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女王の百年密室 / 森博嗣
女王の百年密室
−GOD SAVE THE QUEEN−

森 博嗣
新潮社 2004-01
(文庫)
★★★

百年ほど未来が舞台。 山奥の孤絶した小さな街に迷い込んでしまうミチル。 そこで起こる殺人事件。 密室モノではあるんだけど、トリック云々というより、謎は人の心の中にある・・といった感じだし、犯人は誰かということ以上に、ミチルを覆っていた叙述トリックっぽい仕掛け(?)に最後の最後で気持ちよく驚かされました。 それよりなにより物語の推進力にすっかり持ってかれて、森博嗣さん、これでいっきに大好きモードへとシフトアップです。 面白かったー。
女王が統治するルナティック・シティは、自由で平和で長閑で豊かな街なのに、そんな小奇麗な楽園は、どこかレプリカめいていて落ち着かない。 常世の不自然さっていうのでしょうか・・理想郷ではあっても、紛争や無常観のない世界というのは、悲しいけれど人間にとって決して居心地のいい場所には成り得ないのかもしれません。 死があるからこその生。 対立があるからこその自我。 楽園の中で、ミチルだけが命の炎を燃やしているようで鮮烈でした。
基本はサイバーなSFなので森さんのエンジニアっぽいクリアな実感覚が凄く映える気がしますし、死生観に根差した哲学的思索も随所に散りばめられていて魅了されます。 同時に閉鎖的な村落のタブーを扱ったお話なので、微妙に民話めいた土俗的な陰影を伴っていて、湿度のある暗さも嗅ぎ取ることができ、何ともいえず得難い妙味を醸し出しているのです。
ミチルの相棒のロイディ(旧式のウォーカロン)のファンになってしまいました。 いちいちリアクションがツボ! 可愛い〜! 欲しいw いや、でも、ミチルとのコンビが好き。 B・GとM・Jなる人物にもニヤニヤしてしまいました^^
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黒い時計の旅 / スティーヴ・エリクソン
黒い時計の旅
スティーヴ エリクソン
白水社 2005-08
(新書)
★★★

[柴田元幸 訳] この作品のストーリーを説明しろと言われても、感想を書けと言われてもわたしには無理。 ただもう、凄い。 筆って凄いなぁ〜と思うばかり。 二重の意味で。
作中の人物が紡ぐポルノグラフィーが作中世界に及ぼす途方もなさに圧倒され、そんな物語を構築せしめるエリクソンの冴えわたる筆の強烈さに度肝を抜かれ。
2つの二十世紀を股に掛けて、史実と幻想が錯綜する中、愛と悪、罪と救済がぶつかり合い、せめぎ合う。 その発散するエネルギーのマグマに呑み込まれていく感じ。 怒涛の疾走感とめくるめくストーリーの螺旋に酔いしれて酩酊状態になりながらも、ラストに導かれる透明感と静寂が心地よい。 でもそこからまた何かが始まり、何かが続いていく普遍性の予感。
訳者の柴田さんがお書きになっていたけれど“メビウスの輪”を想起させる表と裏の二十世紀の物語なんです。 悪が愛を呑み込み、その悪がまた愛に呑み込まれ、罪を犯し、許され、また罪を犯し・・ なんかもう、人類って時空を彷徨い続ける巡礼者のようではないか。 かなりダークな風合いなのにもかかわらず、不思議と敬虔な祈りに満ちた印象を残す物語だった。
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源氏物語 巻四 / 瀬戸内寂聴 訳
源氏物語 巻四
紫式部 著 / 瀬戸内 寂聴 訳
講談社 2007-04
(文庫)
★★

「薄雲」から「胡蝶」まで。 三十代前半、脂の乗り切った源氏です。 着々と出世を遂げ、攻めの時期から一転し、どっしりと構えるかのような余裕が感じられ始めました。 この巻は、映像的に凄く美しい。 栄華の象徴となる壮麗な六条の院が完成し、春夏秋冬それぞれの御殿に、四季折々の風景が映えます。 絢爛たる饗宴や、女君たちへ贈る年賀の衣裳の品定めなど、優雅で華やかなシーンが満載。
