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ろまん燈籠 / 太宰治
生誕100年に滑り込みセーフ。 読めてよかった^^ 角川文庫版には7篇の短篇が収められています。 私小説のようであったり、エッセイのようであったり、遊び心というか、実験的というか、絶妙にメタっぽい要素が機能している作品が多く、そこはかとなく太宰が香っておりました♪
目玉は「愛と美について」と「ろまん燈籠」のカップリング。 ロマンチックの気風を愛する入江家の五人の兄妹が、即興で物語の連作を始めるという趣向の両篇。 キャラクターの素描が弾けていて、透徹した客観性に貫かれた上質なユーモアが其処此処に振り撒かれています。
「ろまん燈籠」の試作品ともいうべき「愛と美について」の小品らしい他愛のないチャーミングさも相当にお気に入りなんですけれど、そこへ厚味と洗練さを施された「ろまん燈籠」を続けて読むと、格の違いが歴然です。 物語の決着を任される長兄は堅物のロマン音痴で、弟妹たちから秘かに侮られているにも関わらず、彼の陳腐なオチが何故か無性に沁みてきて、更にエンディングに至って作品がもう一段の高みに登っていくのを痺れるみたいに体感しました。 移ろいゆく家族の幸福な時間を切り取った記念写真のように愛おしくて・・大好きです。
特に太宰スメルが濃厚だったのが「秋風記」と「女の決闘」かな。 「女の決闘」は、19世紀のドイツ人作家が著した一短篇に太宰流の息吹を加えたトリビュート的作品で、原作への許し難い冒涜である・・かなんか過剰なまでの防衛線を張りながらも、妄想を炸裂させて容赦なく弄り倒してる辺りのコントラストが笑いを誘います。(この笑いの中に森見登美彦さんの匂いを嗅ぎ取った気がしたわたし・・)
死にたいという思いと、やっぱり生きてみようと思わせる出来事との間の葛藤で作品を生み出し、エロスとタナトスの相克の図式を循環していた作家であるという岩井俊二さんの解説が興味深かったです。 7篇が面白いくらいにその比率の中に納まるというのも・・
自意識を捏ね繰り回す甘っちょろさは百も承知で、わざとそれに乗っかってる偽悪的なところに不遜さと可愛らしさが同居したような太宰の美風があるんだろうなぁ〜と感じたりしながら読みました。 断筆したり、国家に追従したりすることなく、戦時中の日本文学を一人で繋いだといっても過言ではないという評価を受ける太宰。 自分のことに夢中過ぎて、体制なんかにびくとも揺るがなかったところ、これは一つの立派な強さの形なのだと・・そんなことを思って少しセンチメンタルに浸っていました。


ろまん燈籠
太宰 治
角川書店 1998-06 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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猫絵十兵衛 御伽草紙 2巻 / 永尾まる
猫絵師の十兵衛と猫仙人(?)のニタが、人情と猫情を取り持つ助っ人役となって、江戸市中の人と猫の心の安寧をそっと守っていくみたいなお話なんです。
江戸と猫と怪異は本当に相性がいいですねぇ。 そして、相変わらずベタ甘な江戸っ子たちに愛されて、猫たちがゴロゴロ喉を鳴らしてそうな幸福な空気に蕩けてしまいそうです。
甘切な擽った系の報恩譚が、今回ちょっとループっぽくて、わたしには単調に映ってしまったのだけど(擦れっ枯らし&飽きっぽいためだと思われ;;)、そんな中、前巻からニタとの相性に難ありな弥三郎(猫を大の苦手としている心優しい浪人者)が、傷ついた野良猫をへっぴり腰で看病する奮闘記(?)が楽しかったな。 猫がおっかなくて仕方ないのに、不思議と懐かれちゃうんだよね。 居候猫が2匹になっちゃってるし^^; トラ助の小っさいトラ柄の背中がツボ過ぎてヤバいですけど、でもやっぱりブサ猫ニタ公が一番のお気に入り。(ニタの麿眉にもひっそり萌えw) ワルノリして弥三郎を怖がらせる悪趣味が素敵^^
空の彼方に続く根子岳大明神の猫王の葬列が不気味綺麗で、絵的に一番ハマってました。(“根子岳”を“根子缶”と読んでいたことにたった今気付いた・・orz)
一話毎に一人と一匹とが通わせ合う情を軸に物語が進むんですが、登場する猫たちのキャラも属性も様々ですし、また、作者さんは江戸の職人さんに萌え燃えなのだそうで、木彫り師、大工、左官職人たちが、各々の話の主役にも選ばれていたり、工芸品を始め、史実や民話からのエッセンスを巧みに取り入れて、マニアックにならない加減で優しく奥行きのある江戸ワンダーランドを描いてくれています。


