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シューマンの指 / 奥泉光
ショパンの影に隠れがちですが、シューマンも昨年が生誕二百年だったのですね。 ドイツ・ロマン主義文学から深い影響を受け、その理念を音楽で表現したといわれるシューマンの、その音楽の精髄を、今度は奥泉さんが小説に還元する・・そんな試みのようにも感じられる一冊。
眩暈を誘うほどに色彩感溢れ、詩情をそそる文章が、はらはらと降り注いでは瞼の裏に結ぶ残影を、何度でも再生したくなるような。 たくらまれた美文調がそれはそれは見事。
恥ずかしながら「トロイメライ」くらいしか耳に馴染みがなかったにもかかわらず、読み始めると無性にシューマンが聴きたくなってくるのです。 居ても立ってもいられなくなり、あれやこれやネットで物色してしまいました・・orz
で、読書中ずっとBGMはシューマン。 トッカータ、幻想曲、謝肉祭、交響的練習曲、ダヴィッド同盟舞曲集、クライスレリアーナ、森の情景、ピアノソナタ第2番、第3番・・ 作中では様々な楽曲が重要なシーンやエピソードを演出していて、その都度、マニアックな作品論が展開され、また、全篇に渡り通奏低音のように観念的な音楽論が響いている。 これがねー。 ド素人でも結構ハマってしまうんだ。
主人公の語り手が、30年の時を経て、心の奥の禁断の扉をこじ開けるように書き綴っていく追憶の手記を、読者は手渡されることになります。 音大志望の受験生だった少年が強烈に惹きつけられた磁場の中心に存在したのは、ピアノとシューマンと一人の天才少年ピアニスト。
耽美、青春、狂気、幻想と、眩く変奏しながら、同時にそれらは渾然と絡まり合い、やがて一つの糸に収斂されていくかと思えば、表層に浮かび上がらない一筋の糸が伏線的に見え隠れし、煌めく光の中に孕まれる破滅への不吉な予感をじわじわと膨張させていく・・
そんな緊密で技巧的な旋律がミステリのフォーマットによって構築されています。 ですが、ミステリの仮面を剥ぎ取ったホラー的カタストロフこそが醍醐味だったとわたしは思いました。 ラストに繰り広げられる二転三転のトラップによって、出口のない狂気の隘路の底無しの恐怖が水際立って迫ってくる息苦しさが極上だったから。
シューマンが創造した架空の団体“ダヴィッド同盟”が、紛れもなく魂胆の中核となって、暗に直に物語を牽引しています。 音楽俗物と戦う英雄たちさながらの音楽談義は、思弁的に理想を追い求める思春期の自我を“演奏は音楽を破壊する”という超越的音楽論に投影して描いていて、どこか・・ふと、「スカイ・クロラ」シリーズを想起させられて切なくなった。 天体の秩序と交わることに焦がれても、大地から糧を得続けなければならない定め。 人間の圏域に完全は存在しない。 それでも汚れを、不完全さを許容できないのならば、そこにあるのは死か狂気。
実はちょっと混乱してまして。 主人公の少年は「鹿くんと二人で妄想世界を構築」していたということなのかな・・? それともいっそ「鹿くんそのものさえ・・」いやいやそれはないな。 妹の手紙が真実の拠りどころなのだし・・ え?ホントにそうなのか? などと考え始めると際限なくなり、いったい何処まで構築した物語をひっくり返せというのか。 こんな幻惑も思うツボかしら?


