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ヴァン・ショーをあなたに / 近藤史恵
ヴァン・ショーをあなたに
近藤 史恵
東京創元社 2008-06
(単行本)
★★

タルト・タタンの夢」の続編。昔ながらの商店街の片隅にあるフレンチ・レストラン“ビストロ・パ・マル”のシェフが名推理で解き明かす日常ミステリの連作集。
こんな早く続編が読めると思わなかったので嬉しい♪ いわゆる流行りの美味しいミステリなんですが侮れません。 “美味しい”と“ミステリ”を分離することなく書き続けるというのは相当にご苦労がいるのではないかと思うのですが、そういう意味でこのシリーズは全く破綻がなく、完成度の高いシリーズ。
今回はギャルソンの高築くん視点を離れて、お客さんや三舟シェフのお知り合い視点のお話なども混ざっていて、外から見た“パ・マル”とか、ヴェールに包まれていた三舟シェフの過去(十年以上もフランスの田舎のオーベルジュやレストランを転々としながら修業していたらしい若かりし日々)の一端が垣間見れたりします。 シェフ絶品“ヴァン・ショー”のルーツも明かされます。
無口なシェフの人間味が一篇一篇読む毎に厚みを増していくので、志村さんが慕うのもわかるなぁ〜という気分が段々と膨らんでいくのがよいんです。
相変わらず絶品料理のあれこれに、とろ〜んとなってしまいますが、知識の豊富さや腕の良さが全然厭味にならず、厳しさと優しさのバランス感覚が物語を引き締めています。
一つのお話の中にあれこれ詰め込み過ぎす、でもきっちりツボを押さえているところが好きだし、シンプルで綺麗なミステリだと思います。
あと、フランスと日本の文化比較なんかも、上手くストーリーに絡ませてあったりして面白いのです。 指で数を表現する時に立てる順番の違いとか、匂いの強い食べ物を好んで食べるフランス人が、淡白な粥の匂いを不快に感じるというのにも驚いたし。 議論好きで個人主義のフランス人とその対極のような日本人との異文化コミュニケーション的な物語も楽しかったです。
このシリーズ大好き。 気長に待ってますので、また書いてくださ〜い!
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放課後の音符 / 山田詠美
放課後の音符
山田 詠美
新潮社 1995-03
(文庫)


自己表現の大切さや、“心の枷を外しなさい”という強いストレートなメッセージ性が攻撃的なまでに響いてきて、少したじろいだ。 以前読んだ時には、こんなに違和感はなかったのにと思う。 守りに入ってしまったってことだろうか? 枯れてしまったってことだろうか? この作品を素直に読めなくなっている自分が少し哀れ。
高校生女子のテリトリーの中に、少数の“浮いている子”と“その他大勢”がいて、浮いている子はカッコ良くて上等であり、その他大勢は野暮でダサい。
“私”は、その他大勢の端っこに属するけれど、徒党を組むことしかできない没個性の少女たちには冷めた眼差しを向けている。 と同時に、孤立を恐れず自分のスタンスを貫き通す大人びた少数派にはなれないけれど、そんな少女たちに偏見の眼差しを注がないところを買われていて、良き理解者として受け入れられている“私”は、彼女たちから恋や人生の手ほどきを受けていく・・そんな構図の連作集。
居心地のいいポジションをキープしながら、心の中で一方を蔑んで、一方に憧れたりしているだけで、なんら行動を起こさない傍観者スタンスなのに、最後には達観してしまう“私”に、寄り添うことが難しいというのが正直あった。 2話目の「Sweet Basil」を別にして。 これだけは大好き。 それどころか、わたしの読書人生(大げさな;;)に残る名短篇。 主人公の少女自身の痛切な痛みに胸が締め付けられ、張り裂けそうになる。 読み返しても変わらない。 多分何度読んでも。
五感を限りなく刺激する、詠美さんの研ぎ澄まされた描写力が大好き。 そして凄く凄くピュアな世界。 でもそのピュアさを貫くあまり、どこか排他的な感じが漂う。 差別対逆差別みたいな。 わたしはお節介にも、大人の感性をまとい、颯爽と風を切っているかに映る少女たちの中に、手負いの獣めいた痛々しさを嗅ぎとりたくなってしまう。 凡庸さへの嫌悪の裏には、歳相応乙女チックにはしゃいだり、カッコ悪さやガキっぽさを露呈したり、時にはみんなと同じであることの安心だって感じたいという思いがこっそりと隠されているんじゃないだろうか・・ そんなもの詠美さんは描いてないんだけど、なんでだろう。 無性にそんなことをぐるぐると想ってしまった。 昔読んだ時には感じなかったこと。
多数派だって少数派だって、子供っぽくたって大人っぽくたっていいじゃないか。 それがわたしの正直な感想。 媚びる子だって媚びない子だって、蒸し暑く埃っぽい子だって涼しげな子だって、デコをジャラジャラさせた子だってシンプルを信奉する子だって、友情ごっこに明け暮れる子だって孤高を気取る子だって、失恋をひっそりと処理できる子もできない子も、みんなキラキラしてるよ。 そんな思いでいっぱいだ。 あーやっぱりこれって歳くったってことかなぁ。
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正倉院の矢 / 赤江瀑
正倉院の矢
赤江 瀑
文藝春秋 1986-06
(文庫)