猫絵十兵 衛御伽草紙 2巻
永尾 まる
少年画報社 2009-09 (単行本)
関連作品いろいろ

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影のオンブリア / パトリシア・A・マキリップ
[井辻朱美 訳] かつて栄華を誇った美しくて強大なオンブリア公国に忍び寄る衰亡の影。 グリーヴ大公家の世継ぎをめぐる政争に乗じて、荒んだ地上世界は、地底に広がる影の都の中へひたひたと沈み込もうとしています。
うらぶれた街路にひっそりと口を開ける入り組んだ秘密の路地や、宮殿の奥の忘れ去られた扉といった不可視の区画を介して侵食し合う二重映しの世界が、定まらぬ境界を越えて交錯し、都は見果てぬ混迷の中へ。
幾重もの時代を彩った装飾的で華美な内装や調度品の意匠。古い皮のように脱ぎ捨てられて埋もれ隠された記憶や夢の欠片。 それらが燻ぶり、煤け、剥げ落ち、綻び、朽ち果て・・ 揺らめく蝋燭のまわりに浮かび上がる暗闇の中で切ない吐息を洩らしているかのようです。 地下の都に張りめぐらされた時の迷宮に、複雑な模様を刻みながら、過去という夢想が層を成して溶け込み、蠢いている。 そんな甘やかで悩ましい肌触りが、虫の羽音のような繊細さで響いてくる心地がしました。
築きあげた重みに耐えかねて、自らの過去の中へ取り込まれようとする古い歴史ある都の苦悩といった物語の深部が、霞みのような薄いベールに覆われてチラチラと透けて見えそうで見えない。
地上と下界、現在と過去が混じり合う光と影の都、それを反射するもうひとつの世界への扉・・ まさに“地球の垂直構造と時間の遡源構造を重ね合わせた地質学の時代たる19世紀的時空観に根ざした物語”なのですね。 訳者あとがきでの解説に触れて、この世界観を(やっと;;)ぼんやりと理解しました。 宮殿の頂きへと誘うベクトルは、行き詰まった時の先を見つめる希求の想いの結晶のよう・・ 滅びと再生を混沌と宿した未知なる世界への風穴を開く勇者はやがて伝説となり、いつしか悠久の歴史の中に紛れ込んでいく・・
溜息の漏れるような至福のファンタジーなのですが、うぁ〜ん、でも入っていくのに才能に近いコツがいる気がします。 自分が生粋のファンタジー読みでないからかもしれないけども。 この本に選ばれる人が痛烈に羨ましい〜。


影のオンブリア
パトリシア A マキリップ
早川書房 2005-03 (文庫)
関連作品いろいろ

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六月の夜と昼のあわいに / 恩田陸
SF、ファンタジー、ホラーのあわいを縫うような幻想的な“夢十夜”風短篇集。 恩田さんは、実はノン・ミステリの方が好みです、わたし。 脳内パノラマ全開で、ともすればインスピレーションの洪水にフラフラになりそうですが、そこもひっくるめてこの波長に呑み込まれることが悦びなのです。
フランス文学者の杉本秀太郎氏の序詞(詩・俳句・短歌)と、新鋭画家による現代絵画とのコラボ企画として誕生した本書。 序詞と絵画という二重の制約に閉ざされた純度の高い空間をイメージの奔流が縦横無尽に駆け抜けていました。
太古と未来、宇宙と深海、喧騒と静寂、黄昏と夜明け、漆黒の闇と白い雪・・ 濃淡の色彩がざわめく万華鏡のような世界は、有機体、生命体の神秘が醸し出す不穏な美しさと懐かしい肌触りに満ち、永遠のような瞬間がさざめいていて、五感を絶え間なく揺さぶることにかけて容赦がありません。
時空の歪みに滑り落ちる「Y字路の事件」や、辛辣なユーモアの効いた「窯変・田久保順子」、迷い家の怪異を描いた「酒肆ローレライ」といった比較的読み易いものもよかったのですが、風呂敷の唐草模様から止めどなくイメージが連鎖し暴走していく「唐草模様」とか、気だるく優しく不気味な終末観の漂う「約束の地」のような幻夢譚も好き。 あと灰色の平原を走る列車のコンパートメントで見知らぬ男女の意識が錯綜する心理劇タッチの「コンパートメントにて」もいい♪
一番のお気に入りは民話テイストの「夜を遡る」かな。 金属の廃材の寄せ集めでできたガラガラドンや、元は異国人で子供の守り神となったペドロさんがいたりして・・ 大きく蛇行する川のほとりの村落の物語をもっと紡いで欲しいなぁ。
あっでも、これ長編で読みたいなぁ〜と感じさせる短篇になってしまいがちなのが、良くも悪くも恩田さんなのですが、今回は一味違うぞって感触。 どれも掌編といっていい短さなのですが、一揺らぎの波動を淡く心に残していくような小品の魅力がキラっと発揮されていたんじゃないかと思いました。


