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猫のムトンさま / アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ
猫のムトンさま
アンドレ ピエール ド マンディアルグ
ペヨトル工房 1998-01
(単行本)
★★★★

[黒木実 訳][ピエール・アレシンスキー 挿画] フランスの耽美幻想譚の名手マンディアルグの処女作、の可能性もあるらしい初期作品。 没後に忽然と現れた幻の中篇。 アンゴラ種の美麗な巨猫、ムッシュー・ムトンを妄愛し、主に仕える聖女のような献身を捧げる老嬢テレーズの、その身を苛む情熱、とてつもない喜びと大いなる苦悩の物語。 “ムトン”なる名前には神の子イエスへの目配せがありそうですが、羊どころか真逆をいく獅子のように獣チックな小悪魔、それがムトンさまなのです。
おとぎ話の中に転がり込んでしまったような古い教会のある小さな田舎町の旧世界的な情景。 牧歌的で退屈な、類型が類型として社会に生きていた時代の由緒正しさを彷彿させる戯画的舞台で、敬虔な異端が優雅でグロテスクな官能を迸らせています。 残酷な愛と狂気の滑稽劇のようでありながら、ラスト一気にエロスからタナトスへと転調し、昏い輝きを秘めた茫々たる死の匂いに凌駕されて陶然となってしまいました。
華美で繊細な装飾描写の綴れ織りのごときヴィジョンに溺れてしまいそうでしたが、これはマンディアルグ作品全般にみられる特徴でもあるみたい。 はぁー、もっと読みたい。 あと、翻訳の雰囲気が素敵。 城邑(まち)って読ませるの初めて知った。 挿画もいい! もうね、この絵のムトンさましかあり得ないw
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獅子王アレクサンドロス / 阿刀田高
獅子王アレクサンドロス
阿刀田 高
講談社 2000-10
(文庫)
★★★★★

ハンニバルが、カエサルが、その戦術を手本とし、古代の名将たちが憧れてやまなかったアレキサンダー大王の物語。 イリアスの愛読者だった大王は“アキレウスが羨ましい”と語ったという。 自分にはホメロスがいないと・・。 何をおっしゃいますか。 心配ご無用です。 どれだけの史家が作家が、あなたの勇姿を伝え続けてきたことか。 二千数百年後の世界中にあなたの名声は轟き、沢山のファンがいるのです。
冷静と情熱、愛と残虐、繊細さと大胆さ、強固な意志と柔軟性、理性と狂気、現実と神秘・・相反する究極の性質と強烈な自尊心を内に秘め、見果てぬ夢を追い求め続けた大王は、高潔な魂の王にして勇将にして・・そしてやはりわたしにはそれ以上に、開拓者であり、探検家であり、大冒険家であったように思えてならなかった。
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ロミオとロミオは永遠に / 恩田陸
ロミオとロミオは永遠に 上
ロミオとロミオは永遠に 下
恩田 陸
早川書房 2006-07
(文庫)
★★

舞台設定の面白さは恩田さんの最大の魅力と思っている。 趣味の悪い(良いともいうw)ノスタルジックTOKYOテーマパークみたいなことになってて、しかもパロディスパイスが効きまくっててニヤニヤしっぱなし。 そもそも日本人だけが新地球に移住させてもらえずに、地球に残って廃棄物処理をさせられてるって・・苦笑失笑。 でも読み進めると笑ってばかりもいられなくなるのだけれど。
他者を意識しずぎて自己不在に陥っていた日本人がぽつんと取り残された時、グローバルスタンダードを見失い、加えて未来を描けない環境下で、アイデンティティの崩壊、暴走を起こしている様子とか、それを目を輝かせて高み見物している新地球の人々とか・・ シラ〜っとこういう冷え冷えとした辛辣さが描かれてるんだけど、逆にこんな時代を健気に逞しく生きている少年たちは輝いていて捨てたもんじゃないなって。
そしてなにより、この作品から感じたのは20世紀へのオマージュ! 廃墟と化した未来の東京の街々から20世紀の喧騒が色鮮やかに立ち昇ってくる。 ずっと後世の人々から20世紀を生きたわたしたちは、どんな断罪を受けるんだろう・・なんてふと思うことがある。 物質至上主義の時代、地球に甘えきった時代、でも人間の歴史の中で多分決して避けては通れなかった時代のような気がして、そこにどうしようもない人間の性を感じずにはいられない。 そんな20世紀に対して諦観もあるのだろうけど、恩田さんの眼差しは温かい。
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なまみこ物語 / 円地文子
なまみこ物語
円地 文子
新潮社 1972-08
(文庫)
★★★