葵の上が産んだ夕霧も元服し、一緒に育った従姉の雲居の雁との初々しい恋も描かれます。 夕霧は源氏の子供なのに、華々しさがまるでないのですよ。 雲居の雁の父君の内大臣(もとの頭の中将)に睨まれたり、源氏の君からもかなり突き放されてるし(お父さん、厳しい;;)、可哀そうに・・ちょっと屈折気味かも;; 源氏の君は自分が自分だっただけに、夕霧のことは相当警戒してますね。 紫の上には絶対近づけませんから 苦笑
しかし意外にもこの巻の源氏の君はというと、梅壺の女御、朝顔の姫宮、玉鬘と立て続けに三人の女君に懸想しますが、拒まれ、想いを遂げることができません。 朝顔の姫宮はともかくも、梅壺の女御や玉鬘は娘同様。 後見人の立場なんですからねぇ。 困ったもんです。
“あえて苦労の種になる恋を直向きに思い詰める生憎な癖”は性懲りもなく発揮されています。 でも、一度縁を結んだ女君のことは、いつまでも面倒を見て、自分から見捨てることは決してしない・・というのが源氏の君の美質。 梅壺の女御と玉鬘にしても、それぞれ六条の御息所と夕顔の娘であるという深い縁が、彼の心の中にはずっと息衝いているのでしょう。 この巻では、むしろ紫の上をはじめ、長く取り持った深い絆をしっぽりと温めるような場面が多かった気がします。
明石の上は、源氏の子を身籠ることができましたし、長生きしますし、紫の上や葵の上を凌ぐ勝ち組のような手堅さを感じるんですが、彼女が存在感を発揮するのは「薄雲」の帖の序盤に描かれる子別れの場面に尽きるような気がしてしまいます。 それまでは、受領の娘というコンプレックスとは裏腹に、非の打ちどころのない態度が身についてしまっている者の愁いというか・・その狭間に揺らぐような気の滅入り方をしてたんですが、紫の上に幼い姫君を託してからは、哀しみの純度がまるで違うような印象です。 娘と離れ離れになってしまった寂しさに堪える明石の上には、美しさと気高さが深く香ります。「初音」の帖の中で、娘君から届いた母を慕う鶯の歌が嬉しくて、因んだ古歌や自作の返歌を独り、紙に書き散らしていたものを源氏の君が見つけて微笑む場面が好きです。
それにしても、あっちのご機嫌をとり結び、こっちをなだめすかし・・マメマメしいことこの上ないです。 この御仁。 それぞれの女君に対して、少しずつ愛情の種類は違うんだけど、手抜きをすることも一切せず、細やかな気配りをし続ける姿には・・やっぱりある種の美徳のようなものを感じざるを得なくなってきてます。 質・量ともに半端ない底なしの愛情の泉を宿命のように宿している人なんでしょうね・・ あ〜これはもう、まんまと物語の思うツボですねぇ;;
「薄雲」「朝顔」「乙女」「玉鬘」「初音」「胡蝶」
明石の君と姫君の別れ、藤壺の宮の崩御。冷泉帝の出生の秘密漏洩。朝顔の姫宮が源氏の求愛を拒否。夕霧が雲居の雁と初恋、大学入学、惟光の娘に懸想。壮大な六条の院に夕顔の娘玉鬘と女君たちを住まわせ、衣装を配り、正月に訪ねる。
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源氏物語 巻三 / 瀬戸内寂聴 訳
源氏物語 巻三
紫式部 著 / 瀬戸内 寂聴 訳
講談社 2007-03
(文庫)
★★

「須磨」から「松風」まで。 20代後半から30代始めの源氏。 須磨・明石への配流という貴種流離譚と、華々しい政界での復権が描かれます。 謹慎の身がよほど屈辱だったのか、返り咲いてからは権力志向が強まっている感があり、更なる栄華を求めて着々と足場を固めつつあるかのようです。
失脚した源氏の君から人々は離れ、みんな保身に立ち回るばかりの中、寂れた須磨の地へ慰問に訪れてくれたり、女君をめぐって切磋琢磨(?)してきた盟友である頭の中将でしたが、舞台を政治の場に変えての権力争いに引きずり込んでしまいますし、気の弱い朱雀院をはじめ、自分を陥れたり、蔑ろにした人々へのしたたな復讐心も窺えます。