5篇の短篇が収められています。 どれも美術工芸品や芸術家をモチーフにした破滅的な物語で、ページを繰るに連れて、出口を塞がれたような感覚に苛まれていく感じ。 窒息しそうなくらい濃密な空気の中に埋もれてしまうのもヤケに気持ちがよくて、なんだか癖になりそうで困った;; こういうの、赤江さんにとっては自家薬籠中の世界なんだろうか・・と思う。
現在(昭和40年代後半頃?)進行形の物語を軸に、そこへ回想シーンとして描かれる過去が交叉する。 二つの時間軸を往来するうちに、置き去りにされた遺恨、抑圧された情動が亡魂のように立ち現われ、脅威となって主人公たちを甚振る・・そんなシチュエーションの反復なんですが、ミステリのような仕掛けもあって、結末では謎はしっかり回収されているので、そういう意味では読み易い作品ばかり。
単行本の初版は昭和51年。 当たり前だけど、昭和っぽいです。 現代から振り返ったノスタルジック昭和とは違い、作品の背景にデフォルメされたような色彩は施されていませんが、作品そのものが昭和エナジー全開というか、昭和が生んだある種の基調を発散させているっていうか。 陰湿な熱気を帯びたゴシック的な翳りとか、死への憧憬や自己犠牲の甘美な陶酔なんかは、ならではといった感じがしたし、登場人物が煩悶する拠りどころなども、大時代的とまではいかないんだけど、現代の物語感覚からすると微妙に古めかしく、そこにこそ魅惑のコアを感じたという言い方をしたらズルいでしょうか。
正倉院の宝物、骨董品の洋燈、ミロのヴィナス、京都の楽焼など、アーティスティックなモチーフにエロティシズムと暗い情念がねっとりと絡まり、美の中に眠る妖しい輝きもまた、噎せ返るほど香り高い。 特に蜥蜴に凌辱されるヴィナス像は強烈に焼きつきました。
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鏡花恋唄 / 大鷹不二雄
鏡花恋唄
大鷹 不二雄
新人物往来社 2006-10
(単行本)


