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レキシントンの幽霊 / 村上春樹
レキシントンの幽霊
村上 春樹
文藝春秋 1999-10
(文庫)


リアルと寓話性が織り交ざり、どことなく聴覚を刺激する作品が多いせいか、1枚のアルバムを聴いているような、なんともアーティスティックな印象の短篇集。
閉じた空間の中で完結しているような、静けさと仄暗さと清潔さと肌寒さと凛々しさみたいなイメージ(孤独のイメージかもしれない)が、どの作品からも発散されている。
村上春樹さんの手にかかると、リアルもエロもグロも生々しいものは、みんな無機物のように見えてきて、でも鮮度は保ったままみたいな、ちょっと現実空間では考えられないような、温度や湿度、空気の濃度や成分が少しずつ違った異空間での出来事を見せられているような変な気分になる。 でもこの短篇集には、なぜにここまで? と思うほどダイレクトに訴えてくる作品もぽつほつ混ぜられていて、強弱、濃淡の配置やバランスがやはり見事。
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恋のうき世 / 永井路子
恋のうき世 −新今昔物語−
永井 路子
文藝春秋 1992-01
(文庫)
★★★★

[副題:新今昔物語] 今昔物語の中の説話にアイディアを得て永井さん流に膨らませて味付けした短篇集。
時代は平安から室町あたり。 煌びやかな宮廷の話ではなくて、夜盗や浮浪者や下っ端の舎人や検非違使などが主役の庶民の物語。
王朝ものが発する“なよなよめそめそ”とは好対照のタフで明るい話ばかりなのだけど、羅生門に象徴されるような、食うか食われるか、汲々とした庶民の暮らしの気配が感じられる。 それなのに、とにかく元気。 特に女性! お色気を武器に男を翻弄し、したたかに世を渡る姿は小気味よく、いっそ清々しい。
この物語中の男性群は、だいたい罠に落ちてしまうのだけれど、全然シリアスではなくて、馬鹿めがw と苦笑したくなるようなお話なのだ。
淫祀邪教の儲けの手口とか、白拍子の裏の舞いとか、傀儡一座の暮らしぶりとか、殿上人と盗賊や浮浪者の陰の繋がりとか、天女や鬼や神隠しって、実はこんなことだったのかも・・などなど、読めば読むほど興味が尽きない。
現実から目を背けさせるために意図的に流された噂が、実しやかに語り継がれてきた例がいくらでも“史実”の中に潜んでいたりするんじゃないかと、好奇心を擽られるようなワクワク読書タイムだった。
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ミラノ 霧の風景 / 須賀敦子
ミラノ霧の風景
須賀 敦子
白水社 2001-11
(新書)
★★★★★

喪失の哀しみを癒してくれた時間、空間を経て、機が熟した今、静かな追憶となったイタリアの日々を訥々と語り始める・・かのような。 須賀さんのデビュー作。
言葉のひとつひとつを大切に選び抜いて綴られる、記憶の中のミラノ、ナポリ、ヴェネチア、ペルージャ、トリエステ・・ 街との出逢い、人との出逢い、街と人とを重ね合わせた、淡く悲しく優しい、かけがえのない思い出の数々が、点景のようにぽつんぽつんと配置され、気がつけば長い一篇の詩を読んでいたような気分の読後感。
声や音、匂い、風景の描写がなんと芳醇なことだろう。 そして所々に織り込まれた古いイタリア映画や詩や小説の一節。 イメージがどんどん瑞々しく豊かなものへと膨らんでいく。 五感を全部使ってページを捲っていたんじゃないかと思う。
本書の中には、友と最後に過ごしたひと時がたくさん描かれている。 だけどそのどれもが今生の別れであることを知らずに過ごしている・・そんな瞬間なのだ。
コルシア書店の仲間たち」を先に読んでいたので、聞き覚えのある名前に出会っては読み返したい衝動に駆られるのだけれど、図書館本だったので手元にないのが悔やまれてならなかった。 買わねば。 須賀さんは、たぶん一生読みたい作家さんなんじゃないかと思う。
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異国の迷路 / 坂東眞砂子
異国の迷路
坂東 眞砂子
JTBパブリッシング 2006-04
(単行本)


