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モーダルな事象 / 奥泉光
[副題:桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活] 読書量が下降線の一途を辿る中、最近頓に渇望していた奥泉作品をやっと久々手に取りました。 語りの視点操作に象徴される技巧主義的なスタイル志向に独特の風味があって、やっぱ好きな作家さんだーと再認識。 消化しきれてないんだけどね;;
昭和初期の埋もれた童話作家の手になる創作ノートが発見され、出版されるや“泣ける童話”と話題沸騰。 その序文を依頼された“桑幸”こと冴えない短大で日本近代文学を講じる桑潟幸一助教授が巻き込まれる殺人事件。
本格ミステリ・マスターズの一冊なだけあって、そんなにはぶっ飛んでなく、きちんとミステリの体裁を踏襲しています。 でもそこはやはり奥泉さん。 事件の内部に組み込まれた桑幸が自身の内奥へ深く分け入っていく観念的な視点と、事件の外部から謎を追い掛ける元夫婦による素人探偵コンビの論理的視点という双方向からのアプローチが醸し出すハイブリッド感が絶妙。 夢とも幻視ともつかぬ虚構に侵食され、平仄の合わない架空の記憶に脅かされていく桑幸の精神世界が、オカルティズムやマッドサイエンスや古代ロマンに彩られた物語の深部と融合し、悩ましい煙幕を張り巡らせていきます。
完全無欠の和声を奏でる宇宙の音楽に包まれた死の国と、雑音にまみれた泥臭い地上の浮世いう対比は「シューマンの指」を想い起させるものがありました。 ロンギヌス物質って、ダークエネルギー?反物質?っぽい系からのインスピレーションなのかなw とか勝手にイメージしてわくわく楽しんでしまった。 無機物、有機物の循環から外れたところで固着するという死の国の虚空と、何も思わず、何も感じることなくただ弛緩して在り続ける停滞した空疎な日常とがシンクロすることで、なにかこう、閉塞感を打破するための示唆が与えられていた気もします。
風采上がらぬ桑幸の“ダメなアカデミシャン”的生態が詳らかにされる第一章がやたら面白い。 たそがれ加減の釣瓶打ちが美味しすぎるw でも最後に辿り着く境地はパンクロックみたいでダサカッコいいんだけど反動というのは恐ろしや;; なんでそうなる? という自爆的な弁証法で自らオチて笑かしてくれました。 我らが桑幸は、泣ける!に立ち向かう、泣けない悲しい喜劇の申し子なのです。 でも、そこはかとな〜〜く、微か〜〜にではあるが、いみじくも西行に掠ったような掠らなかったような微妙さがなんとも^^; 続編・・なのかな? その後、桑幸ものとしてシリーズ化され、好評を博しているところを見ると、どうやって軌道修正したんだか・・先が気になって堪らん。
あとね。 “文章は人に依らない”という教訓が脳内でリフレインしてトラウマになりそうだよ^^; ブンガクや昨今の出版事情を当て擦ったかのような皮肉や諷刺というスパイス(それより毒)が利きまくりなのも魅力です。
鳥類学者のファンタジア」のフォギーが友情出演してました! 大好きな作品だったんだけど殆ど忘れてるのでまた読み直したくなった。 確かあっちでもロンギヌス物質が出てこなかったけ? でももっとハッピーな物語だったんだよなぁ。 未読の「『吾輩は猫である』殺人事件」や「新・地底旅行」ともリンクしているらしいことを知ったし、更には「虚無への供物」のパスティーシュになっているとの情報も読後にゲット。 読後に・・orz 先にアンテナ張っとけよと後悔。 即行読もっ;;

<後日付記>
「虚無への供物」読みました! パロディになってるのかどうかは記憶力不足で検証不可能^^; でも、共通の雰囲気を確かに感じます。 未生の薔薇“虚無への供物”を新たな物語として育んだ作品なのかな。 きっとそうですね。 だってあの薔薇、ロンギヌス物質にしか思えなかったしw


モーダルな事象
奥泉 光
文藝春秋 2008-08 (文庫)
奥泉光作品いろいろ
★★
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絶叫城殺人事件 / 有栖川有栖
絶叫城殺人事件
有栖川 有栖
新潮社 2004-01
(文庫)


