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名探偵は密航中 / 若竹七海
昭和5年夏、横浜を出帆し、倫敦へ向かう50日余りの航海に乗り出した豪華客船“箱根丸”の船上で起こる珍事・怪事騒動の顛末を、軽妙洒脱に描いたオムニバス風連作ミステリ。
戦前、留学生の洋行や欧米漫遊ブームのご時世にあって、欧州航路の花形だった箱根丸。 東シナ海、インド洋、紅海、地中海を経由し、倫敦までの往路を航行中、上海、シンガポール、コロンボ、ナポリ、マルセイユ・・といった寄港地に暫し碇泊して帆を休めつつ、風光明美な景観と旅情を振り撒いて、ゴージャスな船旅気分を演出してくれます♪
主人公不在というか、どちらかというと登場人物たちは、主舞台であると同時にメインキャストでもある箱根丸を彩る脇役といった趣きなので、雰囲気はそこはかとなくコージーっぽい気がしました。
じゃじゃ馬の男爵令嬢、商家の放蕩息子、服飾デザインや絵の勉強のために渡欧するモダンガール、事件を追い掛ける新聞記者、探検家として売り出し中のイギリス人女性、療養中であるらしい生化学の博士などなど、乗り合わせた船客たちは善き旅の道連れなのか、はたまた・・
日本の駄猫ちゃんも一匹渡航中♪ イギリス人のご婦人に見染められて英国へ旅立つことになったんですが、ひょんなことから一等客船の個室をあてがわれちゃってます^^ 若竹さんって、ドタバタチックな猫ミスがお上手〜。 なんか俄然筆が冴えて良いね良いねー。 余談だけど、ナポリで乗船した悪戯小僧は葉崎町(葉崎市の前身でしょうかね・・)の出身。 こんなとこにまでさり気なく葉崎が!
令嬢の逃亡劇やら殺人事件やら、盗難騒ぎやら幽霊騒動やら詐欺師の暗躍やら・・ 船客の間に続出するトラブルは、優雅で退屈な船旅における格好の余興ででもあるかのように、モチーフも仕掛けも多彩で飽きがこないんです。 舌先が軽く痺れるくらいの毒はあるけど、コミカルで小気味よい味わい系ですね。 自分は葉崎市関連の駒持警部補が出てくるシリーズのファンなのですが、かなり近しいものを感じた本作も大いにツボでした。
鈴木龍三郎君の書いた旅行記(酒飲み紀行?)によって、バラバラの短篇は連なりを見せ、ラストは意表を突く大仕掛けでフィニッシュ。
丸い船窓から夜毎こぼれ出る社交室の華やぎや、後部甲板のデッキチェアーで冷やし珈琲を飲む贅沢な一時など、古き善き豪華客船の様式美はもちろん、南海の熱波、ギャンブル、仮装パーティ、船酔いなのか酒酔いなのか・・朦朧とするほどに煮詰まった遊惰な空気や、儒教的な家の縛りに対する若者の反乱といった爽やかさの一匙が、一段と作品を風味豊かなものにしています。


名探偵は密航中
若竹 七海
光文社 2003-03 (文庫)
関連作品いろいろ

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鳩とクラウジウスの原理 / 松尾佑一
幅広いエンタメ分野から新人作家さんを発掘する“野生時代フロンティア文学賞”を射止めた作品。 そもそもこの賞、将来性重視というのが選考基準の根幹にあるようなんですが・・ 第一回ということで、“該当作なし”にはできない大人の事情が絡んでいたかと勘繰りたくなってしまいました。 でも読む人が読めば、森見さんや万城目さんの劣化コピーと言わせない、何か光るものがあるんだろうなぁ。きっと。
電子工学を応用して・・とはいっても限りなくアナログチックな、伝書鳩輸送システムが、恋文の往還を彩る贅沢な付加価値として実用化されているトンデモ大阪を舞台に、夢とロマンと仄かに奇想の薫る疾風が猥雑な都市を吹き抜ける感じ、決して悪くないんです。
ただねぇ。 森見さんの描く腐れゴミ虫系大学生の社会人バージョンという二番煎じ感がどうしても拭えなかったです、わたし。 しかも社会人で天真爛漫にコレやられると、正直キツイ;; ナンセンスロードをぶっちぎってくれるならば(自分としては)アリなんだが、なまじヒューマンなのがどうにも気色悪くてイケなかった。 良くも悪くも、なんとも“ハト派”的なヌルいお話で、これはもう、楽しめた者勝ちかなーと。
クラウジウスの原理とは言い換えれば・・という逆転の発想を、逃避系(草食系?)男子が人としての真っ当な体温を取り戻すまでのプロセスに託して描いていくテーマ自体、よかったと思うんです。 そこに負のエネルギーを持て余す非モテ系男子なんかを面白おかしく絡めたりして。 女子の不思議系、難病、ツンデレ総動員まで来ると流石に萎えるものの、最終的に鳩から想起される青い鳥探し(自分探し?)的な物語に収束させようとするアイデアからは巧者の片鱗もチラリ?
虚しさや淋しさを感じるのは人の中に在る証拠。 本当の孤独の世界に在っては、孤独という概念さえ持ち得ないのだから。 劣等感だって同じだろうと思う。 それらは歓びや慈しみと同等に、間違いなく“この世に触れた痕跡の破片”であり、かけがえのない情動なんだって、気づかせてくれる・・
それだけに、この際、気負い過ぎなキャラや焦点のぼやけた散漫さには目を瞑りますが、ディティルの綻びの多さ(特に行動原理の辻褄がとっちらかってる件)は、御愛嬌で済ませたらいけないところだと思います。