泉鏡花賞35周年を記念して設けられた“特別賞”受賞作品。 タイトルそのものズバリ、鏡花へのオマージュ・・かな。 幻夢譚のような、幽霊譚のような。 思春期の少女の不安定な心がふわふわと浮遊しているみたいな物語でした。
“あとがきにかえて”の中で、著者は本書について“鏡花が登場する幻想の物語”と述べているんだけど、えぇ〜〜っ!何処に登場したんですかぁぁぁぁ〜〜! 状態のわたしって(泣) 一瞬読み直そうかと思ったんですがパワー不足で;;
確かに、足元を照らす提灯の火の中に“鏡花”の文字が浮かび上がる俥屋が、物語の鍵となって存在感を示してはいたのですが・・ で、後で調べてわかりました。 “源氏香”というのは、鏡花が愛用した紋様なんですね。 その俥屋の幌に、源氏香の紋が染め抜かれていることが、確かに象徴的に描かれていました。
ということは、この俥屋の客というのが・・ そういうことですか?? 兎にも角にも、主人公の少女を幽玄の世界へと誘う寓意的な存在として、鏡花のイメージが使われていたようなのです。
めくるめく美しい描写の洪水です。 書いてるご本人が酔ってしまわれてるというか、抑制がなく、頭の中のイメージがダダ漏れな感じなので、振り回されてしまって、ついていくのがシンドイのです。
綺麗な情景も心に留まらずに、さらさらと流れて落ちてしまうようで・・ 毎度毎度の垂れ流し読書感想を棚に上げて言いたい放題スミマセン(>_<)
物語的にも掴み処がなく、楽しみ方がよく分からないまま終ってしまいました。 でも、こういう観念的な作品を上手に楽しめる人もいるのだと思います。 自分には不向きでしたけども。
あまりにも貧弱な感想なので、以下に内容紹介を添付しておきます。
切子ガラスのランプ、四天王寺さまの夕陽、万灯会…。源氏香の紋が幌に染めてある俥屋の、その提灯のゆらめきに心を揺さぶられる、遊郭の少女お鏡。繊細でいたいけなその生の軌跡を、切なく彩やかに描く書き下ろし幻想小説。
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ケルトとローマの息子 / ローズマリ・サトクリフ
ケルトとローマの息子
ローズマリ サトクリフ
ほるぷ出版 2002-07
(単行本)
★★★

[灰島かり 訳] 著者はイギリスが誇る歴史小説家で、特に児童文学の名作を数多く残されているそうです。 本書は1955年発表のローマン・ブリテンものですが、こういうのを歴史ファンタジーというのですか? 自分の中では西洋版時代小説っぽいイメージだったんですが。
2世紀前半頃のハドリアヌス帝時代のブリタニア、ローマを舞台に、ケルトにもローマにも関わり合いながら、どちらにも根ざせず、運命に翻弄され続けた少年ベリックが、自分の“居場所”を見つけるまでの物語。
タイトルは“ケルトとローマの息子”なんですが、その裏には“ケルトの息子でもローマの息子でもない”という言葉が貼り付いているかのようです。
ローマ人の子供に生まれながら船の難破で両親を失い、拾われて育てられた辺境のケルト部族の村落を追われ、ブリテン島からローマ、ゲルマニアと押し流される流転の歳月は、これでもかというくらい受難の連続で、悪夢のような絶望と孤独を突きつけられて、アイデンティティを見失ってゆくベリック・・
ケルト民族の“血”への拘り、ローマ人社会の生き馬の目を抜く苛酷さに弄ばれながらも、どんなに窮地に陥っても、友達や相棒や恩人に向ける眼差しには曇りがなく、ならばやがて自ずと情けはめぐり、道は切り開かれる・・そう信じさせてくれる力強い物語です。
この時代、ケルト部族の多くは“ローマ化”されてゆき、神話や民話の中のケルトの文化・伝統は、辺境の地で僅かにその名残りを留めているといった様子なのですが、憂愁に閉ざされつつあるケルト社会の陰影も、また一方の、パクス・ロマーナの光と影もくっきりと刻みこまれています。
法治国家として機能している社会、豊かさの反面で奴隷の中の最も底辺に属する人々が被る不条理な過酷さ、ブリタニアの湿原の干拓に携わる統制の取れた鷲軍団・・ 終盤は特に、大地を死守すべく雄々しく自然に立ち向かう、西洋文明の開拓の歴史の原風景が目前に広がる心地がし、ダイナミックな一風景でありながら、その指し示すところは非常に暗示的で、何かこう、ベリックの“居場所”を守る強い意志と響き合って、魂が浄化されていく内面性を孕んでいるかのようなクライマックスシーンでした。
また、この物語の中で重要な役割を担っているのが犬なのです。 人種や身分ではなく、個人を純粋に慕う無垢な魂が本当に美しく描かれていて、何気に犬好きさんにお勧めしたい一冊なのです。
余談なんですが・・ 古代ローマでは神々にも流行り廃りがあって、この物語の時代には、ローマやギリシヤの神々は“時代遅れ”になっていて、エジプトやペルシヤの神々が“流行って”いたらしい。 最高神ユピテルや軍神マルスは別格としても、あまり重要でないローマやギリシヤの神々は不遇の時代をむかえていたようです。 面白いなぁ。 古代ローマの開放的な柔軟さが垣間見えるようで、つい目敏く反応しちゃいます 笑;;
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名探偵のコーヒーのいれ方 / クレオ・コイル
名探偵のコーヒーのいれ方
−コクと深みの名推理1−