六月の夜と昼のあわいに
恩田 陸
朝日新聞出版 2009-06 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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江戸小咄商売往来 / 興津要
心を売る、季節を売る、名産を売る・・ 風物詩だった行商の風景や、有名店の珍品・名品の数々を小咄や川柳の中に探り、江戸時代の商売事情と、商いが取り持つ庶民の暮らし向きを当時の笑いに取り交ぜて紹介する本。 流行り廃りの激しさや、京坂と江戸での体裁の違いなど、(当然なのだけど)一言で“江戸時代の商売”などと片付けられない機微が味わえて楽しかったです。
江戸の石見銀山売りは、最初の頃こそ京坂のように“猫いらず、鼠とりぐすり〜”と呼び歩いていたけれど、やがて“いたずら者はいないかな〜”と売り歩くのが名物になっていったとか、最ものんびりしていた江戸中期ごろには、“猫の蚤取ろう”と呼び歩く、猫の蚤取り屋が繁盛したとか^^ 江戸っ子は猫を可愛がったので、猫の出てくる小咄はけっこう多いんですね。 ふぐ売りの項にはこんなのが。
鰒を料理しているところへ、のら猫が来り、ちょいと一切くわえて逃げる。
「この畜生め」
と、追っかけそうにするを、友だちとどめて、
「こう、うっちゃっておきやれ。 さいわいのことだ。 あの猫めが、あれを食うだろうから、あいつめに毒味をさせ、猫が別条ねえようなことなら、それから、こっちも食うがよい」
と、やがて、鍋に入れて煮てしまい、
「さあ、猫を見て来よう」
と、庇間をのぞいてみれば、猫が、ニ、三匹寄って食っているゆえ、
「さあ、しめたものだ。 あいつらが別条ねえようすだ」
と、打ち寄って、手盛りにしてやり、
「これは、うめえ、うめえ」
と、いう声を聞いて、庇間の猫、
「さあ、もうよいから、食やれ、食やれ」
修繕業やリサイクル業の充実っぷりが、もはや現代人から見ると御伽の国レベル。 たが屋(桶や樽の破損を修繕する)、羅宇屋(煙管の竹の部分の取り替え)、ちょうちん張り替え、雪駄直し、紙くず買い、とっかえべぇ(飴と古金属を交換した行商人)、肥取り、古傘買い(骨は傘屋が削り直して再利用し、貼ってある油紙は味噌や魚などの包み紙として用いる)などなど。 割れた茶碗は瀬戸物焼き継ぎ屋に直してもらう。で、こんな句。
焼き継ぎ屋夫婦喧嘩の門に立ち
山東京伝の黄表紙「江戸生艶気樺焼」の主人公の艶二郎(色男と呼ばれるためならば命も惜しまぬというドラ息子)もチャレンジしたらしい地紙売りは、扇子の地紙を売り歩く行商で、伊達男のする商売の代名詞だったそうですが、これも江戸中期まで。以降は京都下りの折り扇が主流になっていったそうです。
地紙売り我慢が過ぎて風邪をひき
虫売りの姿も粋で洒落ていたらしい。 “新形の染浴衣に茶献上の帯をしめ、売り出しの人気役者の手拭いを四つ折りにして頭に戴き、その役者の紋を画いた団扇をもって、ゆたりゆたりと市中を売り歩く後には、虫籠を担いだ下男がついていく”といった姿は華美に過ぎると天保の改革で禁令の沙汰がくだったとか。
虫売りは一荷に秋の野をかつぎ
宝船売り、室咲きの梅売り、桜草売り、初鰹売り、蚊やり売り、暦売り、紙帳売り、西瓜売り、すす竹売り、糊売り、箒売り、眼鏡売り、竹馬きれ売り、稲荷ずし売り、膏薬売り、社交サロンの役割を果たしていた湯屋や髪結床、飛脚に、読み売りに・・ 落語の原話となった珍風景、商人の風儀、売り手の名口上など、浮薄で享楽的で遊惰で、でもほっこりと心を温めてそよぎゆく風が気持ちいい♪
油売りは時にはこんなことに。
油売り油は売れず油売る
雪の日に転んだ塩売りは大変でした。
塩売りは転んだ雪をなめて見る
若い頃はどすを利かせて銭さしを押し売りしていた武家屋敷の仲間は・・
さし売りの老いこんだのはたわし売り
貸し本屋は大風呂敷に包んだ本を高く背負ってやって来ました。
うかり来て本屋鴨居へ蹴つまずき
傘屋と雪駄屋が軒を連ねた照降町は・・
一町で雨を泣いたり笑ったり
傘職人が集まっていた茅場町は・・
(辺り一面、傘が干してあったんですかね)
まん丸な日陰の並ぶ茅場町
団扇問屋の多かった堀江町は・・
(人気を取った役者絵を団扇に刷ったんですね)
堀江町春狂言を夏見せる
通人が推賞した江戸随一の紙店であった上総屋とか、三代目瀬川菊之丞に因んで名付けられ、一世を風靡した白粉の仙女香(「浮世女房洒落日記」でも話題になっていました)とか、あと何故か秘具を売る四ツ目屋も知ってました・・orz (「じょなめけ」に出てきたんだったか・・)
腹痛に効能ありと評判の堺屋の反魂丹という丸薬の小咄が面白かったです〜。
わすれかね反魂丹をたいてみる
これ、落語にもなっているそうですね。 亡くなった女房のお梅に会いたくて、反魂香(漢の武帝がこれを焚いて亡き夫人の面影を見たという雅なお香)の代わりに一字違いの反魂丹を焚いてみたという^^; 江戸っ子らしい報われないセンチメンタリズムに乾杯〜。