「栄花物語」の合わせ鏡のように存在したといわれる「生神子物語」を円地さんが「なまみこ物語」として現代に蘇らせてくれた・・とすっかり信じてしまった。 あとがきを読むまでは・・ 物語の誕生にまつわるエピソードまでも、壮大なフィクションなのだった。 ところどころに挿入される原文(ということになっている)もすべて円地さんの創作って・・すごすぎる。 円地さんのお父さんが上田萬年氏、日本文学研究者のチェンバレンが英国へ帰国する際、蒐集していた蔵書一万巻以上を上田氏に譲ったというのは実話。 その中に、円地さんが幼い頃それとはなしに読みふけった「生神子物語」が含まれていた・・というところからがフィクションのようだ。
「栄花物語」が道長の栄華を称えた書であり、つまり道長側の物語であるのに対して、「なまみこ物語」は定子中宮の数奇な運命とその愛の強さを称えた、定子中宮側の物語ということになる。 権力闘争を勝ち抜き宮廷を牛耳った道長ではあるけれども、定子中宮と一条帝の絆だけは断ち切ることができなかった・・というところに重きを置いて描かれている。
「生神子物語」の原典は「栄花物語」の原典をそのまま引用している箇所が少なくない(・・と円地さんは騙る)。 それは作者の筆の未熟さ故か、あるいはパロディ的なねらいがあるのか・・みたいなことまでさり気なく示唆するほどに余念なく心憎い。 すっかり騙された。
わたしは田辺聖子さんの「むかし・あけぼの」を読んで以来、聡明でお優しい定子中宮と、気位高く勝気な女として定評のある清少納言の心意気に惚れてしまっている。 御心が沈んでしまわぬように、定子中宮の笑顔のために枕草子は書き続けられたのではないかとさえ思えてきて、清少納言の筆が生き生きとしているほどに、その健気さに想いを馳せてウルっときてしまう。 その想いを「なまみこ物語」は甘美な夢想へと昇華させてくれた。
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絵のない絵本 / ハンス・クリスチャン・アンデルセン
絵のない絵本
ハンス クリスチャン アンデルセン
新潮社 1952-08
(文庫)
★★★★

[矢崎源九郎 訳] グリム兄弟が研究者なら、アンデルセンは詩人なんですね、本質は。 “旅することは生きること”と語り、生涯旅を愛したアンデルセンの体験と夢想が豊かに実を結んだロマン溢れる散文詩のような掌篇集です。
都会の片隅で孤独に暮らす若い絵描きの屋根裏部屋の窓辺を、折りに触れ月が訪い、光を滑らせながら見つめてきた世界各地の人々の息遣いをそっと語っていくひと時。 三十三夜のアラベスク。 さぁ、わたしの話すことを絵におかきなさい、と。
この小品は“物語”であると同時に“絵”でもあるのでしょう。 詩人にではなく絵描きに語った月。 絵描きのスケッチから迸る詩美性が結晶化したかのような言葉の世界。 “絵のない絵本”というタイトルが不思議な眩惑をもたらし、映像美溢れる此処ではない小宇宙へ一気に誘ってくれます。 イギリスの批評家が“胡桃の殻の中のイリアッド”と評したといいますが、何かとても感じ入るものがあります。
子供や動物に向ける眼差しの温かさ、諧謔やユーモア、ほろ苦い哀調、歴史を刻んだ町、遠い異国の風土、荒々しい自然、人の営みのささやかな数刻・・ 月明かりのキスはイマジネーションのギフト。 ピリオドの先の情景までも読み手の心にしんと刻んでいくのです。
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やさしき夜の物語 / 円地文子
やさしき夜の物語
円地 文子
集英社 1985-07
(文庫)
★★★

平安王朝ものはやっぱりよいですな。 この、なよなよ感、めそめそ感がたまりません。 ため息出るわ・・この世界。 昭和30年代の作品なのだけど、とにかく文章が美しい。 文章だけで酔える(笑)
平安時代の作者不明の物語を土台にした作品とのこと。 古典文学の円地版リメイク作品?みたいな感じになるのかな。 まったく趣きは違うんだけど、これを読んで真っ先に頭に浮かんだのが、なぜか小池真理子さんの「水の翼」だった。 激しい恋と深い恋の対比がすごく鮮やかに描かれてるところが印象的だったせいかも。 でも「水の翼」のメインは激しい恋だったけど、こちらは深い恋。 だからこんなにも優しいのだろうね。
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七回死んだ男 / 西澤保彦
七回死んだ男
西澤 保彦
講談社 1998-10
(文庫)
★★★★★