クレオ コイル
ランダムハウス講談社 2006-10
(文庫)


[副題:コクと深みの名推理1][小川敏子 訳] ニューヨークのグリニッジビレッジ。 歴史が刻まれた街の一角にある老舗のコーヒーハウス“ビレッジブレンド”で事故? はたまた事件? が起こり、マネージャーのクレアが素人探偵となって真相を追っていくコージーミステリ。
肝心のミステリは・・う〜ん;;;; それよりやはり、エスプレッソやアレンジコーヒーの数々、淹れたての芳ばしい香りが立ち込めるコーヒーハウスの喧騒や、コーヒーを淹れる道具の蘊蓄などなど、楽しかったです。 コーヒー豆の保存方法、間違えてますね・・わたし。 とりあえずセラミック製の密閉容器を買ってこよう。
個人的にエスプレッソペース好き(コナ・コーヒーとかの酸味系は苦手なのです)なもので、イタリアンコーヒー中心のビレッジブレンドは、非常にそそられるお店です。 しかしながら、“カフェイン命とばかりにロブスタ種の豆で入れたコーヒーをがぶ飲みする”クチとまではいかなくても、酸味の少ないブレンドなら大体美味しく飲んでる自分は、やはりクレアに蔑みの眼差しを向けられそうではあります;;
39歳のクレアは、子育てを終えて第二の人生をスタートさせたばかり。 酸いも甘いも知り尽くしてなお、まんざらでもない元夫マテオとの微妙な関係や、六分署の捜査官クィン警部補へのトキメキなど、けっこう青春っつうか、乙女している感じです。
表紙カバーモデルの栄に浴しているのは、愛猫のジャヴァ。 この子のあまりの可愛さに思わずジャケ借りしちゃったんですが、コーヒー豆みたいな茶色のふわふわした小さな塊が時々ふっと登場して癒してくれる感じ。
ただ、クレアの猫ちゃんに対する愛情がイマイチ伝わってこず、“猫を入れときゃいいだろ”っていうあざとさが見え隠れしているような。 おそらく作者さんは特に猫好きではないんじゃないかなぁ。 偏見だったらごめんなさいなんだけど。
あと、舞台がニューヨークなだけあって、アイルランド系、ギリシャ系の刑事さんや、アフリカ系、ロシア系のダンサー、中国系のお医者さんなどなど、多民族的な香りが豊かでいいですね。 コーヒーハウスを経営するアレグロファミリーはイタリア系のようですし。
現在の時点で、第4弾まで翻訳本が出ているようで、気が向いたら続編も読んでみようかな・・と思います。
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カブキの日 / 小林恭二
カブキの日
小林 恭二
新潮社 2002-06
(文庫)
★★★★

琵琶湖畔の巨大なカブキ劇場・世界座での、年に一度の盛大なお祭りである顔見世興業当日。 カブキの神様が何かを起こします・・
舞台はパラレルワールド?な現代。 江戸が純粋培養で進化したような不思議な世界で、虚実隣り合わせで当たり前に混在している感じとか、現代人なのに江戸っ子の直系であるかの如きエキセントリックな風趣、情趣が充ち満ちていて、ハートを鷲掴みにされました♪
歌舞伎の舞台が立体的に広がっているかのような、一種テーマパーク的“世界”と、そこに織り込まれた伝統と改革がせめぎ合う“趣向”というスタイルそのものが、歌舞伎の世界を体現しているかのようで、混沌と秩序、猥雑さと荘厳さ、生と死へのベクトルが溶け合い、洒落や粋や様式美の奏でるハーモニーがそこはかとなく立ち込めていて、ワクワクしっぱなしでした。
世界座の三階フロア(楽屋)探検の場面がいい! なんだか、スティーヴン・ミルハウザーの「マーティン・ドレスラーの夢」を彷彿とさせるような魅惑の迷宮で、名代下や裏方が住みつく入口付近から“悪の巣窟”といわれる異空間がひたひたと無限の広がりをみせる。 表と裏があり、裏の中にはさらに表と裏があり、その裏の中にもさらなる表と裏があり・・って、果てしなく裏を辿って深部の闇へと連なるダンジョンをもっともっとさ迷ってみたくなること請け合いです。
でも、それよりなにより自分はもう、終盤の、狂乱の坩堝と化した役者と見物の対峙の場面が圧巻で。 このノリは江戸でしょ! もう、ここは間違いなく江戸よ! って、身の内に沸々と熱いものが込み上げてしまったのです。
この江戸っ子魂が炸裂している根底には、明治以降の守旧派と改革派の争議の歴史に根差した、カブキ界の未来をかけた攻防が渦巻いていて、それなのに、まるで今まさに“伝統”が生まれる瞬間の原風景を見ているかのような感覚に捕らわれ、身体が痺れました。
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ヘルマフロディテの体温 / 小島てるみ
ヘルマフロディテの体温
小島 てるみ
ランダムハウス講談社 2008-04
(単行本)