江戸小咄商売往来
興津 要
旺文社 1986-11 (文庫)
興津要さんの作品いろいろ
★★
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バーバ・ヤガー / アーネスト・スモール
[ブレア・レント 絵][小玉知子 訳] 森谷明子さんの「深山に棲む声」を読んでバーバ・ヤガーにもっと触れてみたくなり、探していたところ、この絵本にたどり着きました。 少しかすれたような黒い線と面が基調にあって、全体も抑えた色彩、版画のように素朴な雰囲気と緊密な装飾性が美しい絵。 アメリカ人のブレア・レントは、子どもの本のイラストレーターなのですが、アーネスト・スモール名義で絵本作家としても活動していたそうです。
バーバ・ヤガーはロシア民話に登場する森の魔女。 ビジュアル的に独特なセンスがあり、一度知ったら忘れられなくなるような精彩を放つ魔女なのです。 現代作家のイマジネーションを刺激するのが頷けます。 元は民話なので、おそらくあらすじには様々なバリエーションが存在すると思われるのだけど、この絵本が民話の再話に近いのか、オリジナリティを持たせたリメイク童話に近いのか、その辺は定かではありません。
少女が森でバーバ・ヤガーに捕まってから無事に家に帰るまでのお話です。 冒険譚や変身譚モチーフが機能する快活なストーリー。 バーバ・ヤガーはおマヌケさんですし、お約束通り“機転”によって命拾いをする少女も、こすっからく立ち回るという感じではなくて、全体にとってもチャーミングな空気感。 そしてやはり、ビジュアルなのだよなぁ。 絵は大好きで素晴らしかったのですが、たとえ絵がなくても魅惑の映像世界が頭に広がりそう。 ペーチカ(暖炉)やサモワール(湯沸かし)や、聖ワシリイ大聖堂にそっくりなお城が登場したり、ところどころにロシア風味も覗かせています。
アーネスト・スモール版のバーバ・ヤガー属性はだいたい次の通り。 棲み家は森の一番奥。 ニワトリの足が生えている小屋で、痩せた黒猫とひっそり暮らしている。 小屋はドクロと骨で作った垣根に囲まれている。 癇癪を起こすと家ごと森中を走り回る。 ハゲタカの羽根のような黒いマントを着て、髪の毛は伸びほうだい、指は長く骨張り、鉄の歯をガチガチさせている。 臼に乗り、杵で舵取りして、帚で渦巻く黒雲をはらいながら空を飛ぶことができる。 臼に乗って森を飛び回り、葉っぱや花や根っこや種や草の実を集めては、袋いっぱい詰めてきて色んな魔法の薬を作っている。 ガラス瓶に入れた魔法の薬は鍵のかかった戸棚に並べられ、宝物のように仕舞われていて百種類くらいある。 夜の騎士に扮した“月のない夜”と白の騎士に扮した“はれた日”は彼女の忠実な召使い。 悪い子を見つけてとびきり美味しいシチューを作って食べたがっている。
・・といった感じ。 あと、彼女は老化とそれに伴う魔法の衰えを気にしています。 小瓶のコレクションであと一つどうしても長寿の妙薬だけが足りないのです・・
聞かれたことに答える度に一つ年をとっちゃうのに、ついつい答えちゃったり、渋々答えてあげたり、バーバ・ヤガーが憎めないキャラなのよね。 自己申告を信じてあげちゃうし、すぐ説得されちゃうしね。 あ、でも、約束したら律儀に守ったり、発せられた言葉を重んじるのは本来の魔女(や悪魔)の性質と言えるかも。 “少女はなぜ家に帰ることができたか?”が、個人的には最大のツボでした。 ウィットがあってほんと可愛い話だったなぁ。 読んでよかった♪