一方で、十代の頃のような無茶は収まったものの、一筋縄ではいかない恋に萌え〜な性分は相変わらず。 ホントこの人は、“メンドクサイ恋”が大好きなんです。 素人好きタイプよねぇーと思っていたら、遊女の流し目などには全く興が乗らない・・みたいなことを何処かでぼやいてて笑ってしまいました。
「蓬生」の帖は、末摘花のちょっとしたシンデレラストーリー。 解り易くて素直に好きです。 でも末摘花の健気さや芯の強さ、それに感動する源氏・・という美しい構図とは若干違う気も。 自分の娘の侍女にさせようと企む叔母の下心なんかに、末摘花は気づいてもいなかったように思えるし、ただひたすら全く違う環境に身を置くことが死ぬより怖かっただけなんじゃなかろうか。 結果的に臆病さの勝利といった感じがします。 源氏の君にしても、あまりの愚直さがいじましく思えたんだと思うし、さらに言えば荒れ尽くされた廃屋に籠るかつての愛人という、“普通ではない数奇なシチュエーション”に酔っちゃったんじゃ;; でも、たとえそうであったとしても結果オーライでよかったね、末摘花。 そして気持ちは残っていないのに、ここまで出来るって、それはそれで器もあるのね源氏・・と、妙な感動が湧いてくるのでした。
空蝉との再会を描いた掌編「関屋」でも、空蝉はロマンチックに溺れないんだよなぁーと改めて思った。 他の女君たち同様、確かに行動と感情との狭間で煩悶してはいるんだけれど、行動が意志的なので、なよなよめそめそ感が殆どないという、平安人にしては捌けてるというか、クールというか・・ 年の功かもだけど物語中で稀有な存在感がある。 老夫の死後、継息子に色目を使われたり、相変わらず言い寄ってくる源氏の君との駆け引きなど、鬱陶しい浮世に身を置くことを嫌ってスパっと出家しちゃう。 そうすることによって、逆に源氏の君の心に自分の面影を強く残せることを知っていたから・・ わたしはそこまで正確に思い至れてなかったんだけど、巻末を読んで、空蝉の計算高さを勘定に入れる瀬戸内さんの解釈に納得。 空蝉の醸し出すどこか知的で実利的な雰囲気は、やはりそれだけの内面性があってこそなんだと思いました。
「須磨」「明石」「澪標」「蓬生」「関屋」「絵合」「松風」
光源氏、須磨に謫居。宰相の中将(もとの頭の中将)の慰問を受ける。暴風雨のあと、明石の入道に迎えられ、その娘明石の君が懐妊。都に戻り、女君たちと再会。六条の御息所の遺児前斎宮が冷泉帝に入内。明石の君と娘を大堰に迎える。
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いっちばん / 畠中恵
いっちばん
畠中 恵
新潮社 2008-07
(単行本)


しゃばけシリーズ第7弾・・かな? 相変わらず可愛くてハートウォーミングなシリーズです。 そして甘々♪ 饅頭に大福、花林糖に金平糖・・と、鳴家たちの大好きな甘ぁ〜い和菓子もいっぱい出てきて、甘々ワールドは更にパワーアップし、進化を続けているようです。 あっ、でも、仁吉スペシャルの薬湯の苦さは尋常ではないみたい;; 前作の登場人物との思わぬ再会があったり、あまりの化粧の濃さに妖と間違われていた一色屋のお雛ちゃんも再登場しています。
妖総出演でドタバタ劇を見せてくれた「いっちばん」や、天狗と妖狐と狛犬が三つ巴となって繰り広げるファンタジックな江戸の夜のスペクタクルが楽しい「天狗の使い魔」など、5篇収録。 一番好きだったのは二話目の「いっぷく」かな。 江戸と上方の商売の違いが上手いことストーリーに絡められていて楽しめました。
若だんな、いい子なんだけど、設定が14〜15歳くらいなら、もっとしっくりくるんだよなぁ〜。 若だんなの虚弱体質と過保護(栄吉の不味い餡子もかしら?)は、シリーズのシリーズたる所以だから仕方ないのだか・・ そろそろなんとかしてあげたくなってくる。