シューマンの指
奥泉 光
講談社 2010-07 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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緋友禅 / 北森鴻
騙しあいと駆けひきの骨董業界を生き抜く美貌の一匹狼・・ならぬ一匹狐(?)の旗師、宇佐見陶子を主人公に据えた“冬狐堂シリーズ”3作目は中短篇集。
前作、前々作に比べて、陶子さんの人間性に滋味が備わっていますねぇ。 シリーズの中での彼女の成長と北森鴻という作家の成長とが共鳴し合った幸福なシリーズだなぁと感じます。
秘かに師と仰いだ同業者、伝説の掘り師、無名の糊染め作家、贋作者相手に古材を売る銘木屋・・それぞれの短篇で横死を遂げるストイックな人々の面影からは、匠の技に魅入られたり、独自の美学に絡め取られた業の残滓が幽鬼のように漂い出て、陶子の感情の海に小石を一つ落していく・・
その声なき声に導かれ、物語の鍵となる美術品に審美眼を刺激されながら、彼らの死の真相へと踏み込み、闇に葬られた想いに耳を傾ける陶子を通して、死者の弔い、情念の浄化のようなしっぽりとした物語を浮かび上がらせています。
同時にそこにもまた、美という魔性に吸い寄せられる古物商、骨董屋の業の深さが介在しているのですが、それだけではなく、陶子という一人の旗師の凛とした矜持が香る辺りも読ませるなぁ〜と思いました。
萩焼の名品、無傷の埴輪、幻の技法のタペストリー、円空仏・・登場する美術品の一つ一つに、オリジナルと模倣、真贋に係わる哲学的な北森印のテーマ性が込められています。 美意識と利害関係の交錯する、常識が通用しない特殊な価値観に支配された骨董の世界を北森さんならではの着想で描いたこのシリーズ、抑制が利いて、安定感がグンと増しています。
一番よかったのは「奇縁円空」。 生涯を造仏に捧げ、諸国を彷徨した江戸初期の造仏聖“円空”とは、固有名詞であると同時に悟りの境地のようなものだ。という考え方から導かれた説には虚を衝かれたし、この異説によって哀切な物語が温かさに包まれているのが泣けてくる。 ラストの情景とあの一行が胸を熱くします。


緋友禅
北森 鴻
文藝春秋 2006-01 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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ジュリエットの悲鳴 / 有栖川有栖
ジュリエットの悲鳴
有栖川 有栖
角川書店 2001-08
(文庫)
★★

90年から98年に発表された短篇・ショートショートから、単行本未収録かつノンシリーズの作品が集められています。 オマケの一冊的な目論見だったのかもしれませんが、その分、タッチも趣向も様々で、共通するテーマ性も特になく。 あえて言うならば有栖川さんの王道ではない異色セレクションといった感じ? “ごった煮の味わい”が出ていれば・・とのことですが、むしろ変幻華麗なエレガントさが香る上品な趣きを感じました。 好き
ラストシーンの光景が頭に浮かび、そこへ向かって話を収斂させようとした作品、まず浮かんだタイトルに引っ張られるように出来上がった作品、トリックの核心となる現象に触発され生まれた作品、与えられたテーマに則して描いた作品、ふとこんなものが書きたくなったという作品・・などなど。 アプローチも多彩ならばアンテナの向きや引き出しの中身の充溢ぶりといったらもう! その一端を垣間見せてもらい、改めて才能に触れた心地です。
基本となるミステリ軸の、ちょっとした外し方の妙で、現実世界の幻影を映し出すホラーやサスペンス色がグッと迫り上がってくるような創意工夫もよかったし、語り尽くさずに寸止めて、謎めかしい余韻を立ち込めさせる手法も巧いです。 鉄ちゃんとして有名な著者だけに、どうしても入っちゃうんだよねって具合に鉄道モチーフが顔を出すのも嬉しい。
真ん中ら辺に集中していた“奇妙な味”風味が特に好みでした。 落語は時として幻想小説の趣きがあると語る有栖川さん。 そんなトーンを意識して描いた「パテオ」が、クククッ、大好き♪ あと、東京創元社の戸川さんとの雑談から生まれたという珍品「登竜門が多すぎる」にウケまくりましたw ミステリ書きの痛いところを皮肉った愛すべきファニーな一篇です。