第1回ランダムハウス講談社新人賞優秀賞作品。 なんと、あの、ナンセンスで可愛ゆい「三色パンダは今日も不機嫌」と同時受賞だったんですね〜。 ランダムハウス講談社、素敵です。 こうなったら新人賞の栄冠に輝いた「回転する熱帯」も読みたくなってきました。
“背徳と情熱の街・ナポリ”を舞台に、トランス・セクシャル、両性具有といったデリケートな性の問題に、真摯な眼差しを向けて挑んだ意欲作。 生命体の根源にまで行き着くほどに深淵を見つめようとする姿勢が、時に、強いメッセージ性となって顕れてくる作品なので、その辺は好みがあるかとも思うんだけど、でもやはり何を書きたいか、明確な意思がヒリヒリと伝わってくる新人作家さんには、非常に好感が持てます。
著者はあとがきで“からだがなければ、境界を越えるざわめきもない”という、クラリッサ・ピンコラ・エステスの言葉に魅せられたと打ち明け、これからも“境界を越えるざわめき”を書き続けていきたいと語っています。
自分のからだを複製していく無性生殖は実質的に不死だといえるのに、殆どの生物がオスとメスに分化し、新しい生命を生み出すかわりに死を運命づけられる有性生殖を選んだのは、遺伝子の多様化のためだけではなく、他者と愛し合いたかったからだ。 という考え方は、これぞまさに“境界を越えるざわめき”だなぁ〜と、微かに震えがきました。 なんだか梨木香歩さんの「沼地のある森を抜けて」を想起させられます。
カストラート、人魚、両性具有神などを描いた、作中作として挿入される“哀しくも優しい異形の愛の物語”には、そんな著者の想いが満ちています。 生殖行為ではなく“愛”に特化した性を生きる人々の、繊細な心と体の悲鳴にも似た叫びを通して、根源的な愛の悦びの不滅性が浮かび上がってくるようでした。
また、ギリシャ神話やオデュッセウスの翻案作品としての面白さも加味され、もっともっと読んでいたくなるような官能的で神秘的で瑞々しい極上の物語空間を見せてくれました。
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北の愛人 / マルグリット・デュラス
北の愛人
マルグリット デュラス
河出書房新社 1992-02
(文庫)
★★

[清水徹 訳] 須賀敦子さんの「霧のむこうに住みたい」の中で紹介されていた一冊。 1930年頃の仏領インドシナ南部(現ベトナム)にて、15歳のフランス人少女と中国人青年の狂おしい愛を描いた物語。
著者は、同じ題材、モチーフを繰り返し登用した、自伝的ともいわれる作品を幾つか残しているそうで、本書も1984年に発表され、映画化もされて有名な「愛人(ラマン)」と深く結び付く作品とのこと。(訳者の解説によると、テーマ性など全く異なっているのでリメイクではないという指摘です)
でもむしろ、自伝、告白ものというよりは、反、いや、超自伝みたいな印象を受けるのです。 記憶の改竄ものっていうか・・ 濃密なエキゾチシズムのせいかもしれないんだけれど、そこはかとなく幻影的で、虚構めいて感じられる空間なのです。
“自伝的”といわれるデュラスの世界は、歴史的、地理的背景や、登場人物の肖像など、無造作(あるいは故意?)に次々と矛盾させたり変形させたりしている節があるらしく、“それらの集積の中に、自らを消し去ろうと望んでいるかのよう”だという一文を解説の中に見つけて、漠然とだけど、あ〜わかるなぁ〜と思ってしまった。 著者の作品はこれが初めてなので、知ったような口きいて無恥にもほどがあるけども、なぜか不思議とこの一冊だけでも、そんな印象が残るのです。
登場人物たちは、いつも静かに“泣いてる”のです。 泣きながら笑っていたり、笑いながら泣いていたり。 頽廃的な香りが揺蕩い、“絶望のワルツ”が流れている・・ずっと。 そんな情景が、短いセンテンスに区切られた淡々とした筆致で、更には、第三者の目線としてのカメラアングルで描かれることによって、詩情豊かでありながら、センチメンタルに陥ることなく、どこか突き放した硬質な気配を纏って、読む者の心を締めつけるのです。
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犬は勘定に入れません / コニー・ウィリス
犬は勘定に入れません
−あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎−

