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精霊たちの家 / イサベル・アジェンデ
[木村榮一 訳][池澤夏樹=個人編集] 議会主導政治の二十世紀初頭から、共産主義の台頭、やがて軍政下の恐怖政治に突入した70年代頃まででしょうか。 百年・・には少し足りないけれど、チリの二十世紀史を駆け抜ける縦軸に、政治や思想や恋愛や・・ 折々の時代の狭間で、世相を映しつつ繰り広げられる家族の愛憎劇という横軸を絡ませて描いた、あるブルジョア一族の物語。
感傷的になることを拒むようなサバサバと張りのある文章から鮮烈に浮かび上がる女性たち三世代の来歴。 そして彼女らの夫であり、父であり、祖父であり、憎まれ、愛された一家の主である一人の男性像を、まるで皺の一本一本まで克明に彫琢していくかのような筆力・・圧巻です。
波間に漂う舟の如く時代のうねりに浮沈しながら、脈々と続く苦痛と血と愛の果てしなさを象徴するかのように、一家の暮らす“家”こそが舞台となっているのですが、むしろ俗に言う家族的な物語を作者は描きません。 夫と妻、父と娘、母と娘、祖父と孫、祖母と孫、叔父と姪、乳母と養い子、義姉と嫁、嫡出子と庶子・・と、視点はいつもパーツに注がれているようなイメージ。 家系を構成する個々人の交叉によって綾なされる糸が、繊細かつエネルギッシュに紡がれて、網の目も見えないほど縦横無尽に物語空間を埋め尽くし、常に人と人の個性がぶつかり合い局所局所でスパークしている感覚というか・・
それが不思議と読み終える頃には、“家系”という侵すことのできない摂理、 人間の営みの原点の、そのどっしりとした揺るぎのなさに打ちのめされて胸がいっぱいになっている。 人は運命を引き受ける大地のような強さを得て、はじめてその呪縛から解放されるんだろう。 物語ることはその掛け替えのない原動力なんだね・・きっと。
心底良かれと思っていることが決定的に違うのだから、思想の対立というのはとても根深い。 でも逆に“心底良かれと思っている”ところに救いがあり、その本気さや切実さ、偽りのなさこそが、対話や共感への第一歩に成り得るのだと信じてはいけないだろうか。 この物語の対立と和解の中に沢山の勇気をもらった気がしたのです。
生活の中に神秘が混沌と根ざした“魔術的”なるマジックリアリズムの世界観には、あまり触れる機会が持てずにいて、そのせいでますます気後れしていたものですが、天性の物語作家といわれるアジェンデの名品を手に取れて、本当によかった。
家の其処彼処に息衝き、存在を決して主張しない密やかな精霊たちは、どこか・・家の守り神のような印象を残しました。 ラテン・アメリカの人たちの熱い血潮や苛酷な現実を吸収するクッションのような役目をずっと果たしてきたのかな・・なんて、ふと思い巡らせたり。 彼らに幻想という言葉を与えたらこの世界を侮辱してしまうような気さえするのです。


精霊たちの家
イサベル アジェンデ
河出書房新社 2009-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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ロシア紅茶の謎 / 有栖川有栖
ロシア紅茶の謎
有栖川有栖
講談社 1997-07
(文庫)


作家アリスシリーズの中の“国名シリーズ”は、言わずもがなエラリー・クイーンの同名シリーズに倣って、タイトルに国名を冠した作品群ですが、本作はその1作目であり、著者の記念すべき第1作品集でもあります。
京都の私立大学社会学部の助教授で(世界でたった一人の)“臨床犯罪学者”である火村英生と、その助手を務めるミステリ作家の有栖川有栖が、警察の捜査現場に赴いて難事件を解決するという手はず。 彼らが実際の犯罪捜査に加わることは暗黙の了解事で、特に京阪神で重宝がられております。
火村とアリスは大学時代からの友人同士。 口が悪く皮肉屋の火村を気鋭の探偵役に、推理が的外れでいつも劣位に立たされるアリスをワトソン役に、パターン化された掛け合いが読むにつれどんどん味わいを増すので、推理パートも然ることながらキャラ萌えに走りそうな胸熱感が膨らんでしまいます
本文はアリスの一人称で綴られていきますが、これってアリスが元祖ワトソンのように、火村英生の推理譚を手記として残しているわけではないんですって。 彼は仕事に流用しないことを自分に誓った上で立ち合せてもらっていると言い張ってますから。 推理作家のプライドにかけて。
で、正解を書いてしまうと、著者のもう一つのシリーズである“学生アリスシリーズ”作品を書いているのがこっちのアリスで、あっちのアリスが“作家アリスシリーズ”作品を書いているという設定なんです・・確か。 シリーズ同士が互いに入れ子構造になっているという。 「鏡の国のアリス」の話の中にもこんな感じのシチュエーションなかったっけ? 更にはその外側に、2人のアリスが書いた作品を失敬して(?)発表している本物の有栖川有栖さんが存在しているわけで。 ん〜〜 考え出すと眩暈がしてきそう。 もう作品世界がめくるめくメタのコラージュで、なんとも眩惑的なのです。
6篇それぞれに楽しめました。 ダイイングメッセージの暗号解読ものと犯罪トリックものに大別できるでしょうか。 1話目の「動物園の暗号」などは自力では絶対解けない(笑)けどアイデアに失望しないし、逆に最終話の「八角形の罠」などは、読者への挑戦状が突きつけられているだけあって、(受けて立とうという気になれば)読者が犯人当てゲームに参加できるフェア性が重んじられています。
トリックが傑作だった表題作「ロシア紅茶の謎」(火村先生の哀愁が気になる!)と、アホ臭さを愛して止まない「屋根裏の散歩者」(オチがやばいw 大好き!)辺りがマイベスト
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