飽きてしまったというのではないけど、わたし自身の趣味が少し変わってきたのかもしれません。 前ほどは楽しめないんですよね。 淋しい。 あとやはり少し・・キャラに走りすぎて、ストーリーが雑になっているのは否めないような。(何様;;)
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源氏物語 巻二 / 瀬戸内寂聴 訳
源氏物語 巻二
紫式部 著 / 瀬戸内 寂聴 訳
講談社 2007-02
(文庫)
★★★

「末摘花」から「花散里」まで。 源氏十代の終わりから二十代前半までを追った巻二では、一段と物語に奥行きと広がりが生まれています。
六条の御息所の情念、葵の上の死、紫の上との初枕を描いた「葵」、六条の御息所との別離、藤壺の出家、朧月夜との情事の露見を描いた「榊」に至って俄然惹き込まれます。 女君たちの描き方が神懸かってるくらい凄い。 ことさらに内面を描かないんですけれど、だからこそ、行間から溢れ出てくる情趣で充ち満ちている感じ。
病床の葵の上が、院の御所へ出かける源氏の君をいつにない熱い瞳で見つめる・・彼女の内面を感じさせる描写はここだけなんですが、想いが集約されていて胸が詰まります。 最後の最後に信頼?できてよかったねって、読んでいて熱いものが込み上げてきます。
若紫が源氏好みの女性に育っていく移り変わりや、若紫から紫の上になった日の乙女の恥じらいなど、全く露骨な書き方はしないのに、研ぎすまされた文章の中に艶めかしさが息衝いています。 その朝、起きてこない若紫。 引き被った夜着を無理やり捲ると前髪を汗でびっしょり濡らしていた・・というような描写があるんですが、これ凄すぎます!
自分は誰からも咎められないという安心感の上で、自惚れ道を邁進していく源氏の君ですが、父帝の崩御によって、その基盤が揺らいで威光に陰りが見え始める件もダイナミックかつ繊細に描かれていきます。 足元を掬われることを恐れ、身を呈して我が子(不義の東宮)を守るべく、断腸の想いで源氏の君を拒む藤壺、拒まれ拗ねる源氏の君・・ 政敵である右大臣側の姫君の朧月夜との大胆な密会や見つかった時のふてぶてしさなど、ちょっと棄てばち気味になっているかの如き心の荒れ模様が見え隠れするようです。 結局この事件で足元を掬われてしまうのですが、藤壺(の行動)との対照性を感じずにはいられません。
そんな中で、末摘花や源典侍とのエピソードは、深遠さを増していく展開とはまた少し違ったコミカルな興趣を添えてくれるのですが、正直、現代人(というか、単にわたしだけ?)の感覚からすると、悪ふざけが辛辣過ぎて、ちょっと引いてしまうんですよね。 人を蔑むところには、どこかさもしい気配が漂います・・
瀬戸内さんも解説でチラっと述べられていたんですが、むしろ末摘花の、天然というかKYというか・・野暮ったさにも醜さにもコンプレックスを感じる世間擦れもないくらい、ある意味清らか過ぎるところにお姫様チックな真の貴族性が漂うような気がしてくるんです。 そういう意味では、源氏の君こそ物語の中で誰よりも俗物ようにも思える。 すっごく人間臭いです。 またそこが魅力にもなるわけです。
あと、個人的には、葵の上の葬儀が終って、源氏の君が左大臣邸を去る場面が無性に切ないです。 見送る舅の左大臣の消沈した佇まいが涙を誘います。 普通ならば、東宮に一人娘を嫁がせることを最優先で考えるだろうに、東宮には見向きもしないで、迷うことなく源氏の君に妻合わせ、夫婦の不和に気を揉みながらも、甲斐甲斐しく娘婿の面倒をみて、心を砕いて引き立ててきて、さぁこれからって時に娘が死んでしまって、源氏の君を恨んでもいいくらいなのに・・ 心底惚れ込んでしまったんでしょうね。 性格は、大していいとも思えないんだけど(ごめんね。源氏w)、美しさが人をこんなにも惹きつけて離さないというのでしょうか。
前半の山場ともいえそうな「葵」と「榊」の帖で、物語のうねりに圧倒された後に、ふっと気持ちを平らかにさせる掌編の「花散里」の、どこか静謐さを湛えた筆さばきも見事です。
