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九マイルは遠すぎる / ハリイ・ケメルマン
[永井淳・深町眞理子 訳] 収められている8篇の執筆には20年が費やされたという、なんとも悠々としたペースで纏められた、1967年刊行の連作ミステり。 英語・英文学教授のニッキイ・ウェルトを探偵役とするシリーズは、本篇が虎の子の一冊であるらしく、この希少さゆえか、お宝度が割増しする心持ち♪
探偵の特殊な能力や知識が介在することがなく、読者は探偵が得るのと同じ手掛かりを与えられ、謎は純粋な論理によってのみ解決される・・系? と言えるでしょうか。 論理に大胆な飛躍や断定が垣間見えるものの、構造的にとてもシンプルで削ぎ落とされた鮮鋭な印象を残す名品です。 古典的推理小説を折り目正しく継承した芳しさも堪りません。
ワトソン役を務める“わたし”が、法学部教授の職を辞して郡検事になって以来、かつての同僚だったニッキイ教授に、度々、難事件の解決を手助けしてもらうという手筈です。 間接的に伝わり聞いたデータをもとに、事件の真相を洞察するニッキイ教授は、俗に言う“安楽椅子探偵”。
奇妙な訳知り顔で人をイライラさせたり、わざと謙って興がってみせたり、皮肉っぽい薄笑いを浮かべて恩着せがましい態度をチラつかせてみたりと、なんとも食えない名探偵なんですが、出来の悪い生徒のように扱われる“わたし”は、そんな役割を甘んじて耐え忍ぶことが満更でもない様子・・ふふ。 表題作はあまりに有名ですが、読むのは初めてでした。
九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ
何でもないような一文から、可能な推論を組み立て、ゆくゆくは殺人事件を論破してしまうという^^ この“風が吹けば〜”的な強引さは、ミステリの極北的手法といっても過言ではないかもしれないですが、“論理は必ずしも事実とは一致しない”ことを証明するはずだったのに・・というオチがつくことで、推理小説としてのウィークポイントを見事にカバーしてしまう切り返しが秀逸だなぁーと思いました。
総じて、言葉の細部への拘りから物語が引き出されていく感じがします。 全篇もれなく楽しめましたが、チェスモチーフが美しかった「エンド・プレイ」や「梯子の上の男」がお気に入り。 でもわたしのナンバーワンは「おしゃべり湯沸し」かな。 表題作と構想が似ているんですが、こっちの方が上じゃない? と思っちゃった。
憎々しいほど頭の切れるニッキイ教授なのに、何故かチェスが弱いんですよw しかも負けると必ず口実を見つけたり、ぐちぐち根に持ったりと、負けっぷりの悪さがツボなんだ^^
犯罪捜査の常道ともいうべき、泥臭く地道にコツコツと事実を絞り出す捜査法を揶揄するような・・ あくまでも、椅子に座りこんで仮説をもてあそぶ、鼻持ちならない(笑)知的遊戯の娯楽に特化した読み物ですので、どちらかというとコアなファンにおすすめ・・かな。



九マイルは遠すぎる
ハリイ ケメルマン
早川書房 1976-07 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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翼ある闇 / 麻耶雄嵩
[副題:メルカトル鮎最後の事件] ひょっとして、アンチミステリの一つの到達点と言っても言い過ぎではないんじゃ。 アンチ的なるミステリ(というかミステリ自体)をさほど読んでもいない身でおこがましいのですが、今まで読んだ中では屈指の衝撃度だった。 飽和状態というのか、自家中毒というのか、そのギリギリのラインで狂い咲く絢爛たる異形の怪物みたいな作品。
中世の遺物のような陰鬱な古城、連続斬首事件、鼻持ちならない名探偵・・と、それはもう臆面もない(いっそ嫌味なくらい)お約束コードを踏襲し、火薬たっぷり、ゴシック全開であられもない舞台美術の虚構世界を疾走します。
推理小説的には、ミッシングリンクものにして、犯人と探偵のダブルフーダニットもの・・いやもう、あの手この手注ぎ込みまくりのフルコース。 ただ、推理小説作法を逆手にとったメタ的啓示がメインストリームとして確かに存在し、不気味な光芒を放っているのです。 名探偵を神の座から地上へ引き摺り下ろし、本当の神(事件の第一動者ないし鳥瞰者)は誰? と囁き続けている。 いけしゃあしゃあと反則技(しかも本家より悪質)を用いた“ブルータス”の独白を以っての閉幕は、推理小説における推理そのものを否定してしまう禁断の神を招じ入れたも同然なのだから、問題作と言われるのが頷けます。(あぁ、それもなんたるサイコパス!) でも、膨張し過ぎて推理小説のバリアをぶち壊してしまったような単純な勢いでは言い尽くせない、そこに至る方法上の切迫さを感じさせる密度がいい。 形式化を極限まで突き詰めた時、内部から自壊せざるをえなくなったジレンマの発露が。
それでも、この作品の中で一番輝いているのは、滝に打たれた探偵が開陳した奇想天外なバカ推理なんだよね。 そこに探偵小説への愛が炙り出されいたように感じられて痺れたのです。 見当違いかもしれないけど。
レプリカめいた重厚さに、時より顔を覗かせるリリカルな青さがマッチし、しかも最終的には正統なゴシックロマン小説だったという・・ 危うさと堅実さ、高踏さと大衆さの混淆するグロテスクな交響曲を聴いたような充足感。
これ、麻耶さんのデビュー作ですよね? いきなり最後の事件ってちょっと笑えるんですが、メルカトル探偵ものがこの先もシリーズ化されてるってどういうことなのか気になり過ぎる・・ 「死んじゃったのに」。


翼ある闇 −メルカトル鮎最後の事件−
麻耶 雄嵩
講談社 1996-07 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★


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