名探偵の証明 / 市川哲也
かつて一世を風靡した名探偵、屋敷啓次郎は、現在老境に差し掛かる身の上。 閑古鳥の鳴く探偵事務所に引きこもって開店休業状態の日々を送っている。 ラストチャンスと腹をくくり、引退をかけて事件解決に臨むべく、人里離れた資産家の別荘へ向かうと、そこには今をときめくアイドル探偵、蜜柑花子との対決が待っていた・・
鮎川哲也賞受賞作。 ベースは本格ミステリなのだけど、名探偵のその後を描いていて、おとぎ話で言うところの“めでたしめでたし”の先に続く、“幸せに暮らしましたとさ”の裏側を暴いて風刺するパロディ的な批評性を備えた物語。
日常世界の現実に照らし見て“ここが変だよ名探偵”的なタブーが探偵小説にはあるわけで、その一部をストーリーに取り入れて、名探偵を現実世界に整合させる試みがなされています。 メインの命題は“名探偵だって老いる”ですが、他にも(これはネタバレになるのかな? 一応伏字に)例えば「十割の確率で真相を暴く名探偵がいたら、挑戦するより殺害を企てる方がリスクが少ないと考える一定数の犯人がいても不思議じゃない」や「尋常でないほど献身的な警察協力者を必要とするがそんな都合のいい奴いるはずない」や「名探偵がいるから事件が起きると認識され犯罪の元凶として厄病神扱いされて然るべき」などもプロットに練りこまれ、 ツッコミ論理を多用して、人間ドラマ仕立ての物語をまとまりよく構築しているなぁと思いました。 オチがいいね。 あの皮肉で一本筋が通ったし、結末で評価が上がりました。
ただやっていることが目新しいかというとそうでもなく、探偵小説の世界と現実世界を整合させることができるかの問いかけ自体には、周回遅れのような今更感があります。 探偵は“神”か“人間”か、という命題には深遠な思索が伴いますが、それは1930年代の作家が抱いた切迫感や切実さでありましょう。 まぁだから、今やろうとしたらお遊びでもない限り陳腐な焼き回しになりかねず、逆に難易度の高いテーマと言えなくもないのかも。 でもライトでチープめな読み口が功を奏したというか、わりと健闘した方なんじゃないかな? てか、心はハードボイルドだよね^^;
もはや地上に“神”の居場所はなく、“人間”となって苦悩したドルリー・レーンは輝きを失い、次世代型の探偵に国譲りをして退場した・・ことが全てを言い尽くしてると思う。 雌伏の時を経て地獄の辺土から浮上したドルリー・レーンの血を引く新本格の名探偵たちは、それこそ“超人的”にタフだし、酔狂だし、捻くれてるし、吹っ切ってるし。 現実社会に生きる素の人間とは一線を画す方向に道を切り拓いて枝葉を広げ細分化し、ニッチにディープに進化し続けたり、或いは不整合性を承知であえてギクシャクと現実世界に居座らせ続ける道をふてぶてしくも選んで奇妙な安定化を成し遂げたり・・ ある意味、“神”から“悪魔”へと変身を遂げたのではなかろうか。 個人的な願望かもしれないけど。
あっ、いや、“新本格へのレクイエム”的な内容だという噂を小耳に挟んだりもしてたのだけど、そこまでの挑発はないない。 そんな風に取られかねない節もあるにはあるのだけど^^; むしろバブル絶頂期と現在の経済的な社会背景を、名探偵の栄華と凋落とに重ね合わせた趣向に近いような・・
しかしどうしてもその批評性の方に目が向き、肝心のミステリパートがくすんで見えてしまうのは惜しい。 あのどんでん返しは(勝手に侮ってたのもあって)引っかかるものを感じていたのに全く予想できず、しかも真犯人の動機がしっかりツッコミ論理にコミットしていて、自分は面白く読めたのだが、とはいえ、まだ本気が出てない気もするかなぁ。


名探偵の証明
市川 哲也
東京創元社 2013-10 (単行本)
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