アイルランドの墓地、カトマンズの食堂、トリエステのアンティーク屋、イスタンブール発の列車、オーストラリアの牧場、ニューヨークの街角・・ 異国に滞在中の日本人が情念の糸に絡め取られていく悪夢の12篇。
ムーディなのを想像していたんだけど、幻想というよりはサイコホラー色が強い。 ラストのワンセンテンスが勝負みたいなショートショートなので、テンポよくさくさく読める。 本書は2006年に刊行されているのだけれど、登場人物がいかにも的なステロタイプで、どうして坂東さんが今さらこんなお手軽小説を書くんだ? と少々戸惑っていたら、あとがきによると「死国」を上梓する以前のフリーライター時代(92〜93年頃)に書かれたものらしい。 そうとわかれば、それはそれで味わい深くも思えてくる。
一番良かったかなと思ったのは、パリが舞台の「黒い靴」。 アンデルセンの「赤い靴」が、いつの間にかグリムの「シンデレラ」にすり替わっているのが上手い。 しかも「赤い靴」から「ガラスの靴」ではなく「黒い靴」に変わってるのもゾクッとする。
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一九三四年冬―乱歩 / 久世光彦
一九三四年冬 ―― 乱歩
久世 光彦
新潮社 1997-01
(文庫)
★★★

昭和9年、40歳の乱歩がスランプに陥り、家を逃げ出して麻布の“帳ホテル”に身を隠す。 ホテルのミステリアスな面々との美的&知的交流に刺激され、滞在中、意欲作「撫子姫」の執筆に取り掛かる。 この作中作となる、妖艶で甘美な幻想譚の世界と、怪しげなムードに包まれるも妙に愉快なホテルでの現実世界と、乱歩の夢の中とを行ったり来たりしながらストーリーが展開し、「撫子姫」も書き進められていく趣向。
「撫子姫」は久世さんが乱歩に捧げたオリジナル作。 乱歩を殆ど読んでいないので確かなことは言えないが、作中の情報から推察すると、まるで乱歩の良質なエキスを凝縮したような作品に仕上がっている・・という体裁になるのかな。 でも乱歩云々関係なしに良い作品だと思った。 岩井志麻子さんの「ぼっけぇ、きょうてぇ」っぽいかも。 さらにエロティックに、さらにダイナミックにした感じで・・
主人公の江戸川乱歩は、筋金入りの小心者で俗物丸出しのハゲ親爺なんだけど、とってもキュートでいい味出まくっている。 読み進めるうちにどんどん愛着が湧いてくる。 だけど乱歩先生は、次代の作家さんにこんな描かれ方されちゃって、草葉の陰でしょげてないだろうか・・ちょっと心配。
横溝正史、谷崎潤一郎、萩原朔太郎、永井荷風、夢野久作、井伏鱒二、渡辺温などなど・・当時の文壇のうわさ話が盛沢山。 あいつはこーだ、こいつはあーだと、乱歩の脳内薀蓄(時々妄想)を惜しみなく披露してくれる。 ここに登場する逸話は、たぶん殆ど久世さんの創作なのだと思われるが、往年の大先生たちの横顔が伺えて興味が尽きない。 また、エドガー・アラン・ポーはじめ、欧米の探偵小説や怪奇小説論、乱歩自身のこれまでを振り返っては御託を並べたりと、文学論的な知的遊戯が満載の一冊。
乱歩が昭和9年の冬、麻布の“帳ホテル”に滞在したというのは実話らしい。 連載していた「悪霊」が立ち行かなくなり逃げ出したというのは・・ 半分は、いやそれ以上にホントの模様。


一九三四年冬―乱歩
久世 光彦
新潮社 1997-01 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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東方綺譚 / マルグリット・ユルスナール

東方綺譚
マルグリット ユルスナール
白水社 1984-12
(新書)
★★★

[多田智満子 訳] バルカン諸国、インド、中国、日本など西欧から見た“東方”の国々の伝承や寓話、神話を題材に、そこからインスパイアされて生まれた幻想譚9篇が収められている。
やっぱりギリシャ・トルコ近辺は、古からの交流や、キリスト教vs異教という根深すぎる確執の長い長い歴史に彩られた美と残酷が織り成す生々しい物語が多く、身近な東方なのだな・・というのが伝わってくる。
少し離れたインドの物語はヒンドゥ教の女神の神話が下地となり、どこか瞑想的、哲学的な雰囲気を纏う。 さらに離れた中国や日本となると、生々しさがなく静謐で幻想世界を漂うような印象。 “遠い異国”の香りがする。
日本の物語として描かれているのは、なんと源氏の君の最晩年。 「雲隠」の帖(題名のみで本文がなく、光源氏の死を暗示しているといわれる)のイメージ喚起にチャレンジするほどの造詣の深さ。 嬉しくなる。
最初と最後の物語は奇しくも老画家が主人公。 片や現実を離れ、崇高な幻想美の世界へと昇華され、片や汚辱にまみれ、現実世界の醜悪さと共に老いさらばえていく。 前者は優れた画家、後者は劣った画家として登場するのだが、単なる優劣の対比では済まない奥深い何かを感じずにはいられない。 その“何か”の手がかりが9編の物語の中に散りばめられているようにさえ思えてきて、なんだかとりとめもなく存在の根底を揺すぶるような思索の中へ落ちていきそうになる。
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ペンギンの憂鬱 / アンドレイ・クルコフ
ペンギンの憂鬱
アンドレイ クルコフ
新潮社 2004-09
(単行本)
★★