鳩とクラウジウスの原理
松尾 佑一
角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-04 (単行本)
松尾佑一さんの作品いろいろ

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パパの電話を待ちながら / ジャンニ・ロダーリ
[内田洋子 訳] イタリア中を旅してまわっているセールスマンのビアンキさんは、毎晩9時になると、何処にいようと電話をかけて、娘にお話を一つ聞かせる約束をしています。 パパの電話を待ちわびる愛娘に、ビアンキさんが聞かせてあげた沢山のお話をまとめたら一冊の本が出来ちゃいました〜。 という趣向のショートショート童話集です。 20世紀イタリアを代表する作家ロダーリの逸品を新訳で。
いわゆる“ベッドタイム・ストーリー”に近いでしょうか。 “ねぇ、それでそれで〜?”っておねだりされて、あらん限り空想の翼をはためかせて語り聞かせる、パパの愛情いっぱいオンリー・ワン物語♪
瞳をきらきら輝かせながら、大きな受話器を耳に押し当てて、一言も聞きもらすまいと、夢中でお話に聞き入っている女の子の姿が目に浮かぶよう・・ というよりも、お恥ずかしい限りですが、自分がその女の子になったくらいの心持ちでトキメイていたかもしれない・・わたし。 パパ、凄いよパパ! って。 ピアンキパパじゃなくてロダーリが凄いんですけどね;;
お散歩していて、手足をうっかり忘れてきてしまうジョヴァンニ坊や、目覚まし時計の中、壜の中、ポケットの中と、いろんなところにコロンと落っこちてしまう好奇心旺盛なコロリーナちゃん。 元気いっぱいで、ちょっぴり規格外な子供たちを見守る年長者の眼差しは、当たり前に寛容で温かい。
大抵のお話がイタリアの大地を起点としているのだけれど、ふとした所に奇想天外ゾーンへ飛翔する装置があって、古ぼけた回転木馬や、ステッキや、エレベーターなどが、ひっそりとすまし顔でその役割を果たしていたり。
チーズの匂いに釣られてマンガ本から出てきてしまったネズミの話や、割り算や引き算されるのが怖くて堪らない数字の話、チョコレートの道路やアイスクリームの宮殿、透明人間、異星人、(ちびっとだけど)牛糞も出ましたー! 確かポール・ジェニングスの時も牛糞で騒いでいたよね。わたし・・orz
人間を、人間の未来を本気で信じている人が紡いだお話だなぁ〜としみじみ感じます。 愛と希望、平和への祈りがムギュっと詰まっていて・・ と、言葉にすると鬱陶しくなっちゃう想いが、晴朗で柔軟で弾けた物語空間の中に、満遍なくふくふくと浸透している。 如何にも即興って手合いの素朴さが、また心地よくて。 今の時代だからこそ、大人の心をもガッチリ掴みそうな予感。


