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リプレイ / ケン・グリムウッド
リプレイ
ケン グリムウッド
新潮社 1990-07
(文庫)
★★★

[杉山高之 訳] 43歳で死亡する主人公男性が記憶をそのままに過去へトリップして人生をやり直すことを繰り返す、タイムリープ&パラレルワールドなSFファンタジー。
ものすごい密度とスケール感の小説だった。 ループの呪縛の中の閉塞感、徒労感が半端なく突きつけられ、蓄積していく主人公の思いに胸が詰まる。
物語半ばで知り合うことになる同じ境遇の女性との絆、共感者の存在が“長い壊れた人生”を生きる原動力だったと思う。 もし一人だったら、この不毛な世界の中で、いずれ廃人にならずにいられるだろうか。
主人公のジェフは、情に厚いけど、実際派なところがあって(アメリカ人の感覚だろうか?)、回を重ねても、まず手っ取り早く“記憶”を利用してギャンブルや投資で大金を得ることを躊躇しないし、毎回結婚相手が変わっても、気持ちの整理のつけ方がうまいし、清貧が美徳だとか、義理立てだとかに流されないのが現実感覚としてとてもよかった。
“既に知っている中での思考の制限”を突き抜けるラストの開放感は格別。
結局、現象は解明されない。 ある回で解明しようとして、ディストピアが出現したことや、意味深なエピローグを鑑みるに、ひっそりと通底している不条理感がそこはかとなく怖いダークファンタジーでもあった。
ケネディ、アポロ、キューバ危機、車、音楽、テレビ番組など、60年代から80年代のアメリカ史や文化の断片が豊富に散りばめられていて、ノスタルジー小説としても逸品。
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七人の安倍晴明 / アンソロジー
七人の安倍晴明
アンソロジー
文藝春秋 2001-11
(文庫)
★★★

夢枕獏さんの「陰陽師」に捧ぐ・・という感じで出版されたような。 晴明にいろんな角度からアプローチして、より「陰陽師」を楽しもう! 的なコンセプトだったろうと思われるが、わたしは獏さんの晴明に夢中で、晴明は一人よ! みたいな気持ちになってて正直読むのが怖かったりしてた(笑) そんな自分をちっちぇ〜なぁ〜と思いはじめた今日この頃・・やっと手にとってみたりしている。
オリジナルではないのは知っていた。 ただ長編の一部だとかエッセイの一部だとか引っ張ってきたりもしてるのね^^; やや乱暴というか・・とにかく出版! みたいなニオイを感じなくもないんだけど、獏さん以外読んだことなかったし、作品そのものはよいものが揃っているので、いいかなと。 懸念していたイメージの失望も起きなかったし。 獏さんの描く壮年期の超然とした晴明に、加門七海さんの描く気持ちの荒れた少年期を持つ過去があったかもしれないし、高橋克彦さんの描く老巧な晩年は透けて見えるようだし、ますます世界が膨らんたようで楽しい。 澁澤龍彦さんの「三つの髑髏」は、晩年の晴明と花山院との逸話なのだけど、これがもう〜とびきり幻想的でめくるめくロンドのような秀篇。 素敵だった。

収録作品
視鬼 / 高橋克彦
愛の陰陽師 / 田辺聖子
日本の風水地帯を行く −星と大地の不可思議− / 荒俣宏
晴明。 −暁の星神− / 加門七海
鬼を操り、鬼となった人びと / 小松和彦・内藤正敏
三つの髑髏 / 渋沢龍彦
下衆法師 / 夢枕獏
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ルネサンスの女たち / 塩野七生
ルネサンスの女たち
塩野 七生
中央公論社 1996-06
(文庫)
★★★