[沼野恭子 訳] 著者はウクライナ人のロシア語作家。 本書はヨーロッパを中心に大ベストセラーとなった作品。 ソ連崩壊後、独立したばかりのウクライナの首都キエフが舞台。 売れない作家が仕事を通して陰謀に巻き込まれていくというサスペンスなのだけど・・
不思議〜。 静かに揺蕩うようでありながらザワザワし、緊張が漲るかと思えばほんわかし、淡々としながらも得体の知れない恐怖にひんやりする。 社会情勢が安定していない過渡期の都市で、犯罪やマフィアと隣り合わせの生活空間に、憂鬱症のペンギンが一匹、ホヨホヨペタペタと歩いている・・ 笑うに笑えない、物悲しいやら可愛いやら、シリアスだけど脱力してしまうような、緊迫と長閑と哀愁がファンタスティックな薄〜い膜に包まれて共存しているような、それでいて当時(ほぼ10年前)のウクライナの暗く不穏な現実社会が恐ろしいほど透けて見えてくる。 なんとも不思議としかいいようのない空間。
諦めてるけど生きていくんだー クソッタレだけどそれもアリだー みたいな心の叫びのようなものが滲んでいるようで、それは決してイヤな感じはしないのだった。
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異議あり日本史 / 永井路子
異議あり日本史
永井 路子
文藝春秋 1992-05
(文庫)
★★

古代から幕末までの歴史の読み方。 伝説のケレンに惑わされて誤解していませんか? と、定説に異議を唱える歴史読本的エッセイ集。 こういう本は歴史の基礎がしっかり頭に入っている人がさらなる高みを求めて読む本よね。 新参者には、まだちょっと敷居が高かった。
そんなニワカが何気に面白かったのは、江戸時代の縁切り寺の実体。 あとは、新井白石の意外とダメで意外とスゴイところとか、額田王と天武&天智帝の三角関係(?)の真実とか。 あと、奈良の大仏の話も。 今わたしたちが見ている大仏さまの中で奈良時代の面影を残すのは蓮の花びら何枚かだけなんだって。へぇ。
活劇ものが不得手というか・・戦国オンチなのだけど「今川義元は凡将か?」の章で展開される考察が興味深かったし頷ける。 頷けるってw まるごと脊髄反射で説き伏せられてたくせにw それでも、あの新撰組メッタ切りには少々怯んだ;; そこまで言ってしまわれますか。 でもすごい説得力なんですけど。 華麗に論破してるのが格好いい。
永井さんは小説家としてというより、史家の目線で本書を書いておられるようなので、かなり手厳しい。 ロマンに酔いしれさせてはもらえない。 とはいえ、いろんな異説が活発に議論される土壌こそが望ましいと力説しておられるところに非常に好感を持ちました。
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花櫓 / 皆川博子
花櫓
皆川 博子
講談社 1999-09
(文庫)
★★★★★

