の転換的な趣向において、お手本のように端正な作品であり、また、如何に説得力に富む“仮説”を提示できるかという、物的証拠に頼らない、あくまで辻褄合わせの出来栄えを愛でるタイプに近いような。 そして、たとえ勘づいてしまっても推理披露の段でのがっかり感は全然なく、トータル的に言って相当に楽しかったというのが偽らざる気持ち。
レオ・ブルースにはもう一つ、ビーフ巡査部長を探偵役とするシリーズがあり、一作目だけ既読なんですが、非常に奇を衒った作風で、本作の小味な雰囲気とは随分と異なる印象を持つものの、あちらでは存分に発揮されていた伝統的な探偵小説のお約束を茶化すようなセルフコンシャスな要素が、こちらでも微かに効いていて、マニア心を擽る作家だなぁとの思いを深くしました。 邦訳が進んでくれたらいいなぁ。 小さな町とキャラクター、英国調の物腰が魅力的で愛着が湧きそうなシリーズだもの。


死の扉
レオ ブルース
東京創元社 2012-01 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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