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蒼林堂古書店へようこそ / 乾くるみ
扇町商店街の脇道沿いに、ひっそりと店を構えるミステリ専門の蒼林堂古書店。 店の奥には、こぢんまりとした喫茶スペースがあり、100円以上の売買をした客に珈琲をふるまうサービスを提供中。
日曜日の昼下がりになるとミステリ愛好家の常連が集い、人畜無害な秘密結社のアジトよろしく、吹き溜まりのような一角に長っ尻を決め込んで、自らが遭遇した身近な謎を持ち寄ってはミステリ談義に花を咲かせます。 傍らに鎮座する黒猫も顔馴染みの一員。 この、まったり空間が素敵ったらない!
実はその奥に犯罪が・・ということの一切ない、“ザ・日常の謎”ミステリの連作集。 探偵役を務めるのは古書店主(兼ミステリ書評家)の林雅賀。 パソコンが意外と活躍しております。
一篇が短いので、推理というより頓知に近い感じ? ちょっとした頭の体操的な。 でも、あくまで謎解きパートが生命線の作品。 物語性を求めて読んだら肩透かしかもしれませんが、気負いのある人物描写や、安手の抒情オチが皆無に等しい分、無駄なグズグズ感がないので、自分はとても読み易くて肌に合いました。 読むそばからサクサク忘れていきそうではあるんですが、こんなお手軽さが気分転換には最適なんです。
密室、毒殺、暗号解読などのフォーマットが、形を変えて日常レベルに応用された一話一話をホクホクと楽しみながら読み進めると、最後に長編として思いがけない物語が浮上するんです。ふふ。 まさに“ピュアハート・ミステリ”でした〜。
・・ってこれ、作者がライト感を醸し出すことに自覚的であることと裏腹に、長編として凄んごい凝った仕掛けが施されているんだよねぇ。 そういう意味で、すまし顔して贅沢感も味わえちゃってるギャップが更にポイント高し。
各章の末尾には、話題に上ったミステリ作品を系譜ごとに紹介する“林雅賀のミステリ案内”というブックガイドの特別付録が付いています。 あくまで作者ではなく林雅賀の〜ってところがミソ。 ラストのラストで小面憎い演出が♪ ククッ。