再読。 大好きなSF本格ミステリ。 文章も平易で読みやすく、トーンも明るくて楽しい〜!
同じ1日を9回繰り返す“反復落とし穴”に時々はまってしまう特異体質の高校生、久太郎が主人公。 遺産相続に躍起になっている親戚一同が祖父の家に集まった新年会で、この体質が発動してしまう。
オリジナルの日には元気に生きていたのに、なぜか“反復落とし穴”のいずれの回でも殺されてしまう祖父。 久太郎は祖父が殺害されるという“齟齬”を修正しようとするのだが、その都度、複雑な人間関係に起因する思わぬ因果律が作動してしまい、なかなか祖父を救えない。 孤軍奮闘のトライ&エラーを繰り返す・・というお話。
久太郎の記憶は蓄積されていくので、ストーリーの進行とともに、周辺的な謎の解明も少しずつ進んでいくので全然飽きないのだけれど、明確な伏線や、それとない匂わせが本当にたくさん散りばめられていて、やっぱりなんといっても終盤の回収パートが醍醐味。 疑問→真相→疑問→真相の納得感が、それはもう気持ちよくて。
SF的シチュエーションとロジックパズラーの融合ものの名作だと思ってます。 時間SF(タイムループものは特に!)はもともと大好きなんですが、本格ミステリには馴染みがありませんでした。 自分にとっては本格ミステリってこんなに面白いんだ!って気持ちにさせてくれた初めての作品で、敬遠しないきっかけを作ってくれた愛おしい作品でもあります。
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花宵道中 / 宮木あや子
花宵道中
宮木 あや子
新潮社 2007-02
(単行本)
★★★★★

吉原の遊女・朝霧は、特別に美しくはないけれど、持ち前の愛嬌と身体の“ある特徴”のおかげでそこそこの人気者。決して幸せではないがさしたる不幸もなく、あと数年で年季を終えて吉原を出て行くはずだった。その男に出会うまでは…生まれて初めて男を愛した朝霧の悲恋を描く受賞作ほか、遊女たちの叶わぬ恋を綴った官能純愛絵巻。第5回R‐18文学賞大賞&読者賞ダブル受賞の大型新人が放つ、驚愕のデビュー作。

この話は濡れる。 いや違うて。 でもこんなに痛いのにボロボロ泣けない。 そこがいい。 安易に泣けない感じがいい。 泣いてすっきりなんてことにしたくない。 いつまでも治らない切り傷のように、ズキズキと心に残っていて欲しい。
R−18文学賞恐るべし。 日向蓬さんとか、豊島ミホさんもここからデビューしているんだよね、たしか。 表紙も良き。
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まぼろしの少年リック / エマ・テナント
まぼろしの少年リック
エマ テナント
金の星社 1997-07
(単行本)