コニー ウィリス
早川書房 2004-04
(単行本)
★★★

[副題:あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎][大森望 訳] 面白かったぁ^^ 訳者の言葉を借りれば“抱腹絶倒のヴィクトリア朝タイムトラベル・ラブコメディ”です。 このタイトル、ヴィクトリア朝ユーモア小説の最高峰として読み継がれている、ジェローム・K・ジェローム著「ポートの三人男」の副題に当たるそうで、内容も同作へのオマージュを含んでいるらしいんですが、案の定知りません。 さらに本書は、「ドゥームズデイ・ブック」なる既刊作品の姉妹編に当たるという情報も読む直前に入手し、両方未読ゆえ大いに怯んでしまったのですが、これは怯み損でした。 それどころか元祖“ボートの三人男”とのテムズ川でのニアミスのシーンでは、読んでもいないのにワクワクしてしまって、あちらの三人男たち(犬は勘定に入れるまでもなく)の川旅の物語も俄然読みたくなってくる始末で。
著者は、近未来のオックスフォード大学の史学生たちが、過去にタイムスリップして繰り広げる一連の物語をお書きになっているそうで、本書はその中の一冊らしい。 主人公たちが歴史の齟齬を修復しようと悪戦苦闘すればするほど、後手後手になっていくというドタバタ劇。 タイムパラドックスと消えた花瓶の謎を主軸に、SFと本格ミステリが融合されたストーリーテリング。
でも、息もつけない一気読み・・というのとは、ちょっと違うかも。 1章毎にゆっくり味わいながら、いつまでも浸っていたいような感じ。 正直、SFや本格に慣れてなくて、難しい理屈や辻褄を追っていくのが面倒になってしまうんですよ(泣) それより、同時代のアリスやホームズはもちろん、様々な古典文学や英国ミステリを肴にしたメタフィクション小説としての側面(それだって堪能しきれてないのが悲しいんですが・・)、更にはなんといっても、牧歌的な優雅さと装飾過多なセンスを誇るヴィクトリア朝の華やぎと様式美が、諧謔心たっぷりに描かれていたことが、自分を夢中にさせてくれたかもしれません。
エキセントリックなキャラクターたちも、ヴィクトリア朝の申し子のようで絵になります。 “日課の卒倒”とか“ひらひら各種”とか“プチ悲鳴”などなど、ヴィクトリア朝の淑女たちを飾る言葉のセンスは特に秀逸^^ 陰の主役たち犬猫も可愛い♪ “シュレディンガーの猫”さながらプロットの核となるプリンセス・アージュマンド。 一方、タイトルが作品の中での犬のシリルを絶妙に言い表しているかに思えるのも、れっきとした魂胆なのでしょうね。
そんなシリルが無性に可愛くて堪らないのです。 主人公のネッドと犬猫が寝床の縄張り争いをするシーンが大のお気に入り^^ 脱線してますが;; 歴史の因果や、その偶然性と必然性のせめぎ合いを、時間SFという舞台装置を使って丹念に織り上げた傑作です。

<参考>
月灯茶会別館
↑ 本作品の中で、引用されていた作品など、拾い集めてリストアップしてくださっています。 自分もやろうかと思ったんだけど、リンクさせてもらって満足していてスイマセン(>_<)
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