「末摘花」「紅葉賀」「花宴」「葵」「榊」「花散里」
光源氏の不倫の皇子を生んだ藤壼の女御の出家、兄朱雀帝の寵愛する朧月夜との密会の露見、物の怪となって葵の上に取り憑いて死なせた六条の御息所との別離、若紫との新枕と花散里との淡い恋など五十四帖の骨子となる場面が展開。
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パリ猫銀次、東京へいく / 村上香住子
パリ猫銀次、東京へいく
村上 香住子
アノニマ・スタジオ 2007-07
(単行本)


フィガロジャポンに11年間連載され好評を博した「パリ毎日便」で、すっかり有名になったパリジャン猫の銀次。 コンピエーニュの森での村上さんとの出会いから、パリのアパルトマンでの暮らし、やがて住み慣れた地を離れ、遠い日本で晩年を過ごすまでの日々を愛情たっぷりに綴ったエッセイです。
白銀色のもこもこの毛並みとエメラルドグリーンの瞳を持つセレブリティなパリ猫ちゃんなのに、“江戸時代の巾着切りのような”名前をつけられてしまった銀次^^ 写真も満載! とろけるほどにカワユ〜♪
腕白で甘えん坊で筋金入りの小心者〜。 そんな銀次が引き起こす些細な騒動のあれこれや、可愛らしい仕草にクスクス笑みがこぼれます。 猫好きにはたまらないでしょう〜! 迷子になってしまった時の目の前が真っ暗になるような不安にも、シンパシーを感じる猫好きさんも多いのではないかしら。
窓からはライトアップされたノートルダム寺院が眺められるアパルトマンや、銀次を巻き込んでの隣人たちとの交流など、暮らしてみたいなぁ〜なんて思わず夢想が広がります。 ただ、銀次が外嫌い猫ちゃんなので仕方ないんですが、パリの街並みや郊外の風景とか、殆ど織り交ぜられていないのが勿体ないなぁ〜なんて思いました。
後半は、銀次の受難の日々が続きます。 本意ではないにしろ、銀次翁をこんな目に遭わせることになってしまった飼い主の著者さんを嫌いになってしまいそうでした。 そんなご自身を責めて責めておられるので、なんだかもう、読んでいてとっても遣りきれない気分になってしまったのです・・
わたしは本書で初めて村上さんと銀次を知ったので、フィガロの“あの”銀次という感覚がわかりません。 パリで暮らす銀次をリアルタイムで見守っていた読者さんたちには、本書はきっとどんなにか思い入れ深い一冊となるのでしょうね。
今はどうしているのかしら? 美味しいものを食べて、シエスタして、ママンに甘えて、寂しいことや怖いこととは無縁の幸せな老後であって欲しいなぁ。 長生きして欲しいなぁ。
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源氏物語 巻一 / 瀬戸内寂聴 訳
源氏物語 巻一
紫式部 著 / 瀬戸内 寂聴 訳
講談社 2007-01
(文庫)
★★

源氏物語の全訳を読むのは初めてなんです。 興味はずっと持ち続けてたんですが難しいのかなぁ〜という先入観が抜けず、翻案や解説本から入ってしまったクチです。 そのうちもう今更読まなくても・・なんて気分になっちゃって。 完全に順番間違えてるんですけど;; 何気にふと気持ちが動いたので、もう勢いで取っかかりました。
で、誰の訳を読んでいいかがまるでわかりません。 とりあえず(などと言っては失礼なんですが)最近の瀬戸内訳で。 ちょっと調べてみると、瀬戸内訳は原典に忠実との評価っぽい? で合ってるかどうかも分からないくらい無知なんで、初めて読むにあたり、あまり訳者のカラーが出てない方が望ましいかなぁと思いつつ。 そしてやはり文章そのものが現代人には非常に読み易いとの声も。
巻一は「桐壺」から「若紫」まで。 いやもう、源氏く〜ん! こんな人でしたっけ? というのが素直な感想。 色ボケっぷり、自惚れっぷり、なよなよっぷり、そんでもって世間体気にし過ぎ!!