塩野さんの処女作にして、女性にスポットをあてた数少ない(?)作品。 視野の狭さというと欠点のように響くけれど、その狭い聖域を全身全霊で愛したり守ろうとしたりするのは女性の本能的美徳ともいえるのではないか。 ルネサンス時代にささやかに名を残した4人の女性たちの共通点が、そのあたりにあるように思えてならなかった。 ルネサンスという生き生きとした大きなうねりの時代に、小さな自分のテリトリーの中で、したたかに、愚かに、無力に、大胆に、情熱的に生きた彼女たちが、痛々しくて、儚くて、誇らしくて、なんだか無性に愛おしい気持ちになってくる。 彼女たちの生き様を煽ることもなく、歴史の中に漂いながら流れ呑まれていく様が冷静な筆致で捉えられている。 強く響くものがあった。
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恋に散りぬ / 安西篤子
恋に散りぬ
安西 篤子
講談社 1997-09
(文庫)


軽輩武家に嫁いだ若妻の愛の歓びと苦悩八篇。 タイトルが古式ゆかしい花の名前で統一されていて、作品の中のひとコマにさり気なく織り込まれるのが美しい。 舞台設定は質素だし幻想ムードも毒気も皆無。 サスペンスタッチでもない。 なんというか・・若妻達の品格とか情感とか、大時代的でお芝居の一場面のようで。 人情の機微みないなことよりは、もうむしろガツンとストレートな哀調で勝負みたいな。 こういう感じは、舞台が現代だと途端に色褪せてしまいそうだけど、流石、時代によく映える。 「山梔子」の一篇が最高に好き!
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ローマ人の物語 / 塩野七生
ローマ人の物語 I ローマは一日にして成らず
 シリーズ (単行本は全15巻)
塩野 七生
新潮社 1992〜2006
(単行本)
★★★★★




昨年暮れに第15巻が刊行され、遂に完結。 待ってましたとばかりに飛びついて、ガツガツと貪るように読んでしまった。 キリスト教側からの考察を慎重に排除して描かれていて、それは塩野さんの主観とも言えるわけなのだろうけど。 現代社会のヒューマニズムの落とし穴とも言えそうな平等という名を借りた不平等に対しても警鐘を鳴らしていると思えてならなかった。
全巻を通じ、考えや姿勢が一貫していて迷いがなく、冷静な筆致にもかかわらず(だからこそ)熱い想いがダイレクトに響いた。 格調高く簡潔な論旨により、すっかり塩野さんの手中に落ちて全身全霊でマジックに冒されてしまった。 15年ありがとうございました。 心は当分古代ローマから離れられそうにない・・

<登場人物 ミーハー丸出し My Best 3〜♪>
 ☆ 1位 カエサル
シビれた! 比喩ではなくて、読書中何度体内に電流が走ったかわからない。 歴史上人物 My Best 1 の座は当分揺るがないと思う。
 ☆ 2位 ティベリウス
心を閉ざしてしまった誇り高き皇帝。 愚直なまでに偽善を嫌った人。 責任感だけを背負って生きた孤独な晩年・・ この人の人生を想うと張り裂けそうなくらい切ない。
 ☆ 3位 ハンニバル
ローマ人を震え上がらせたカルタゴの勇将。 孤高の戦士。 本人の声が殆ど残っていないのがミステリアスな魅力を倍増させる。 格好いいのだ・・
 ☆ 番外 マルクス・アウレリウス
塩野さんの評価は低いのだけれど、なぜか私にとって想い入れの激しい皇帝。 パクス・ロマーナの最後の皇帝だからかもしれない。 彼がローマに想いを馳せながら戦地で死を向かえた時のことを思い浮かべると、何度でも泣けてきてしまう。 彼の死と輝いていたローマの死を重ねてしまうのだと思う。
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さくらん / 安野モヨコ
さくらん
安野 モヨコ
講談社 2003-11
(単行本)