[井辻朱美 訳][めるへんめーかー 絵] 日本では「高慢と偏見」の続編を書いたことで知られるイギリス人作家の子供向けファンタジー。 ロンドンに暮らす少女メリーが、夏休みに田舎のおじいちゃんの家に行って不思議な少年リックと出逢う話です。 ロンドンに帰ってからの再会を約束する二人ですが、メリーの前に現れたリックは・・
優しくて繊細で静かな雰囲気と挿絵のタッチがいい感じにマッチしたゴースト・ストーリー。 最初、日本のお盆みたいなお話だなぁと思って読んでたんですが、そう来るのか・・と。 子どもたちに戦争の悲しさを伝えるイギリス版の児童書。 こういう本は世界各国独自に存在するはずですが、なにかとても稀有な読書経験でした。 日本だけが悲惨だったわけじゃない。 当たり前なんだけと。
なによりハッとさせられたのが井辻朱美さんのあとがきの深い洞察でした。 ずっと以前に読んだ本ですが、ファンタジーの読み方を勉強させてもらった感覚が忘れ難くて、残しておきたいなぁと。 以下、あとがきからの引用です。 ネタバレあります。
<略>
でも、この物語には、ふつうのゆうれいのお話とはちがうせつなさがあるように思えました。 リックは、ふたつの姿で、メリーのまえにあらわれます。それはしかたのないことだったのです。
人は自分がくらしたことのある場所と、強くむすばれています。 その場所で、なにを感じてなにをしたか。 それはその人の肉体の、ある時期の時間とわかちがたくむすびついています。<略>
子どものリックが、メリーのおじいちゃんのいなかにしかいないように、ロンドンにはおとなのリックしかいない。 それはうごかせないできごとです。
たましいだけがすきなように、時間をさかのぼるということはできなくて、ある時間には、ある場所とある状態の体がむすびついているのです。 そのかけがえのなさが、わたしをたまらなく、せつなくさせたようです。
ところで、ある体験がわかちがたくむすびついている場所のことを〈トポス〉といいます。 <略>
人びとが共通に、戦争などのきょうれつな体験をした場所にも、そのことの記憶がたまっているような気がします。 空間にきざまれて、のこっている「思い」です。
メリーの夏休みは、あのあらしの晩の経験がなくては、完全なものにはなりませんでした。<略>
人の生涯のはじまりの幼年期の幸福と、そしておしまいの時期のにがさと。 メリーはひと夏のあいだに、それをいっきょにとおりぬけました。 生から死までをとおりぬけたあとにやってくるものは、再生です。 新しい生まれかわりです。
そうして、生命のサイクルはつづいていきます。 友だちのベッカのうちに、思いがけず赤ちゃんが生まれてくるのは、そのことをしめしているようです。
さいごのメリーのことばには、とてもふかい思いがこもっています。 この世にやってきたばかりの男の子が、これからどんなふうに生きて、この世界をわたっていくのか、メリーはこの夏、それをかいまみるような体験をしたのです。 新しい生命のうえに、いままでにすぎさっていった人びとの思いや無念をかさねて、メリーはいままでよりもふかいまなざしで、その子の人生を思いやることができたのではないでしょうか。
わたしはこんなふうに、お話のさきを考えてみます。
ベッカとその子のあいだに生まれる経験は、こんどはメリーもすんでいるこの街、ロンドンにふかくむすびついたものになるでしょう。 その子の思い出の中には、メリーも出てくるかもしれません。 かつて不幸な記憶もたまったことのあるこの場所を、新しい生命がやわらかい、よろこびの記憶をかさねていくことによって、いやしてくれるかもしれません・・・
<略>
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開国ニッポン / 清水義範
開国ニッポン
清水 義範
集英社 2002-11
(文庫)


家光が鎖国に踏み切った最大の理由は、キリスト教の脅威だったといわれているそうです。 内側から宗教を乗っ取られ、やがては西欧の意のままに国を乗っ取られかねないという危惧。 もしそれが思わぬアイデアで解決してしまったら? というわけで、パラレル三浦按針より授かった秘策を導入することで、鎖国をせずに開国路線を歩むことのできた徳川幕府下の江戸ニッポンはいったいどうなっていったか? ということをケレン味たっぷりに描いたシュミレーション小説です。
この最初の部分は、シンプルだけど人間心理を突いていて非常に楽しめました。 でもそれ以降の殆ど全編通して、大人げないんですけど、突っ込みどころ満載でイラっとしっ放し。 もっとも“史実の縛りを外さない”というお約束の上でのゲームなのですから、これが目いっぱい、パロディの限界ということなんでしょう。
それにしてもニッポンは開国して二百数十年いったい何をやっていたんでしょう。 開国した以上は、自衛のためにも先進国の動静、世界を席捲していく最先端の自然科学にもっと細やかな注意を向けて然るべきだし、江戸後期頃には日本から世界へ向けて発信できる発明・・とまでは言わなくても、高度な科学技術や医療技術を自国の文化の中で培っていけるくらいにはなっていて欲しかった。 いや、そうしていたはず! と思うのですよ。 幕末に新撰組が刀を使ってるってアリか? なんの為の開国だったんだ。 肝心なことは何も吸収しようとせず、上っ面だけ移植した、ぬるくて醜悪な猿マネ文化に首まで浸かって、西欧の善意に負んぶしているだけなんだもん。 鎖国をしていたことで奇跡的に花開いたかのような日本固有の江戸情緒・・ 江戸っ子たちが矜持とともに育んできた江戸文化を抹殺して得たものがこれですかと泣きたくなってしまったのですよ。 鎖国は間違いでした。 交易を深め、諸外国と付き合っていかなくてはいけなかった。 それはわかってますよ。 でもさ、現在の高みから歴史を見下ろす後だしジャンケンのような卑怯な言い分。 すいません、何を熱くなってるんでしょうか;; 困ったものです。 清水さんは好きな作家さんの一人だし、この作品だって史実を捻って生み出されたパロディものとして一級品です。 ただ江戸への思い入れが強すぎて合わなかったのね、たぶん。
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