蒼林堂古書店へようこそ
乾 くるみ
徳間書店 2010-05 (文庫)
関連作品いろいろ

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小さいおうち / 中島京子
中島さんの本歌取り系小説は、これまでも楽しく読ませていただいてて、本作も何気、バートンの「ちいさいおうち」へ連想が及ぶ装丁とタイトル。 どんな風に捌いて下さるのか、待ち焦がれて手に取りました〜。
隠居生活を送る老女のタキは、止むに止まれぬ想いに駆られるようにして回想録を綴り始めます。 戦前戦後に渡り、女中業を天職と心得て携わってきたタキには、“終の棲家”と思い定めた唯一の居場所がありました。
昭和十年、東京郊外に建てられた平井家の小さなお邸。 赤い屋根のモダンな和洋折衷館で、美しく華やかな時子奥様に仕えた日々は、タキの思い出の中で、自身の矜持と分かち難く結びつき、明るく甘やかな色彩を溢れ返らせています。
昭和十八年を過ぎる頃には、生活を蝕む沈鬱さや昏い高揚感が否応なく滲むけれど、それでも一つ一つの家庭の中には、ささやかな笑いがあったろうと思う。 ましてやそれ以前、流行語のように飛び交う“非常時”という言葉の実体にピンと来ないまま、のほほんとお気楽に毎日を送っていた庶民たちの日常風景を、作品を通して容易に想像することができました。
どうかすると不謹慎に感じてしまうかもしれません。 二度と繰り返さないための教訓として、戦争=悲惨の公式を繰り返し教えられてきたから。 情弱ゆえの近視眼的な幸福や快楽であったとしても、そこには、後出しジャンケンでは決して垣間見れない暮らしの息吹があります。 当時を生きた人々が肌で感じ取ったそんな豊かな思い出にまで、後ろめたさを抱かせることを強いては来なかっただろうかと、ちくんと胸に針が刺さるようでした。
で、この物語。 最終章は舞台を現代に移し、甥っ子の健史が、残された手記の謎解きをするような展開になるんですが、わたしこれ、非常に悩みます。。。
(以後、内容に触れます→) 時子奥様に対するタキの感情として“一心同体の身”以外のイメージを上手く感じ取れなかったんだな。わたし。 そのせいで、タキの乙女の眼差し(もしかすると本人も気付いていないレベルで)が本当は何処に向けられていたか・・ 健史(≒読者)の意識にも掠らないように最後まで慎重に封印された本心(があるとすれば)に、想いを馳せたくなってしまった。
そうすると、賢い女中の機転で奥様をお守りしたのだという免罪符(繰り返し自分に言い聞かせているように映る)が、どうしても心の救いにならない理由に説得力が増すし、嵐の日の、まるで恋心の予兆であるかのような匂いの感覚描写(あれが妙に艶めかしくて忘れられない・・)も腑に落ちる気がして。
でもそうすると今度は、“小さいおうち”というモチーフ自体の輝きというか、求心力が弱まるようにも思えてくるし、明らかな伏線(睦子さん)も用意周到な捨て罠だったりするかなーとか、逆に腑に落ちない気持ちにもなってきて、何とも収まりが悪い。 考え過ぎなんだろうね;; こんなこと書くのは野暮天なんだ。申し訳ない。
読者を惑わす“信用ならざる語り手”ものの面白さが存分に発揮されていて、これはこれで大満足ではあるんです。 手記に押し殺された悲痛な想いが、めくるめく物語へと昇り詰めていくような・・醍醐味もまた、素晴らしい。


小さいおうち
中島 京子
文藝春秋 2010-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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ガラスびんの中のお話 / ベアトリ・ベック
[川口恵子 訳] 著者はベルギー生まれのフランス人作家。 本書は、1953年発表の童話集から、20篇を抜粋した日本オリジナルの再編版。
魔女や妖精、王様やお姫様が登場しますが、決して可愛らしいお話とはいかないんですよねぇ・・これが。 フランス妖精譚の伝統を継承しながらの創作メルヘンだそうですから、モチーフにピンと来る方もおられるのでしょうか。羨ましい〜。
もともと庇護者が不在であったり、親子的な関係においても親が子の助けになれなかったりして、その子自身の裁量や個性だけで将来が左右されていくという風な話が多いせいか、ヒリヒリと何かが寒い・・ 漠然となんだけど、そんな印象が残ります。
解説によると、原題(の日本語訳)は、“幸福の帽子をかぶって生まれてきた子へのお話”なのだそうで、“幸福の帽子”とは、生まれたての赤ちゃんの頭部に、稀に残っている羊膜を意味するらしい。 生れた子供の未来の幸運を約束する吉兆として、西洋ではこれを古くから珍重する風習があったとか。 生まれながらの“帽子”を母親代わりに(とでもいうのか)、たった独りで世界に立ち向かっていく運命を引き受けるみたいな、弱さ脆さと紙一重の強さ逞しさが、肯定的でも否定的でもなく、またそのどちらでもあり得るような捉え方でザクッと描かれている感じ。
下っ端やBランクめの妖精がいっぱい出てきた^^ 現役を引退した元妖精の小さなおばあさんとか、赤ちゃんの名付け親になるというたった一つの役目がなかなか果たせない不甲斐ないのとかね。 魔女の容姿や衣装や装飾品などの描写は細部まで手抜きがなくて、映像を想い浮かべる作業に芳しい充足感がありました。 特にルシフェルのビジュアルが強烈っw サバト(魔女集会)にやってくる魔女たちの乗り物のバリエーションといったら!
一番好きだったのは、その昔、船乗りに方角を教える羅針盤の精だった“風のばら”と四人の風のお兄さんが出てくる二篇。 物語として形を留める最小限の素朴な梗概と、ロマンティクで詩的な寂寥感に惹き込まれた。 「ドッグ」もよかった。 こちらは魔法を卒業するようなちょっと苦めな話。 物語の最初と最後で“ミ”の印象がガラッと変わるところに痺れるものがあった。 あとやはり、ガラスでできた少女や鈴の、フラジャイルで生硬なイメージが忘れ難いな・・