身寄りがなくなり女衒に売られ、吉原の遊女屋“玉菊屋”に身を置くことになった少女が、成長と共に、禿から引込禿、新造、果ては吉原一の花魁へと、幾多の苦境を乗り越えて上り詰める・・そのあっ晴れな生きっぷりを描いた物語で、大筋はごくごくシンプル。 この巻は第1部であるらしく、新造時代まで。 源氏名も出世と共に、とめき、おりん、きよ葉、日暮と移り変わっていく。 個の主張を許さないシステマティックな容赦のなさが、ふと胸を突く。
野良猫みたいな女の子が、吉原流儀の“粋”を肌で覚え、張りと意気地で勝負する逃げ場のない世界へ否応なく押し遣られていく。 毎日が正念場。 現代人のフィルターを通したら、明らかに歪んだ土台の上に成り立っている吉原の掟の中で、あまりに怖いもの知らずでノーガードな少女の生き方が眩し過ぎた。 この強さ、斬新さは、気持ちがいいというよりも、どこかチグハグな印象を拭えなかったかも。 現代人の後出しジャンケン感というか。
基本、絵は好き。 浅丘ルリ子っぽい(土屋アンナというべきか)コケティッシュな花魁は可愛い。 多少ムラがあるんだけど、粗めなタッチもそれはそれでキッチュな味があって、わたしはイヤじゃなかった。 でもやっぱり、特に丁寧に描かれていたカラーページが綺麗。 着物の艶やかさが引き立てられて。 花魁の衣裳はカラーで眺めて溜息つきたいもの・・
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少年と少女のポルカ / 藤野千夜
少年と少女のポルカ
藤野 千夜
講談社 2000-02
(文庫)
★★★

藤野千夜さんは、さりげに好き。 繊細な心の動きをさらりと書く達人で、スゴい感性の持ち主なのに、ことさら何でもないように描くところは、ちょっとだけ吉田修一さんっぽいなと思うことがある。 あえて“物語を描かない”作風なので好き嫌いが分かれると思うけど。
本書もそう。 登場人物はぐちゃぐちゃ悩まないし、一見上っ面な思考や会話を中心に描かれていて、読者を感動させようとか、感情移入させようとかの強引さを感じさせない。 でも、ヒロイズム的なものを削ぎ落とされて浮かび上がってくる人々は、すごくピュアで、すごく痛くて、なんだかビンビン響いてくる。
解説で斎藤美奈子さんが、藤野さんの小説は、“目立たないけどしゃべってみたら意外に話せるやつだった”という感じなのだと語っている。 激しく同意。 程よい距離感を保って長く付き合えそうな気がしてくる作家さん。
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私本・源氏物語 / 田辺聖子
私本・源氏物語
田辺 聖子
文芸春秋 1985-02
(文庫)
★★★

いってみれば、パロディなのだけど、この物語の設定としては、こちらが本来の物語(というか現実)で、後に紫式部なる女流作家が、この現実を元にして、美しくも哀れな名作を生み出したということになっている。 本来の源氏物語も、時代を少し遡って設定した写実小説なので、いろんな古典(もちろん本物!)が引用されたり、紹介されたり、少し前の時代の実在の人物名が出てきたりする(らしい)んだけど、こちらでは、もうバリバリ紫式部と同じフィールドで、光源氏や若紫が活躍していて楽しい。
でもって、こちらは物語になる前の“現実”なので、源氏の君がなんともまぁ人間臭く、はっきり言ってえげつなく、微苦笑の連続なのだった。
例えば。 源氏の君はこんな歌を雅やかに詠じている。
フナずしやああフナずしや、フナずしや、かえすがえすもうまきフナずし
・・・( ̄  ̄;) うーん。
因みに登場人物(特に源氏の君)は京都弁。 “どす”とか“おます”とか“なはれ”とか“まほ”とか・・独特のフレーバーを醸し出している。 若さに任せて暴走する源氏の君のどうにもこうにもな日常を舎人の“ヒゲの伴男”の目線で描いている。 田辺さん作のオリジナルキャラであるこの人物が、源氏の君と双璧で面白い。 若者と中年、やんごとなきご身分と庶民、その感性の違いがシニカルになりすぎずウィットたっぷりに描かれている。
で、後日。 本書には続編続々編があることを知るのだった。

<後日付記>
唐衣また唐衣からごろも返す返すも唐衣なる
源氏物語の「行幸」の帖で、末摘花の歌の決まり文句(笑)を揶揄って、源氏の君が詠んだこんな返歌が本当にあったんですね。 田辺聖子さんは、しっかりこの歌を下敷きにしていらっしゃったのです。 御見逸れしました。
“唐衣”は“着”に掛かる枕詞なのですが、源氏の君の時代には古臭くて流行遅れ。 和歌の苦手な末摘花が、歌を詠む折々、馬鹿正直にも野暮ったいこの昔風の枕詞を使い続けるのも痛タタタタ・・なんですが、本家本元の光源氏もなかなかのクセ者なんですよ^^;
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クリスマス・キャロル / チャールズ・ディケンズ
クリスマス・キャロル
チャールズ ディケンズ
光文社 2006-11
(文庫)
★★