あともう一つのお気に入りは「タイタンの殺人」。 舞台となるのはエイリアンたちとの交流が始まって宇宙工学が飛躍的に発展した未来世界。 地球連邦第五植民地のタイタン星で殺人事件が発生し、日本州出身のヤーマダ警部が推理に挑む・・って設定にワクワクしました。 容疑者は3人のエイリアン。 トリックや論理を作品世界に適合させた骨格正しい本格ミステリなのです。
また逆説的に、どんなに堅牢なアリバイも構築された世界やペースとなる時代を逸脱してしまうと如何に脆いものか・・ということの裏書きでもある「世紀のアリバイ」が、掌編ながら印象に残っています。
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写楽 閉じた国の幻 / 島田荘司
百家争鳴、様々な考察がなされてきた“写楽は誰か?”論議への、満を持しての大御所の参戦です。 真っ向勝負感ありありの入魂の大作出ました〜。 目から鱗をポロリと落させてくれる知的遊戯の賜物であると同時に、ロマン溢れるファンタジーとして堪能させてもらいました。 ご馳走様でございます! こんな鮮やかに死角を衝ける余地が残されていたことに驚倒。
未だ、写楽は誰かという結論は出ていないのですから、(正当な浮世絵史ミステリであるならば)当然ながら作品中に証拠の提示はありません。 どの仮説に一番信憑性があるかを競うジャンルなのです。
確かにわたし、疑問点、問題点を示唆するだけの脳内材料を持ち合せていないという致命的な弱みがありますが、それにしても、うぅ・・脳味噌のシワに摺り込まれる仮説でした。 以後、どんな写楽を読んでも、島田写楽がチラつきそう・・
浮世絵研究のスペシャリストである主人公の転落と再起の物語という大筋がありますが、そちらの背景事情には触手が伸びなかったので割愛させてもらいます。
既に研究済みの傍証を篩に掛けて矛盾点を克服し、そこから自説を後押しする手札をチョイスし、組み合わせて、如何ように料理するかという作家の手腕に留まらず、十分な論拠となり得る未調査の史料を開拓していく気概に敬意を払いたいです。 ちょっと小説を越えてる観さえあるなぁーと。
常識の枠内の発想では一歩も動けなくなってしまった写楽追究フィールドに風穴をあけるような島田さんの一手は、写楽を抜擢することでブロマイドではない諷刺画という新潮流を仕掛け、スターを美しく描くという役者絵の不文律、延いては浮世絵の“規格”を打破しようとした人物として描かれる蔦屋重三郎の、まるで投影形のようではないですか。
写楽画の、その独自性に対する臆せぬ評価と、非権威的な解釈・・特徴としてはそんな感じでしょうか。 “写楽は歌舞伎界に並外れて精通している人物に違いない”とする、保守的な論調へ一石を投じる、言ってしまえば錦の御旗を敵に回すようなアプローチなので、それとなく物議を醸しそうな予感がして楽しみです。
新人での黒雲母摺り大首絵デビューという破格の待遇を受けたこと、千両役者という大スターが、画中なんら特別扱いされていないこと、肉筆画ではなく“版画”なのだということ・・写楽を取り巻く数多の事象の中で、その辺りが今一つ重要視されていないのではないかという指摘は、現代の価値観で写楽を解った気になることの危うさにも繋がっていたりします。 ぶっちゃけた話、浮世絵の美人画が既に現代人には美人に見えない訳だから、当時の町衆にとって写楽の絵がどんな風に見えたかイメージするのは非常に難しいのだということに、もっと謙虚になってなきゃおかしいだろって、ハッと気づかされたりする。
写楽最大の謎と言われる“誰一人として写楽に言及していない”という難問への完璧な回答が用意されている点や、蔦重と歌麿の確執を重要な鍵として見立てている点など、わたしの中ではポイント高いです。
寛政6年にトリップして、写楽現象の目撃者になりたい! という衝動がドクドクと込み上げてくるのですが、そんな想いを擽るように、江戸篇パートが挿入されて、推理の裏付けとなる原風景をディスプレイして気持ちよく体感させてくれる。
長年の鎖国状況下、整えたい体裁と儘ならぬ現実との齟齬にギクシャクと軋み音を轟かせているような寛政の世の閉塞感。 ここが大海の中の小島であるという現実を見据えようとする者、目を逸らせ続ける者・・ やんちゃな蔦重&京伝さんが、なんかちびっと変なんだけどね^^; こんな2人も新鮮で悪くない♪
格好よすぎだぜっ! 蔦屋! 写楽が写楽なだけに、蔦重株を暴騰させることで釣り合いをとって、島田さんなりに配慮を示しているんだろうなぁ。 柔軟な感性や類まれなる先見性や高邁な精神とは微妙に異なるところで、発禁を掻い潜って、なんとしても一矢報いてやろうじゃないかという出版屋としての痛烈な意気地も滾らせていたろうなぁと、阿漕な蔦重も好きなわたしとしては、そんなことも想像してほくそ笑んでしまう。 それよりなにより、歌麿が忘れられそうにないくらいよかった。 歌麿にきゅんとなったの初めてだよ・・