パパの電話を待ちながら
ジャンニ ロダーリ
講談社 2009-04 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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聊斎志異の怪 / 蒲松齢
[志村有弘 訳] 清代(17世紀末)に著された中国古典の快作「聊斎志異」。 作者の蒲松齢は、科挙の試験に落ち続ける傍ら、二十余年の歳月を費やして、口碑に取材した世界最大級の怪異譚アンソロジーを集成しました。
本書は、(現存するだけで)400篇を越える膨大な原話の中から訳出した40篇を、幽霊、神、妖怪、狐、女、龍、首、とカテゴライズして紹介する抄録集。
人間と異形のものが戯れ合うように交錯する幽艶奇抜な世界観が、因果律や血筋の支配という基調低音としなやかに共鳴しています。
恋愛や情交、結婚譚が比較的多いんですけど、あっけらかんと抑揚のない民話ならではの雰囲気なので、ひゅーっと一陣の風が吹き抜けるような飄然とした佇まい。 それでいて、玄妙な趣きを帯びた空気の微動がふと目に沁みたりもして。
エピソードを書き留めました的な簡素なものから、物語としての体裁を備えたものまで、事もなげに此岸と彼岸を往還するフットワークの軽さといったら・・
マイベストは「書物から出てきた龍(蟄龍)」。 まるで詩情が結晶化したみたいな奇跡の一篇でした。 どこかユーモラスな妙味のある「幽霊のにせもの(周克昌)」や、「狐の嫁女(狐嫁女)」なんかも好きだし、そぞろに寂しさを覚える冥土の村のイメージが心に留め置かれてしまった「死者の結婚(公孫九娘)」もよかった。
そして、本書における最大の特徴はといえば、「聊斎志異」に材を得た芥川龍之介の「酒虫」と、太宰治の「清貧譚」「竹青 ―新曲聊斎志異―」の三篇が巻末に併録されているということ。
芥川によって、正鵠を射るように命題に光を当てられた「酒虫」。 背反する事象とは相補的であり、切り離せない表裏であるのだと突き付けられることで、原話の大らかな余白は埋められてしまうんだけど、“気づく”ことでもたらされる知的感慨は、これがねぇ。一入なんです・・
一方、原話の「黄英」に息吹きを注入して豊かな物語性を引き出した太宰の「清貧譚」。 「竹青」は、原話そのものが改変され練り直されていました。 どちらも主人公の個性がいい。 うざったくてメンドい奴なくせに、癪だけど妙に憎めないってところが太宰印。 正直「竹青」はイマイチ(自分は原話のが好きだ・・)な気がしたんだけど、「清貧譚」は瑞々しい佳作に生まれ変わっていたなぁと思う。 太宰が言ってるように原話の「黄英」自体が、“読んでいるうちに様々な空想が湧いて出て、優に三十枚前後の好短篇を読了した時と同じくらいの満酌の感を覚える”魅惑の一篇なんだよね・・ほんと、その通りだと思った。
こうして比べ読むことで、目の付けどころというか・・インスパイアのされようにニヤっとするし、この不世出の古譚集が、汲めども尽きぬ物語の源泉であることを再発見する思いでした。


聊斎志異の怪
蒲 松齢
角川書店 2004-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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青猫屋 / 城戸光子
昔から歌を創り、詠じることに耽溺してきた小さな町。 時空のたわんだ日本の何処かに存在する不思議な町の一角に“青猫屋”はあります。 贋稲荷の祭りで売られる素焼きの狐を細々と拵える人形師でありながら、青猫屋の実の家業は“歌瘤士”。 呪力を持った歌の瘤(魂)を抜くという闇の仕事を引き継ぐ家系です。
亡き父が立ち会った歌仕合の勝負の判定を48年越しに依頼された青猫屋四代目当主の廉二郎を軸に、風変わりな町の住人たちや、妖しの生き物が、くるくると場面転換をしながらクライマックスへ向けてリズミカルに物語を転がします。 ユーモラスでありながら物悲しい・・この作品そのものが、一つの語り歌であったのかもしれません。 そんなイメージ。
夏の一夜の見せ物小屋は夢か現か幻か―― 癒し系な結末かな? と勝手に高を括って気を抜いてました・・orz だから殊更にラストの急展開が水際立って迫ってきて。 美と恐怖と悲壮と解放を捏ね混ぜたような、憎悪を超越してしまったサラリとした禍々しさに鳥肌が。
殆ど雰囲気でノックアウトされてしまったんですが、創作の淵源にあるのは、記憶や信仰や概念として生き続ける“言霊”が宿す負のエネルギーの脅威。 それを上質な寓意性でコーティングしたファンタジーです。 傲慢と不安の振り幅で揺れる、どこか吟遊詩人めいた歌い手たちは、言葉を操り発信する全ての人に敷衍するのだと思いました。 自分の生きる場所を想わずにはいられない・・
世界観も語り口も独特のセンスが光っていて、空気に慣れるのにちょっとコツがいるかな・・と思います。 わたしも読み込めた自信はなくてですね、ま、それの言い訳臭いんだけど、物語の完成度が若干緩いかなぁーというのがあって、不用意に難解な印象を与えてそうな部分が惜しまれます。
朝比奈ハウスの意志のある野菜、少し身体の透けた月見の紋平、山羊とは似て非なるヤギ、憂鬱虫、蝙蝠魚、灰色蟻、花折介、巡る旅団・・ 物質性がどこか希薄な属性への光の当て方、そのユニークな癖球に魅了されました。
思い返せば、登場人物の一人であるツバ老ご自慢の長大な物語歌の傑作“ムサ小間”(前篇&後篇w)の、突っ込んだテキスト論をもっともらしく延々と展開する件のバカバカしさ(遠大なる労力の無駄遣いっぽさというか・・)に心を高鳴らせていた自分って・・;;