[池央耿 訳] 1843年の発表以来、今日まで連綿と読み継がれ、愛されてきた名作。 古き佳きクリスマス精神を讃えた中篇です。 古典新訳文庫から出てるのを見かけて思わず手にとってしまいました。 懐かしい。 昔読んだのは新潮文庫版の村岡花子訳でした。 今回、村岡訳も読み返したのだけど、訳者さんが変わると雰囲気ずいぶん違くなるね。 村岡訳は柔靭で味わい豊かな感じ。 池訳はクールで硬質な感じ。
“イギリスのクリスマスを創始した男”の異名を持つといわれるくらい“クリスマス精神”の大切さを説くことにエネルギーを費やしたディケンズを象徴する作品。 ヒューマニズム、運命への反抗が躍動しています。 そして、経巡る時空にイギリス庶民のクリスマス風俗が凝縮しているかのようでした。
ラスト、偏屈老人のスクルージがサンタクロースに大変身するところが、これぞクリスマス・ストーリ! みたいで粋なんだよねー! と、上澄みを掬いとるようにイヴの奇跡ものとして読んでもいいし、凝視して紐解けば、精霊とは内部に宿る声の隠喩であり、魔法の力を借りて悪人が善人に生まれ変わったのではなく、自己と向き合う作業を乗り越え、封印してきた心を開放したのだということがきっちり描かれてもいる。 その点を踏まえたプロット展開や場面描写が本当に緻密で巧みなのですね。 改めて気づかされました。
過ぎ去ったクリスマスの精霊は、神話伝説に出てくる小人のような姿、現在のクリスマスの精霊は、魔法の松明で香油をふりかけ祝福を与える巨人、未だ見ぬクリスマスの精霊は、黒衣に頭巾姿の口を閉ざした影法師・・ スクルージを導く精霊たちのフォルムがお気に入りなのだ。
一番強く印象に残っているのは、現在のクリスマスの精霊と別れる場面。

<後日付記>
産業革命によって昔ながらの生活体系が失われたこの時代、クリスマスを祝う風習は衰えていたそうですが、かつての清教徒革命の名残りも手伝って、想像以上に(特に都会では)顧みられなくなっていたみたいなのです。
クリスマスの買い物で沸きかえる町の賑わいや、クラチット家のまさにクリスマス仕様な団欒風景などは、ディケンズが当時の状況を克明に写し取った・・のではなく、こうあって欲しい! という願いを込めて描いた言わばモデルケースが巷で歓迎され、流行し定着したという方が言い得ているらしい・・と、岩波愛蔵版の脇明子さんの解説を読んで知りました。 ディケンズが廃れていたクリスマスの風習を復興させた功労者と言われるのは、ほんと文字通りの意味でもあったんですねー。 当然ですがアイテムや様式だけではありません。 ディケンズの一番の功績は、貧富の差を越えて喜びを分かち合う古き佳きクリスマス精神そのものの復活にあり、この考え方は、クリスマスが宗教を越えて広く受容されていくことと無縁ではないかもしれないと示唆されていました。
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菜の花物語 / 椎名誠
菜の花物語
椎名 誠
集英社 1990-10
(文庫)
★★

「岳物語」の姉妹編ともいえそうな私小説風(?)短編集。 80年代半ば当時のシーナさんの身辺記録。 傍らを通り過ぎた女性たちとのエピソードを綴る。 犬のガクや岳少年も脇役ながら登場しているのが、わたしには涙が滲むほどに懐かしく嬉しかった。 「岳物語」を読んでいた当時、おぼろげながら感じていたことだが、シーナさんの好きなもの、愛するものに対する距離感が実に好き。 今、ふとこの本を手に取ることができてよかった。
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