バーバ・ヤガー
アーネスト・スモール
童話館出版 1998-01
(大型本)
★★★
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蟋蟀 / 栗田有起
直截的に、あるいは隠喩的、象徴的に、様々な動物をあしらった十篇の物語。 生きていくことの切実さに何時の間にか寄り添っていて、読み終えてみれば胸の奥にポッと種火を落とされている感じ。 小説とは心の共鳴装置なのだな・・ということをしみじみ思わせてくれる上質な小品集でした。
著者らしい懐っこさと不思議テイストが其処彼処に潜んでいて、時にフィルターのように、クッションのように、意識のダダ漏れをセーブしている風な距離感や温度感が好きです。 軸足はきっぱりリアル世界に置きながら、並み居る群像ものとは一線を画す独特の素地があるんですよねぇ。栗田さん・・
あからさまな恋愛小説というわけではないのですが、どの短篇も微妙にズレた恋の片影かなって思いました。 恋とは呼べなくても、恋以上に恋を感じさせる純度や狂おしさとか、蕾のまま枯れてしまうような、あるいは蕾にすらなりえないようなくすんだ想いの悩ましさが、かけがえのない人生の実相として丁寧に掬い取られていたように思えて・・ 「鮫島夫人」と「蛇口」が特に好きだったかな。 あれ? はからずも・・なのか、どちらも懐っこさ&不思議控えめ路線。 そんな気分だったらしい。


蟋蟀
栗田 有起
筑摩書房 2008-09 (単行本)
関連作品いろいろ

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ことば汁 / 小池昌代
冷酷で淫靡。 ひんやりと静謐なのに怖いくらい生々しくて泥臭く。 虚無感と制御できない火照りが侵食し合うようなイマジネーションの小宇宙から、小池昌代エキスとしか表現しようのない “ことば汁”が迸る6篇の短篇集。
些細なことに誘発されて、身の裡に宥め賺し、飼い馴らしてきたはずの魔を目覚めさせてしまう人生黄昏時の女たち。 その心象風景は鬱蒼とした森に踏み迷う獣のよう。 疲れても傷ついても獲物を追い、求めずにはいられない。 自殺という概念を持たない動物的本能によって、抗えない何かに喰われることを待ち望む暗く歪んだ悦びが露わになる。
童話のようなモチーフが活かされた「つの」「すずめ」「野うさぎ」が好みなのですが、特に「すずめ」が印象深い一篇です。 というか圧巻。 優雅で残酷で濃密な官能の前に、手も足も出ずに平伏し、弄ばれたような快感に耽りました。
屋敷の一室の窓枠を採寸するカーテン屋の女性が、背後に佇む屋敷の老主人にじっと見られていると感じる一瞬の描写にゾクっとなる。 小池さんが描く視姦のシーンは、呼吸ができなくなるくらい綺麗で怖くて・・わたしを虜にする。
日常と幻視の境目が見事なまでに平らかで、滑るように移行するからなのだろうな。 生身の命が作品世界へ融け出していくような感覚を鮮鋭に残していく一冊でした。


