厳重に監視された列車 / ボフミル・フラバル
[飯島周 訳] フラバルは20世紀後半のチェコ文学を代表する、いわゆる“亡命文学”の担い手(西側諸国で出版されたという意味で)の一人なのだが、さまざまな悩みや葛藤を抱えながら国内に留まって創作を続けた作家だそうだ。
ナチスドイツの保護領だったチェコ。 主人公のミロシュ青年が見習い操車員として勤務する国営鉄道の小さな駅が舞台である。 最優先の厳戒兵員輸送列車を始め、行き交うのは家畜を乗せた貨物列車や、物資や郵便を前線に届ける急行郵便車や、傷病兵を運ぶ病院列車・・ 軍事における重要なインフラであったろう鉄路の光景が活写されている。
ミロシュ青年の語りなのか、そこから広がる何かなのか、のたくた長いセンテンスは文法を超えて折重なるように蠕動し、イメージのピントを撹乱する。 原文の感触は一体どんな風なのだろう。 わたしなんかが一度読んだくらいで何かを語れるような小説ではなかったものの、理解というかたちに回収できない悩ましさが読後ずうーっと胸に居座ってしまった。
1945年2月。 戦争も末期で敵も味方も疲弊し、殺伐と、そして何処となく遣る瀬無い気配が揺曳している。 燻る誇りや憤りを微妙に拗らせた抑圧下にあるライフスタイルの精神性が戯画の中に鮮烈に息衝いているのを感じる。 民話のようなエピソードが断片的に煌めく大らかで猥雑な風土と、感受性の強いミロシュ青年の痛々しくも凡々たる性の悩みの滑稽さに、極限状態での感覚の麻痺や認知の歪みが縒り合わされて、落ち着きの悪い何とも特異な悲喜劇的世界を出現させている。
乾いた死や不条理が充満し、静かな狂気をどうしようもなく孕んでいるかのような映像美に対し、卑小なウィットとして描かれるエロスは紛れもない“生”の象徴だ。 ミロシュ青年に託されたモチーフはいじましい生への希求であったろうに、彼がせっかく手にした生のエネルギーが、こうも容易く無造作に死のそれへとスライドしてしまうとは。 戦時下で“男になる”とはこういうことなのかと、シリアスなラストにも一抹のアイロニーが漂うかのようで、気持ちの行き場をどうにもロストしてしまう。 若さという未熟と非日常化した日常がチグハグに凸凹に絡み合っている可笑しくて哀しいキメラのような物語であった。 メランコリックな装いなのに一皮剥けば恐ろしいほど冷めた突き放しがある。 戦時を生で体験した者でなくては絶対に描き得ない境地なのではなかろうか。


厳重に監視された列車
ボフミル フラバル
松籟社 2012-09 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
| comments(0) | trackbacks(0) |
C O M M E N T








http://favorite-book.jugem.jp/trackback/982