ペナンブラ氏の24時間書店 / ロビン・スローン
[島村浩子 訳] デビュー作となった本書で2013年度アレックス賞を受賞した著者は、情報社会の未来を予想したFlashムービー「EPIC 2014」を、2004年に共同制作して話題を呼んだ人物なのだそう。 サイバーパンクと冒険ファンタジーと暗号解読ミステリを組み合わせたジャンル混成型の作品で、ギミックがてんこ盛り。 デジタルとアナログがせめぎ合い、溶け合い、化学反応を起こす、そんな時代ならではの雑駁な躍動感のようなもの、未来はわからないけれど、まだ決してコンピュータが万能とは言えない“今”の混沌を映し出すライブ感が秀逸だ。 ちょっとくたびれたし、想像してた内容と思い切りかけ離れてたけど、極上のエンターテイメントを楽しみました。
ITイノベーションの聖地、サンフランシスコが舞台。 シリコンバレー界隈で生きる上昇志向の若者たちが日常の中で繰り広げるリアルRPGゲームのような世界といったらいいか。 まるで、ファンタジーを描くのに特殊な舞台なんかいらないぜ!とばかり。 “ぼく”ことクレイ・ジャノンのフレンドリーでご機嫌な語りに乗って軽快に進行し、どうやらティーンズ向けの作品だったりもするようなのだけど、ソフトにしろハードにしろ最先端知識の不足が甚だしいゆえ虚実の皮膜に安心して遊べない。 ところがそんなフリーダム感がいつの間にか存分な魅力に思えてきてしまう。
主人公の青年クレイは不況の煽りを受け失業中の元デザイナー。 ある日、目に止めた求人ビラに釣られ、ふらっと入った風変わりな24時間営業の古書店で、夜間店員として働き始めることになる。
くらくらするほど天井が高く、ありえないほど細長い店舗の手前半分のエリアはいかにも普通の古書店なのだが、貸本屋システムが適応されているらしい奥半分のエリアは鬱蒼とした森のように暗く、見果てぬ上方まで伸びる梯子の架かった書棚には、Googleの知る限り存在しない美装丁本がぎっしりと並んでいる。 そして、浮世離れした奇妙な学者風の老人会員たちがぽつんぽつんと訪れ、携えた一冊の蔵書を返却してはまた新たな一冊を借りていく。
店主を務める青い目の老人ペナンブラ氏には、“奥の書棚の本を決して開いてはいけない”と念を押されていたものの、好奇心に抗えずページを開いたクレイが目にしたのは、びっしりと埋め尽くされた無秩序な文字の羅列。 いったいこの暗号で書かれた本は何を意味しているのか? 店主のペナンブラ氏は何者なのか? 顧客の老人たちは? この書店とはいったい・・??
真相究明に向けてのアクションがスタートし、長い時間をかけてひっそりと受け継がれてきた禁断の謎の中へと足を踏み入れていくクレイ。 彼自身には突出した才能があるわけでなく、読者が感情移入し易い普通人的に造形されたキャラなのだけど、ある種、ネットワーク作りに才能があるというか、クレイ自身が“リソースフル”な存在というか。 “生気のきらめき”を友達作りのフィルターにしている彼の周りに集うのは、奇人と天才のあわいを縫うような逸材たち。 『ドラゴンソング年代記』の愛読者だったことから絆を深めた幼馴染みの親友ニールは、ソフトウェア会社の青年CEOを務めるベンチャー起業家、人間の脳の潜在能力を強く信じているクレバーなガールフレンドのキャット(真賀田四季と同じ思想を持った子だ)はGoogle本社の社員、ルームメイトのマットは特殊効果アーティスト、ペナンブラ書店の午後の部勤務のオリヴァーは考古学マニア、時にハッカーヒーローも味方につけ、難題をクリアし、目的を達成するための特殊作戦部隊たるパーティがあたかも編成されるような格好で、仲間たちの友情とそのコネクションがスケールメリットへと繋がっていくシュミレーションモデルさながらの展開をみせてくれます。
クレイが突き止めた愛書家カルト集団による秘密結社のような協会の、その教義の中心にあるのは、あらゆる人生の秘密が記されている(と信仰されている)一冊の古い暗号本。 彼らは中世から伝わるこの秘本の解読に五百年取り組み続けているらしい。 暗号本を遺したとされる人物はアルドゥス・マヌティウス。 商業印刷の父と言われるルネサンス期ヴェネツィアに実在した出版人なのですね。 マヌティウスは史上初の古典集を作ったことで知られていますが、その際、古典作家の研究を通じて人生の秘密を発見したのだと協会は信じている、という体裁。
キリストと第一の使徒ペテロと最期の審判を彷彿させる伝説がアレンジされ、協会の教義として設えられているのですが、マヌティウスたるキリストから“鍵”を託されるペテロに当たるのが著者が創造した架空の人物、グリフォ・ゲリッツズーン。 マヌティウスの親友にしてパートナーであり、デザイナーだった彼が作成し、今なお広く普及し続ける典雅にして優美な活字書体、ゲリッツズーン体(モデルはローマン体でしょうか?)が、大きな存在感を持って物語世界に潜んでいます。 デジタル化の盲点がトリックとして活かされる大詰めのミステリ部分に上手く絡んでいくんだよね。 クラーク・モファットという架空の作家が遺した『ドラゴンソング年代記』なるファンタジー叙事詩も謎解きの大事な要素として作中に組み込まれています。
ペナンブラ氏には何より仲間が必要だった・・ 煎じ詰めると分派によるクーデターと言えるストーリーだったんじゃないでしょうか。 一生かかってもやり遂げられなかった成果が、コンピュータの力を借りて一瞬で得られるようになった時代の変化に対応することを拒み、チョークと石板、インクと紙による研究に執着することがマヌティウスへの敬意と言えるのか? それは起業家だったマヌティウスの精神に返って忠実でなくなってはいないか・・?
そして今、時流に乗り成功体験を積んでいく若者たちだってめぐりめぐって歳をとり、アイデンティティを揺るがすような新時代のモデルに直面しなくてはならなくなる日が来るかもしれない。 その時どんな行動が取れるだろうか? 安直な若者賛歌ではない問いが投げかけられています。
ピカピカでツルツルな電子書籍と埃臭いアンティークな古書という、言わば真反対のモチーフがぶつかり合うかのようなストーリーなのだけれど、むしろ、現代のITテクノロジーと中世の活版印刷が五百年の時を越えて親和する感覚にワクワクしました。 “技術革命”と“情報革命”の最中の息吹き、まだ使い慣れていない新しい可能性を手に入れた昂揚感と戸惑いが発するその酷似性に。


ペナンブラ氏の24時間書店
ロビン スローン
東京創元社 2014-04 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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