笑う場面ではないんだろうけど(多分・・絶対・・)、ちょっとこれ半分喜劇なんじゃないの?と思えしまう。 読み方完全に間違えてる(モロ現代人の感覚で読んだらアカン)のは承知なんですが、まだ入り込めるまでには至ってないかもな感じ。
源氏の君が引き起こす恋愛事件のイザコザは、困難な恋にしか情熱が湧かないという持って生まれた因果な性癖に由来する・・なんて。 お気の毒。 でも憎めないというか何というか;; まぁ、あくまで巻一は十代の旺盛かつ奔放な情熱の発露が生き生きと伝わってきたという感じでしょうか。
第二帖「帚木」、第三帖「空蝉」、第四帖「夕顔」の三篇は、後から枝葉的に付け加えられたのではないかという説があると聞いたことがあるんですが、こうして読んでみると妙に納得してしまいそうです。 「帚木」の前半の有名な場面“雨夜の品定め”は、続く「空蝉」と「夕顔」への確かな伏線となっているし、明らかにこの三篇で一つの物語が完結しているのがかわります。
すると本筋は「桐壺」から「若紫」へと連なるわけなんですが、そう考えると、これもやはり、なにかこう・・空白があるような印象を受けてしまうのです。 藤壺との初めての契りという肝心の場面がどうして抜けてるんだろう・・と。 解説本を先に読んでしまっている弊害なんですが、ここでわたしの頭には「かがやく日の宮」という幻の帖の存在がちらついてしまいます。
でも結局は過去に存在していたにしろ、していないにしろ、現在は存在していないのですから、“行間に神経を注ぎ、物語の髄を味わい尽くしたいと願う気持ち”で読めたらいいなぁと。 その気持ちが何ら変わるわけではありません。 そこは「雲隠」と同様です。
印象的な場面もたくさんありました。 廃家での逢瀬で、源氏の君が勿体振って初めて面を取って素顔を見せた時、夕顔がちらっと横眼遣いに源氏の君を見るんですが、彼女この時、すっごくときめいたんじゃないかと感じるんですよ。 その幸せな動揺が、心にもないことをぶつけてしまう歌の底にあるような気がして・・このシーン、凄く好きでした。
あと、本筋じゃないんですけど、六条の御息所のもとから朝帰りをする時に、美しい侍女に見送られるんですが、案の定、源氏の君はふらふらと心を動かされてしまうんです。 この時侍女は、女主人を立てて、やんわりとした毅然さで対峙し、動揺を見せません。 なんかこう・・高潔な感じがしました。 「夕顔」の帖では、艶っぽく、しかもうら寂しげな情景が多くて、和歌も夕顔にちなんだものがたくさん出てくるんですが、この場面、ここだけが朝顔なんですよね。 朝露の滴るきらきらした庭の風景と重なり合って、夕顔とのコントラストが不思議と印象深いシーンでした。
「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」
光源氏の誕生から若紫との出逢いまでの物語。桐壺帝と更衣の間に光源氏の誕生。3歳で死別した母更衣に似た藤壺の宮への憧れ。葵の上との結婚。空蝉、軒端の荻との契り。夕顔との出会と死別。若紫との出会。
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村田エフェンディ滞土録 / 梨木香歩
村田エフェンディ滞土録
梨木 香歩
角川書店 2007-05
(文庫)
★★★★

東と西が交差し重なり合うが如き国、土耳古(トルコ)のスタンブール。20世紀前夜、歴史文化研究のため、彼の国に招聘された日本人青年の土耳古滞在記。
英国人のディクソン夫人が営む学術関係者の宿舎に身を寄せることとなった日本人留学生の村田。 独逸(ドイツ)人考古学者のオットー、発掘品の調査鑑定に携わる希臘(ギリシャ)人のディミィトリス、下男として働く土耳古人のムハンマド、そしてムハンマドが拾った一羽の鸚鵡と生活を共にすることに。 同居人たちとの伸びやかな異文化交流が、端整な筆致でゆったりと爽やかに綴られてゆきます。