で、後書きで判明したんですが、この作品には当初、“裏面のストーリー”が存在したのですね(そちらは美貌の教授視点だったのかしら?)。 彼女の含みのある言動や、奇妙な肉筆画の謎など、すっきりしなかったのは然もありなん。 その埋め合わせも兼ねた続編の構想が既におありになるとのこと、気合入ってるなぁ。 個人的には今回未回収の部分は、まぁあまり・・どうでもいいんだけども、続編と聞けば素直に嬉しい。 北斎の扱いにも若干ウヤムヤなものが残ったので、その辺も解消して欲しいです。是非。


写楽 閉じた国の幻
島田 荘司
新潮社 2010-06 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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道化の町 / ジェイムズ・パウエル
[森英俊 編・白須清美,宮脇孝雄 訳] 知る人ぞ知る(?)鬼才の、本邦オリジナル短篇集。 狂気やクライムが香るウィットと奇想の12篇。
著者は、EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)を中心に、これまで120篇余りの中短篇を発表しているそうですが、著作は2008年時点で、カナダで刊行された作品集たった1冊なのだとか。 勿体無い。
解説を読んでいると、特にシリーズもののために構築された世界の(やり過ぎ感さえ漂うほどの)壮大さと緻密さ、入念なキャラ造型に心が吸い寄せられてしまいます。 その片鱗に触れた者にとっては、まとめて読める日が待ち遠しく、ラブコールを送らずにはいられません。
暴れ馬に乗るような心地というのか・・なんとも御し難い品々。 起承転結、どれをとっても一筋縄ではいかない捻くれっぷり、奇異っぷり。 言ってしまえば、奇妙な味、ミステリ、SF、ホラー、寓話が輻輳するような作品群で、自分にとっては鉄板分野なはずなのに、どうしたものか、この感じは滅多に味わえないぞっ! と思いました。 ユーモアと殺伐感が錯綜するなんて・・ 気持ちの納まりどころが悪くて、決して読み心地はよくないんだけど、むしろそこに魅せられてしまうような、妙な誘引物質を発散してますね。 特にそう感じたのが、カナダ騎馬警察のブロック巡査部長代理が活躍するシリーズから採られた「愚か者のバス」と「折り紙のヘラジカ」。 タチの悪い冗談みたいなイカレた名品です。 でも結局のところ、ブロック巡査部長代理のイケてない加減がひたすら懐っこく後に残るのがヤバいんですってw
南欧のサン・セバスティアーノ公国で、四代に渡って探偵が活躍するというギャネロン探偵社シリーズからは「死の不寝番」が選出されています。 舞台は1938年夏・・ここに登場するのは、ハードボイルドかぶれ(?)なギャネロン三世なんですねぇ。 こちらは滴るような怪奇ゴシック趣味♪ 
特殊なシチュエーションという縛りの中で、その世界の固有の法則にのっとって組み立てられる謎解き、そのスキルが際立っているのも著者の特徴の一つかなと思いました。 例えば「ジャックと豆の木」の後日談風の作品「魔法の国の盗人」では、ガラスの塔の迷宮から(金の卵を産む例の)鶏が盗まれるのですが(ジャックは王様に鶏をふんだくられちゃってるんです;;)、この御伽の国に存在する魔法の道具が各種提示された上で、その中のどの道具をどう使うかという趣向で(あくまで論理的に)ミステリのプロットが練られています。
道化師ばかりが暮らす町で殺人事件が発生する「道化の町」も然り。 道化師は相手を直に傷つけることができないという大前提が、ラストでこんなブラボーな演出に結実してしまうなんて! ハードなツイスト責めがメインの中、この表題作には一際上質な物悲しさが漂います。 どんな場面でも由緒正しきズッコケ定番芸を怠らない真面目な道化師たちの習性が醸し出す滑稽と哀愁が素晴らしい。
パズラーとしては「アルトドルフ症候群」がよかった。 タイトルまでしっかり伏線が利いているのが喜ばしい。 幻想風味としては「オランウータンの王」を推したい気分。


道化の町
ジェイムズ パウエル
河出書房新社 2008-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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