“夜の館”をモチーフにした短篇集。 これも作家アリスシリーズの一冊です。 闇に紛れた黒一色の邸宅“黒鳥亭”、「壺中天」の故事から取った主の隠れ家的な書斎“壺中庵”、月光に照らされ聳える前衛芸術めいたゴミの尖塔“月宮殿”、未完成のまま廃屋となった六角形のビル“雪華楼”、多彩な紅色のコラージュが美しい、恋愛映画のロケに使われた屋敷“紅雨荘”、殺人鬼が潜むホラーゲームの中の迷宮の古城“絶叫城”・・
目次を眺めても六篇すべてのタイトルが“殺人事件”で統一されていて、事件の舞台となる建造物の意匠や名称もいかにもチックな気配があり、前作の「暗い宿」が旅情系なら、こちらはB級ゴシック系?とワクワクしたのですが、そんな濃ゆい感じではなかった。 もっともこてこての非現実的空間に迷い込む火村&アリスなんて、らしからぬ設定はあまり想像膨らまないもんね
社会的メッセージ性を微かに宿す抒情でリアリティの岸辺にしっかりと繋がれた、いつもの余韻深い空間でした。 そこに安堵もし、若干の物足りなさも覚え・・的な。
有栖川さんて、奇抜な物理トリックをお避けになってる向きがあるように感じてたんですが、それでも今回は、舞台に触発されてか、なかなかにキワモノなやつも披露してくれています
巻き毛の少女とイソップ童話が醸し出す「黒鳥亭殺人事件」のメルヘンな怖さと、 「紅雨荘殺人事件」の耽美なゴシック調が雰囲気としてはタイプ。 でも自分はどっちかと言うと、前作の「暗い宿」に軍配を挙げたいかな。
「絶叫城殺人事件」は、なかなか真相を看破できない火村先生がもどかしくなるくらい全体像は容易に想像できてしまうミステリだったものの、その一歩先へと切り込む付加価値的領域が魅力の作品で、ある意味、群像ものとして秀逸。 喧騒の都市、大阪が“絶叫城”と化していく見立て、ヴァーチャルからリアルへの敷衍、悪夢の溶け出し方が巧みで、物語としての満足度は群を抜いていました。
ところで、ゲーム「絶叫城」のノベライズはどうなっちゃったんでしょうねぇ・・ スプラッタホラー作家の鯨岡羅夫氏 キャラっぷりがいい感じで香ばしかったので再登場を乞いたい。 アリスとの人を喰ったようなおちゃらけ無礼な掛け合いを是非また♪
要らぬお世話ですが、火村先生のバリトンボイスというのがねぇ。 個人的にはいつまで経っても順応できない;; 抑揚のない擦れ気味の浅い声でさらさら喋ってそうなのよね・・イメージとしては。 と、つべこべ言っても有栖川さんがそう言うのだからバリトンが正解。 早く慣れたい。
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暗い宿 / 有栖川有栖
暗い宿
有栖川 有栖
角川書店 2003-10
(文庫)
★★