おぉ。わたしの大好きな「恋紅」のような空気が流れていて萌えた。 こんなん読んだら芝居を愛さずにはいられなくなりそう・・
中村座の座元・八世中村勘三郎の2人の娘であるお菊とお珊。 少女から女へと成長していく姿を追いながら、江戸歌舞伎の表と裏、光と闇を映し出し、芝居に賭ける男たちの熱気や、それを見つめる娘たちの息遣いまで艶やかにたおやかに描ききった秀作。
ロマンだねぇ。 歌舞伎ロマン。 青春小説ともいえそう。 若者たちの脆さ激しさ夢や情熱が、甘酸っぱくて、ほろ苦くて、でも凛々しくて。 ツボです。 大好きです。
いかんせん歌舞伎の世界に暗いので、どこまでが史実なのかまったくわからん。 物語を楽しむ上では支障ないのだけれど、やっぱり気になる。 というわけで少し調べてみた。 物語の主軸となる八世〜十一世の中村勘三郎や、市川団十郎、松本幸四郎、尾上菊五郎はもちろんなのだけど、お菊やお珊まで実在の人物だったのはびっくり! また田沼意次から松平定信の時代の世相が忠実に反映されて物語の底流を成していることがわかる。
年中行事のように江戸を襲う火事で、焼け落ちる度に櫓を建て直しては復興し、また焼けてはまた建て直す。 借金で瀕死の状態に陥りながらも、おきあがりこぼしのように何度でも起き上がっては見得を切る。 世代が変わり、時には控櫓に座を譲り、お上に潰されそうになり、でもまた立ち上がる。 そんな歌舞伎の一時代を確かに生きて見つめて支えてきた人たちがいたのだということに胸が熱くなる。 こうやってずぅ〜と繋いできたのだなぁ〜と。
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ちくま日本文学全集15 稲垣足穂 / 稲垣足穂
ちくま日本文学全集15 稲垣足穂
稲垣 足穂
筑摩書房 1991-09
(文庫)
★★★

恩田陸さんの「一千一秒殺人事件」を読んだ時、どこか長野まゆみさんの「少年アリス」を連想した。 夜空と星々の“黒い紙に貼った銀紙”的な喩え方の符丁だったかもしれないし、漠然と雰囲気に近しいものを感じたのかもしれなかった。
その後、「一千一秒殺人事件」は、稲垣足穂の「一千一秒物語」へのオマージュだったと知って、本家本元を読んでみたくなった。 稲垣足穂の作品に触れるのは初めてで、少しお勉強(wikiを読んだだけ)してみると、
独自の視点から、天体、飛行、宇宙、機械、少年愛、幻想などをテーマにした作品を発表した
とある。 これはまさしく長野まゆみさんの世界では? と、ここで本末転倒ながら繋がったのだった。 長野まゆみさんは稲垣足穂の系譜上の作家さんと認識されているという何を今更なことも初めて知りました。
一番心惹かれたのは、初期に発表された「一千一秒物語」「鶏泥棒」「チョコレット」「星を売る店」など。 大正時代にこんなに硬質でドライなメルヘンが日本人の筆で書かれたとは、俄かに信じがたいくらい。 悪戯なお月様や星々と、飄々とした“自分”とのひとコマショートショートで綴られる「一千一秒物語」は、中でも宝物の1篇になりました。 情が介在しないのに、喧嘩(といっても物理的に蹴られたり、突き飛ばしたり・・)ばっかりしてるのに、お月様と“自分”の関係が妙に心地いい。 例えばこんな感じ。
<ある晩の出来事>
ある晩 月のかげ射すリンデンの並木道を口笛ふいて通っているとエイッ! ビュン! たいへんな力で投げ飛ばされた

<黒猫のしっぽを切った話>
ある晩 黒猫をつかまえて鋏でしっぽを切るとパチン! と黄いろい煙になってしまった あたまの上でキャ! という声がした 窓をあけると 尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた

<月とシガレット>
ある晩 ムーヴィから帰りに石を投げた
その石が 煙突の上で唄をうたっていたお月様に当った お月様の端がかけてしまった お月様は赤くなって怒った
「さあ! 元にかえせ!」
「どうもすみません」
「すまないよ」
「後生ですから」
「いや元にかえせ」
お月様は許しそうになかった けれどもとうとう巻タバコ一本でかんにんして貰った
颯爽としててニヒルでシュールでモダンで・・ カッコいいなぁ〜
処女作品集の発表に際して、芥川龍之介は、次のような厚意を寄せたという。
大きな三日月に腰掛けているイナガキ君、本の御礼を云いたくてもゼンマイ仕掛の蛾でもなけりゃ君の長椅子へは高くて行かれあしない
これまた粋だねぇ〜。 でもホント、三日月に跨って、地上の事など我かんせずといった風情で筆を走らせている足穂が目に浮かぶようだった。
「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」も大好き。 実はコレもお目当てでした。 新潮文庫の「一千一秒物語」には入ってなかったので本編を手にした次第。 「稲生物怪録」を下地にしたという物語。 楽しい! 江戸時代の怪談話なのにちっともジメッと感がない。 やっぱりどこかお月様と“自分”の飄々としたドタバタ劇に通ずるものがあるような。
評論は難解なのでコメントできない。 ただ同性愛というのが、どこか無機的というか・・受精に辿り着かない超人間的な精神性みたいなところが、地球(有機的)に対しての宇宙的なイメージとなんとなく結びつく感じがしたのだった。
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