ガラスびんの中のお話
ベアトリ ベック
早川書房 1980-02 (文庫)
川口恵子さんの作品、翻訳本など

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居酒屋ゆうれい / 山本昌代
横浜下町のうらぶれた界隈。 寸止まりの路地の奥で、ひっそりと商売をしている居酒屋が舞台です。 昼間も薄暗い二階の座敷で病に臥せりながら、自分亡き後、亭主が後添えをもらうのではないかと気を揉む妻に、再婚なんてするものかと安請け合いをしてしまう亭主。 ならばならば約束を反故にしたらば化けて出ようぞと、今際の際に言い残す妻。
まるでこれって古典落語の「三年目」に擬えたかのような導入部。 円生が好んで高座にかけたという元ネタの筋立てには、なんとも女心の色香を感じさせる下げが用意されているのですが、さて、こちらはというと・・
明確な記述はないんだけど、そこはかとなく昭和を感じさせる背景が美味。 40年代頃かなぁ。 蒸し暑い空気を無駄に掻き回すくたびれた扇風機とか、カチっと灯りを切って真っ暗になった座敷に響く柱時計の音とか、縄のれんを頭で分けて顔をつき出す常連客とか・・ 侘しい遣る瀬無さが確実に底を流れているんだけど、カラッと淡泊な(どこか痛々しいくらいの)陽気さに貫かれた物語なんです。
で、案の定、亭主はちゃっかり新しい女房をもらい、新婚夫婦そろって幽霊騒ぎに見舞われることに^^; 最初はアワアワ仰天するものの、幽霊が全身から普通感(?)を漂わせているので、間もなく“怖い”が抜け落ちてしまい、水入らずを邪魔されて憤懣やる方ないという方向へ夫婦の感情は流れていくのですが、その感情さえも、突っかかってはいなされながら、徐々に振り幅はゆらゆらと頼りなくなっていく・・
この前妻の幽霊、亭主への未練とは名ばかりで、実は情や念の欠片も持ち合わせないまま、ただ何となく、ふらっと居座っている感じなんです。 よくよく考えるといっそ不気味なのであるが。 (新妻なんか早々に懐いちゃうし;;)
この顛末が飄々としっぽりと、とぼけた可笑しみを醸し出しながら描かれていてめっぽう楽しい。 喧嘩腰にぽんぽんと文句を並べ合ううちに話の焦点が微妙にズレていくという、江戸っ子の直系みたいな夫婦の掛け合いや、釈然としないまま蚊帳の外にされていく亭主が、名誉(?)奪還のために画策する浅知恵の空回りっぷりや・・ 噺家さんに朗読してもらいたいっ!
でもね。やっぱりこれはトワイライトゾーンものとして読みたい。わたしは。 笑いに取り紛れて見過ごすうちに、少しずつ流れ流され、とろんと虚ろになっていく感じ。 心の敏捷な反応が蝕まれていくような怖さが物語の裏側に貼りついている。 静かな狂気の白眉だと思いました。 山本昌代さん、恐るべし。