“宿ミス”4作をまとめた作家アリスシリーズの一冊。 鉄道廃線跡踏査の旅で一夜の宿を乞うた廃旅館、南国の豪華リゾートホテル、純和風の鄙びた温泉旅館、都心の高級シティホテル・・と舞台は多彩ながら、生活から解放された非日常的なトリップ感や旅情がいい具合にミステリと融和していて、ちょっと苦み走った結末も好感触です。
それぞれに芳醇な味わいを感じるんですが、「暗い宿」と「ホテル・ラフレシア」は雰囲気を、「異形の客」と「201号室の災厄」はプロット重視で楽しんだかな。 古い日本家屋の湿った暗さを怪談チックに演出した「暗い宿」での、羊羹の存在感が凄くよかったです。 “ホテル・カリフォルニア”の意味深な歌詞とシンクロしていく「ホテル・ラフレシア」の気だるげで遊惰な楽園の多幸感と、巨大な食虫植物を具象化したような不気味さが美味。
「201号室の災厄」はパターン的には「ペルシャ猫の謎」に近いと思うんだけど、これまで何篇か書いてきた類似系は習作で、これが完成形という印象。 格段によかったです。 で、これ、火村先生がハードボイルドやってますw イカレたロックスターとの英語(てか日本語だけど)の応酬は、英文も併記して欲しいくらいノリノリにアメリカナイズされていて面白かったー。
火村先生ってかっこよすぎな尖んがり具合が、まぁその、若干子供っぽいんだけども、そこがいいのかもね でも、トラウマ方面の掘り下げは正直もう無理しないでって思ってる。 むしろ、わからないのが花って心境。
このシリーズ、最初は時代が90年代前半、火村&アリスが30代前半という設定で、その周辺を(なんとなく窮屈そうに)うろうろしてた記憶があるんだが、ここに来て、ほぼ完全に年齢34歳に固定され、背景だけが新刊発表時の時代に合わせて刷新されていくというふてぶてしい(笑)手法に切り替わってることがはっきりと認識できました。 まぁ、潔く吹っ切れちゃってよかった! 心置きなく書き続けてくださいませ こういうマジカルでトリッキーな“ここだけの空間”ぽいミステリ、好きです
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見えないグリーン / ジョン・スラデック
[真野明裕 訳] スラデックは本来SF畑の作家さんのようで、ミステリはサッカレイ・フィンもの4篇(長編2篇と短篇2篇)があるのみだそうです。 でも1977年刊の本書は超有名。 これを読んでない本格ファンはモグリ扱いされても文句言えないくらいマスト本・・と聞いて。
戦前に七人のミステリ愛好家が集って探偵小説を弁じ合った“素人探偵会”。 三十数年の時を経て、老境にある元メンバーに再会を呼びかける老婦人、ドロシア。 その矢先、かつての仲間の一人であった元軍人が不審な死を遂げる。 “コンコルドとカラーテレビの時代”のロンドンで、時間を逆戻りしたような貧困地区に年金生活者として暮らしていたその老人は、共産主義の国際的陰謀論に取りつかれ、“グリーン”を名乗るソ連のスパイにつけ狙われていると信じ込んでいた・・
“グリーン”とは老人の妄想の産物なのか? 自然死に疑問を抱くサッカレイ・フィンは、ドロシアに雇われた“本物の”素人探偵。 彼が完全犯罪もありやな状況をどう打破していくのかと思うや否や、忽ち今度は一転し、七人を虹色に託けた謎めいた手掛かりが挑戦状のように次々現れ・・
ギミックの詰まった複雑なプロット。 この風呂敷を一体どうやってたたむんだ?と、多少の危惧の念を抱きつつ、自分は完全に推理を放棄していたクチですが、解決編を読んで、トリックや動機の論理性に全く失望しなかったです。 つまり、凄く楽しめました。 唯一ちょっと違和感のあった正体には、鮎川哲也さんの解説を読んで気が付いた^^; ドロシア老婦人をミステリかぶれのちょっとおバカさんくらいに設定しておけばよかったのかなw
作中、複数回の殺人事件が展開されますが、状況は様々でありながら、どの事件の犯人も“恰も、壁を通り抜けられて、全く姿を見せずにいられる何者か”の仕業という共通性が浮上してきます。 いわゆる密室殺人ものです。 トリックのバリエーションがまた多彩!
網の目状の伏線・・と呼んでいいのかどうかも疑問なくらい、手掛かりを読者の前に公然と提示しながら、それが持つ意味を悟らせない手腕に長けています。 特徴的な属性を与えられた登場人物が記号のように配置されている純粋無垢なパズラーミステリなので総じてドライな印象なんですが、真相と関連づけられた(実は深刻な)社会の歪みも、ごり押しではなく妙技として読者に伝える(・・なんて意図はなくとも)、そのスマートさを心憎く感じてしまう。 “ルールのあるゲーム”と評されるテクストから、伏線を操ってさり気なく醸成させるメッセージ性も方法論として逆にアリなんだと思ったり。
英文を捩った言葉遊びがふんだんに取り入れられているため、(訳者さんを労いつつも)やはり原文には格別の味があるんだろうなぁと想像してみたり、法月綸太郎さんの解説によると、チェスタトンへの並々ならぬ傾倒が見て取れるそうで、オマージュ的な特色も賞翫できれば尚も心躍ったろうにと指を咥えてみたり・・というのは、まぁ、毎度の感想なわけで^^;


見えないグリーン
ジョン スラデック
早川書房 2008-09 (文庫)
ジョン・スラデック作品いろいろ
★★★
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