ことば汁
小池 昌代
中央公論新社 2008-09 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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ころころろ / 畠中恵
しゃぱけシリーズ8作目。 若だんなの失明騒動を軸に繰り広げられる人と妖と神様の饗宴。 成り行きで話を組み立ててるんじゃないかと思えるような取っ散らかり具合も、ま、神様の気紛れや理不尽と思えば許される・・のかどうかは疑問ですが、ラストの切ない無常観は何時になくよかったなぁ。
若だんな一途の仁吉と佐助が、止むを得ず若だんな以外へ目を向けなくてはならない状況に嵌る辺りも新鮮。 仁吉と同格の存在でありながら幾分作者に愛されていない佐助が不憫だったんですけど、出番があってよかったね佐助。 皮肉屋の仁吉にはないちょっと優しいところが垣間見れました。 仁吉はというと柄にもない子守の図(?)を披露してくれて思わずニヤリ。
連作短篇の痕跡を残しつつも、今回は長編趣向。 この方が時間を稼げていいんじゃないかと思った。個人的には。 このシリーズ、時間軸の機能した主人公成長型の物語なのに、若だんなを見ていると相対的にどんどん幼児化(あるいは隠居老人化)していくように思えて、いいかげん忍びなくて;; いっそ永劫回帰型のがよかったんじゃ・・と危ぶんでたけど、そか、このペースならまだまだいけそうかなぁどうかなぁ・・という手触りの今作でした。
病弱&甘やかされを逆手に取ったような“今日も元気に寝込んでます!”感が影を潜めちゃったよね。 自分をお荷物だと考えてくよくよ自責しながら妖たちに傷を舐められてる若だんながイヤなんだろうなわたし。 悶々と己を苛みながら、こんなにもイジマシイほどに健気なんです! 的な若だんなに定着させたいらしい畠中さんは隠れSなのかそうなのか? と、最近思うに至ります。
可愛かった鳴家がウザくなってしまったやさぐれ者の自分は、もうこのシリーズに呼ばれていない気がするので、しおしお撤退するがいいと思います。 愛着が深いだけに思い余ってとんがりまくってごめんなさい。3作目まで大事な宝物です。


ころころろ
畠中 恵
新潮社 2009-07 (単行本)
関連作品いろいろ

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イスタンブールの群狼 / ジェイソン・グッドウィン
[和爾桃子 訳] 昔日の花形軍団でありながら、無頼化して厄介者となったイェニチェリを粛清した“イスタンブールの慶事”より10年。 19世紀中葉、老いたスルタン・マフムート二世が統治するオスマントルコ帝国晩期のイスタンブール。
スルタンの権威と近代軍を内外に誇示するための閲兵式を間近に控えた或る日、近衛新軍の4名の士官が行方不明となり、次々と惨殺されるという事件が発生します。 調査を託された宦官のヤシムを主人公に配し、宮廷のハレムや市街を舞台に繰り広げられる冒険(踏査)ミステリ。 事件を追っていくうちに見えてくる影はイェニチェリの残党なのか? 落日の帝国に巣食う“群狼”が焙り出されていきます。
断章形式かつ場面転換が目まぐるしいので、どーにも読み辛いのが難点なのですが、なかなかヒーローになりにくい宦官のイメージを打ち砕くようなヤシムの造形が好感触。 内面の屈折との付き合い方が大人な彼。 ハードボイルドもお色気もこなしちゃってます。 相棒役的な存在で登場する亡国のポーランド大使・パレフスキーも、その飲んだくれなピエロっぷりにそこはかとない味があってよかったなぁ。
でも、この本の最大の魅力は、歴史家の著者による確かな考証のもとに、背景となるイスタンブールの街の鼓動がドクンドクン伝わってくるところにあると思いました。 多種多様な民族が往来する無国籍な喧騒、歴史と文化の層が綾を成し、西と東、聖と俗、富と貧、火と水が混淆する迷宮のような都。 ビザンツの残影とコンスタンチノープル征服以来築かれてきたオスマンの伝統を背負う古代都市は、1500年に及ぶ権力の澱を沈殿させ、自らの重みに軋み、緩慢と膿み腐っていくかのような・・ その甘い腐臭が芳しく立ち込めているのです。
産業革命や市民革命の進むヨーロッパ列強の干渉、南下を画策するロシアとの緊張関係、平定したギリシアやエジプトの離反、ムスリムの魂と近代化の狭間で錯綜する思惑・・と、国内外に渦巻く不穏な情勢。 苦節の時を迎え、苦悶する帝国の咆哮にすっかり魅了されていました。


イスタンブールの群狼
ジェイソン グッドウィン
早川書房 2008-01 (文庫)
関連作品いろいろ

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