コップとコッペパンとペン / 福永信
何が面白いのかさえよくわからない規格外れの面白さ。 前衛的な娯楽小説といった味わいの作品集。 プロットに対する鋭敏な方法意識や、“語り”をいかに効果的に機能させるかという問題意識が研ぎ澄まされているのを感じる。 ジャンル小説風のフォーマットを手馴れた道具のように使いながら、極めて合成的に、技巧的に、なにものにも収斂しないまま宙吊りとなった世界を構築(反構築?)しているような油断ならぬものがあって、それこそ物語だけが小説のエンジンではないことを物語ろうとしているみたい。
あからさまな省略や偏執的なディテール、無用さの残響、噛み合わない遣り取り・・ でも、暴走と制御が絶妙に共存しているのだ。 全体的に都市社会を漂泊するような浮遊感があって、真実性と虚偽性の揺らぎ、絶対性についての幻想を示唆しつつ、個人という輪郭の脆弱さを露わにしていく印象だけど、それは何も特別なことではないでしょと、しれっとしちゃってる気構えに映る。
表題作の「コップとコッペパンとペン」は、大胆不敵に繰り出される人生の予測不能性を、言語空間の予測不能性に軽々と溶かし込んでしまった快作。 取り敢えず曲がりなりにも三代に渡る一家系のサーガなのだが、叙事小説とハイパーモダンのハイブリッド感に擽られた。 タイトルは“三世代の繋がり”を言語的位相で揶揄ってるんだろうな。たぶん。 電線、赤い糸、三つ編み、ロープ、ブーツの紐・・ 繋ぎ、ほどき、結び、よじれ、縺れ合うモチーフが、記憶の指標となって意味ありげな合図を絶え間なく瞬かせるのだけど、それはイミテーションなのであって、実は意味性を徹底して茶化そうとしているのではないかと思われる。 サスペンス仕様でありながら、なんの着地もフィードバックもなく、読者を物語に深入りさせることをすんでのところで拒んでみせ続けるイケズぶりが癖になりそうだった。
一番引き込まれたのは「座長と道化の登場」。 いや、引き込ませてもらえたというべきか。 ジャンル小説のガジェット云々ではなく、もうこれは純粋にホラーだった。 A面とB面とでもいうべき二幕のナンセンス不条理劇。 不可知な他者との接触の中で生じる孤独によって、自分の信じるコスモロジーの不安定性が露わになっていく。 内部と世界の間に介在するどうしようもないズレ、断絶。 乾いた不気味さにぽっかりと覆われた白昼夢のような空間が痺れるほど怖い。
「人情の帯」は、加筆された書き下ろしの続篇「2」と合わせて読む方が断然いい! 「コップとコッペパンとペン」における縦の糸を横の糸に置き換えたような作品で、モチーフとなるのは“電話”である。 外側からの緻密な観察による視点でのみ展開し、見えない人間関係(とその不在)を表層だけで織り上げていく。 時代感覚とも無縁ではなく最も群像チックな一篇。 「コップとコッペパンとペン」がサスペンスなら「人情の帯」&「2」は推理小説を踏襲していると言えるのだけど、当然ながら一筋縄でいくわけがなく、まるで見事な反推理小説を成している。 似て非なるピースが大量に混在しているため、パズルを組み立てることができないもどかしさとでも言おうか。 “手掛かり”が読み解く鍵になるどころか迷宮への誘導灯としてのみ機能しているが如くであり、ペテンにかけられたようなトリップ感の快楽に浸った。 福永信さん、初読みだったのだけど是非是非ご縁を結びたいと思った作家。


コップとコッペパンとペン
福永 信
河出書房新社 2007-04 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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