キリスト教、回教、ギリシャ正教、仏教・・異教徒たちの集うサロンのような住み家。 宗教間に波立つ小さな反目はもとより、時にヨーロッパ列強と脅かされるアジア、時に一神教と多神教、時に宗教と自然科学など、価値観、世界観の違いや、時代背景によって生み落とされる様々な角度からの問題提起が埋め込まれ、ざわめいています。
話に耳を傾け、言葉を交わし合い、理解できなくても受け入れようとする想いが、彼らの共同生活を豊穣で潤いのあるものに引き上げているかのようです。 そしてある意味、同居人たちの要となるのが妙に含蓄のある一言を放つ鸚鵡なんです^^
遺物の再利用があちらこちらに見られる建築物の片隅には、ビザンティンの衛兵や、古の原始の神々の亡霊がひっそりと棲息しているのも“そんなこともあろうな”と寛容に構える人々・・異教徒たちの夢の跡に身を置いて、雄大な時の流れと栄枯盛衰に想いを馳せたくなると同時に、夜明け前と夕刻に流れるエザンの音色、多種多様な人種の行き交う雑駁な町並みなど、エキゾチックな風景にしみじみと浸ってしまいます。
ずっとこのままで・・ 願いと裏腹に、やがて動乱、戦乱の足音が近づいてきます。 終盤の劇的な急展開には、読んでいて、ただもうひたすらおろおろと途方に暮れて、悲しみが押し寄せ心乱れるばかり。 青年トルコ人革命、第一次世界大戦・・否応なく歴史の渦に呑まれていく宿舎の仲間たち。
“虫が好かない”ディミィトリスを探しにサロニカに旅立つムハンマド、常々その言動に眉根を寄せていたオットーを“私のやんちゃな坊や”と呼ぶディクソン夫人、そして遠い地の彼らの消息を祈る思いで聞き届ける村田。 二度と帰らぬかけがえのない日々に・・国家、民族、人種を越えた人と人との絆の物語に涙せずにはいられない作品でした。

<追記>
家守綺譚」の姉妹編にあたる本書。 主人公の村田は、綿貫征四郎の友人なのです。 「家守綺譚」でも土耳古の村田から綿貫の元に手紙が届いたりしていましたが、帰国後の村田が綿貫の下宿先に転がり込むことになる後日談が本書で明かされていて一興を誘います。 この2作品は、わたしの秘蔵っ子なのです。
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異国トーキョー漂流記 / 高野秀行
異国トーキョー漂流記
高野 秀行
集英社 2005-02
(文庫)
★★★

大学時代から冒険部に所属し、世界の辺境を渡り歩いて久しい伝説的貧乏作家(?)の高野さんは、驚異的な語学力の持ち主なんです。 本書の中だけでも、在日外国人の素人先生らを捕まえては、フランス語、リンガラ語、スペイン語、中国語、アラビア語の習得にチャレンジして、みるみるモノにしてしまいます。 達人w
著者が知り合った東京に暮らす異国人だちの目を通して、いつもと違う東京が見えてくる不思議・・ 東京が“トーキョー”に変わる瞬間の風景をプリズムのように映し出してくれます。
高野さんが切り取ってみせてくれる風景やものの見方、感じ方には“発想の転換”的なものが溢れていて、こういう柔軟さって、やっぱり語学の学習能力にも通づるものがあるのだろうなぁ〜なんて硬い頭で感服してしまいます。
日本で“自分探し”に勤しむアンニュイなフランス人シルヴィ、日系(を名乗る)インディアン顔のペルー人ウエキ、マクドナルドが大好きな強面イラク人のアリー、プロ野球ヲタになってしまったスーダンからの盲目の留学生マフディなどなど。
非常に愛すべきエキセントリックな異国人たちが、それぞれの思惑で右往左往する姿を見つめる高野さんの視線は、べとつかず、突き放さず、軽い自嘲を込めて自らを“国際人”と語りながら、訳知り顔の人生哲学などもなく、ただただ痛快で温かく、そして彼らの在りのままの人間模様が滋味深くて少し切なくて、たまらなく愛おしい。
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