居酒屋ゆうれい
山本 昌代
河出書房新社 1994-10 (文庫)
山本昌代さんの作品いろいろ
★★★★
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南の島のティオ / 池澤夏樹
珊瑚礁の海に囲まれた南洋の長閑な小島に、暫しトリップして参りました〜。 語り手を務めるのは、島の北側の海辺の町で、ホテルを営む一家の息子ティオ。
このホテルを贔屓にしている日本人の池澤さんが、ティオ少年から聞いた島の不思議な物語を一冊の本にまとめたという体裁の連作短篇集です。
舞台のモデルはミクロネシア連邦のポナペ島(現ポンペイ島)で、実際に池澤さんは足繁くこの島を訪れた経緯があり、現実の('80年代頃の?)ポナペ島の風景と、そこから触発されて育くんだ作家のイマジネーションが、分ち難く融合した瑞々しい物語世界を醸し出して下さっています。
解放的で呑気な島民たちや、浅瀬の海にダイブする島っ子たちの歓声、幸福を伝播される旅行者たち、得体の知れないマレビト、仙人のような老婆、物言わぬ精霊の気配や悪戯な土地の神・・ 彼らが織り成す10篇はどれも、ティオの澄んだ眼を通して鮮明な像を結び、ふくふくとしたユーモアと、恬淡とした明るさと、そして静かな哀しみで、ひたひたと心を潤い、満たしてくれる。 上書きされていく人生の背後をそっと手探りしてみたくなるような、この感触は何だろう。
環礁の内海、マングローブの茂み、熱帯ジャングルで囲まれた未踏の山、屋根を葺き、カヌーを帆走させるパンダナスの葉、誰のものでもないヤシの実やバナナ・・ 南国特有のゆったりとした時の流れは、飛行機やモーターボートやピックアップや缶詰やコーラをも、懐に取り込んで余りある程にしなやかなのだけれど、どこか・・この風景が、近代化の過渡期にあって、自然の旋律と文明の利便性とがバランスを保ち共存している束の間の幸福な一ページを想起させてキュンとなってしまう。
“どういうことが神さまの目から見て悪いことなのか、人間にはなかなかわからない”と自問する、神秘からも科学からも同等の距離にあるが如きティオのお父さんの何気ない言葉が胸を深く衝く。
拗ねたサラティムカの神さまが、草色の空を泳ぐ魚たちの幻影を見せて人を惑わす話や、そこを歩く者に幸運をお裾わけするため、十字路に宝物を埋めるバムさんの話なんかが大好きです。
受け取った人を呼び寄せる力を宿した絵ハガキを売るピップさんからティオがもらった特別なプレゼントの使い道が気になります。 大人になったティオの素敵な物語が萌す予感が・・


南の島のティオ
池澤 夏樹
文藝春秋 1996-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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ペンギン・ハイウェイ / 森見登美彦
なだらかな丘の斜面にレゴブロックのような新興住宅が連なる郊外の静かな街に、突如出現した摩訶不思議な現象を解明するため、プロジェクトチームを組んで、課外研究に乗り出す少年少女たち。
主人公のアオヤマ君は、クマグスみたいな小学生男子。 理論家で研究熱心な科学っ子は、観測し、実験し、法則を探るのが大好きなのですが、“世界の果て”を垣間見る一夏の体験は、ノート魔少年の心に、方眼用紙には納まりきれない大切な残影を刻んでゆくのでした。
アオヤマ君は全然ヘタレておらず、おっ! っと思いましたが、その老成さ、律義さが笑いを醸すタイプの少年です。 でもウブでいて欲しいところはしっかりウブで、森見流の計算高さは小憎らしいほど発揮されておりました。
宇宙船のような丘の上の給水塔、サバンナのような空き地、ジャバウォックが棲んでいそうな森・・ 初夏から晩夏へと移りゆく季節を、風や雲、太陽や雨といった気象現象の変化の中に捉えた光景が詩的なまでに綺麗〜。
この作品自体が、自然科学と哲学の境界領域にある物語なんですが、境界というのは、とある世界の果てでもあって、自己と他者の間にも、生と死の間にも、宇宙と宇宙の向こうの間にも存在します。 そして何かを認識するということは、常に“こちら側”の事象にすぎず、理解の埒外にある“あちら側”を体験することは誰にもできない・・でも、答えを求めて想像し思考することを人は止めようとしない。 時には反発し、時には魅了され、越境を夢見ることさえする。 それは生命体の根源的な欲求なのでしょうね。きっと永遠に。 境界が消滅するということは、何か、途轍もなく悪魔的な・・秩序の欠陥なんだろうと思う。 ペンギンけなげ〜。
未知との遭遇を描いたピッカピカのSF探検物語でもあり、甘酸っぱくもほろ苦い青春前期小説でもあるわけなのですが、それすら超越して、ラストは異種恋愛譚特有の、なんともいえぬ哀調を呈していたなぁ。 と、諦観モードなのは自分が干乾びているからであって、境界へ果敢に挑むアオヤマ君の、末頼もしい決意表明だったかもしれませんね。
あのぉ、一言いいですか? この時とばかり無垢な子供に託けて、おっぱいへの愛を叫んでいる森見さんの顔がチラついてしまいました。 流石にウザいんですけど^^; そういう姑息な手段はやめてもらえますかー。 いや、あの、半ば誉めてます。ふふ。 憎めないヤツ・・と、相も変わらず手中に落ちるわたし。