青猫屋
城戸 光子
新潮社 1996-12 (単行本)
日本ファンタジーノベル大賞関連作品いろいろ

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お化けだぞう / 村田喜代子
元禄の追い風に乗って、一代で名を成した日本橋呉服問屋の主人、浜田屋藤兵衛と、その妻タキ、供を務める手代の佐七らが、草木の怪異を求めて、日光、伊勢、天城、伊豆、奥州、嵯峨野、越中富山、信濃、長崎・・と、諸国を漫遊する連作仕立ての道中記。
江戸前期の市井ものって、馴染みが薄かったんですが、意匠を凝らした小袖の臆面もない華やかさや、後期の商家とは桁違いの豪商っぷりに、何時にない味わいが楽しめてよかったです〜。
宝永・正徳年間。 時は家宣・家継の治世。 華美と遊技に明け暮れていた世相は、ようやく改まろうとしているものの、繁栄の坂を登りつめた元禄の余波は、そう易々とは鎮まりようもなく、依然、呉服商いは順風を極め、富裕な商人たちは伸び伸びと趣味の世界へ身を投じていたりする。
藤兵衛が心酔しているのは本草学。 といっても正統な学問からは離れ、市井の好事家たちが集って、もっぱら珍種や奇種の発見に尽きぬ悦びを見出しています。
わなわなと立ち上がる松の倒木、床下や杉の木に生えいずる毛髪、地の縛を放れて風と共に流離う草毬、海の底に沈む樹林、生き馬を吸い込む楠の古木、凶作の窮時に雨の如く降り注ぐ穀物・・
本草講の例会で諸国の噂を聞きつけては、草木探訪へ心誘われる藤兵衛。 人間の値打ちは外見の形(なり)でしか把握できないというのが呉服屋としての信条なのですが、その反動でもあるのでしょうか。 物事の表皮の下に隠された此の世の深部へと、憑かれたように興味を掻き立てられていく様子。 天と地と草木の間に介在する、人の預かり知れぬ堅い盟約を見極めることに焦がれて・・
幽霊ではなく妖気の世界です。 アンチ幽霊譚といってもいいかも・・と思いました。 江戸も後期になると、自然より人間優位に傾倒していくようで、死後の魂魄の存在を象徴する幽霊譚が幅を利かせていくのは、その証左といえるかもしれません。 死せる者は何処へ行くのか・・ 肥大した自意識を脱ぎ捨て、再び、自然の一部としての人間であることに立ち還りたい・・ そんな願いの発露としての死生観が訥々と沁々と描かれていた気がします。
特に一篇を挙げるなら、名を残すことはなくとも草木の精に愛された藤兵衛の師の葬儀の不思議な出来事が語られる「弔いの木」が白眉。 天の米蔵へ差し出された五穀が、風を伝い廻っているという「天くだる五穀」も大好き。 藤兵衛とタキが結ぶ夫婦の誼みが、さり気なくいいんだなぁ。
後半にいく程どんどん滋味深くなっていく感じだった。 文章が現代調なので最初、ん? と思ったんだけど、作者が物語の中で語るのではなく、外側から一歩引いた距離感を保って語る手法が、感傷を抑制するクールな効果を引き出していたように思えて、何時の間にか好感を持って読んでいた。
季節の行事や風物、街道や宿場の風景、様々なお国訛りや未開の山野を覆う土地固有の活力・・と、史料文献の丹念な読み込みが窺われ、妥協のない質の高さが馥郁と香ります。


お化けだぞう
村田 喜代子
潮出版社 1997-06 (単行本)
村田喜代子さんの作品いろいろ
★★
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