ペンギン・ハイウェイ
森見 登美彦
角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-05 (単行本)
関連作品いろいろ

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クライム・マシン / ジャック・リッチー
[好野理恵・他 訳] 楽しかったー。 生涯に350余りの短篇を書き続け、その一貫して無駄を削ぎ落としたスタイルによって、多くの玄人ファンを魅了したといわれるリッチー。 短篇の名手に相応しい面目躍如たる傑作集です。
詐欺師や殺し屋やダークな精神分析医か跋扈するクライム・ストーリーはどれも、奇抜な着想、練り上げられたプロット、ツイストの効いた華麗な着地という三拍子を決して踏み外さない。 自分の型に拘り抜いた安定感のあるクオリティ。 職人芸と評される所以がわかる気がしました。
騙りによるミスリードでカムフラージュされた黒幕にハッとなったり、狡知を逆手にとるような企みにほくそ笑んだり。 切れ味あるウィットをベースにしつつ、簡潔に描かれる人の狭量さにゾクっとなるような手触りが、素っ気なく醸しだされていたりもする。 ロマンというには毒があり、悪というには気品あり茶目っ気あり・・そのあわいを縫うようなスマートな空気感。
ピースの嵌るカチッという音が聞こえそうなくらいに鮮やかな急転直下のオチに喫驚しながらも、結末の斜め上を行くような「クライム・マシン」の余韻や、どこか文学的な凄味さえ放つ「歳はいくつだ」の余韻も素晴らしい。 一番ニヤニヤしたのが「エミリーがいない」。 このオフビート加減はツボ♪ 対話劇に仕込まれた巧妙な技が光る「罪のない町」も好みだし、物語として読ませる「デヴローの怪物」は最終話に相応しい抒情を備えた名品。
リッチーが創造した2人のシリーズキャラクターが活躍する短篇も収められています。 豊かな想像力の無駄遣い(笑)なヘンリー・ターンバックル部長刑事もの2篇と、訳あって夜間しか営業できない(笑)私立探偵カーデュラもの4篇。 こんなキャラを待っていたのーって小躍りしたいくらい、わたしのハートを擽りのめしてくれた2人。 彼らの登場作品を全部読みたい〜。 連作集をそれぞれ編纂してくれないものか。

<追記>
文庫版は収録内容が若干異なるらしいです。 カーデュラものが外されて、「記憶よ、さらば」という単発作品が追加されているとのこと。 そしてそして、カーデュラものが一冊にまとめられるという近刊情報を得ました! かぶりつきそうw


クライム・マシン
ジャック リッチー
晶文社 2005-09 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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