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黄色い水着の謎 / 奥泉光
[副題:桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2] 赴任一年目、前期の始まりで幕を開けた本シリーズ、2作目では期末テストの答案盗難事件と夏合宿での水着消失事件が扱われていて、ここまで半年足らずの時間経過なわけですが・・
想像逞し過ぎたらごめんなさい。 もしや、作中の時代背景が、執筆時のリアル時代背景に、その都度置き換えられていくという斬新な手法だったりするのかな? 作中の時間進行と執筆速度の齟齬は、現代を舞台にしたシリーズものにおいてはある種“縛り”になること必至と思われるのだが、この人を喰ったような方法論をしれっと用いればあっさりクリアできてしまう。 どんなに長いシリーズになろうが無敵である。 常に“新鮮な”最新刊であり続けられるんだよね・・アリスシリーズみたいに。 ほんと、見当違いだったらすみません;;
さて、本作ですが、業界最辺境の地を這いずる虫けらアカデミシャン桑幸の下流魂が炸裂・・というほどのことはなく、文芸部員たちの探偵行に軸足が移ってる印象で、普通に健全なキャンパス青春ユーモアミステリっぽく、眩しいくらいヤケにキラキラしちゃってますな。
ルール違反云々を論じるにも及ばない、あくまで“ミステリ風”のゆるゆるさも、まぁ、たらちねだしね・・所詮たらちねだからね・・と思えば気にもならないたらちねクオリティ。 カラクリがわかってみればの脱力感は、なかなかに得難いものがあります。
桑幸といえば、取り柄の自虐的不貞腐れからも毒気が抜け落ちて、ひねこびた虚栄心さえ平らかに均されつつあり、実存の苦悩と悲哀(笑)は更に薄っぺらくなり果てて見る影もありません。 貧窮に喘ぐ節約生活なんかの見せ場もあるにはあるが、もはや一丁前に観察者のスタンスで、切り替えの速さなのか、思考の飛躍なのか・・およそ複雑な感情を抱くということを知らないかのような今時(?)の学生たちのぶっ飛んだ会話への脳内ツッコミなど優雅にしている有り様で、しかも、女子大生たちにイジられカモられつつも、庇護され甘やかされちゃってる感アリアリときては、おまえのポジションはそこなのか? と問いたい問いただしたい。 うそ。 ま、いいんだけどね^^;
前作で表紙と脳内桑幸の辻褄が合わず、かなりカオスに陥ったんだけど、あれ? でも桑幸ってさ、残念すぎる性格補正がかかっているけど、実は雰囲気イケメンくらいのレベル保持者だったりするのか? 容姿に関する形容って何かあったっけ? 腹は出てきたが服を着てればまだわからないとか言ってたなかったか? などなど悶々としてしまい、表紙桑幸が脳内を浸食し始めている今日この頃・・ 感化されやすくてダメダメよ〜♪


黄色い水着の謎
−桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2−

奥泉 光
文藝春秋 2012-09 (単行本)
関連作品いろいろ

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桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 / 奥泉光
東大阪市の敷島学園麗華女子短期大学を離れ、千葉県権田市のたらちね国際大学に准教授として赴任することになった下流アカデミシャンの桑幸。 間一髪、沈没目前の泥舟から沈みかかった別の泥舟に乗り移ることに成功したものの、自転車操業のような底辺大学ジプシー暮らし中。
あらゆる学究的活動を停止して久しい桑幸の日常生活をユーモアミステリ仕立てで描いた中篇連作集。 「モーダルな事象」とは打って変わり、エンタメに徹した軽妙さのフルスイング感は爽快ですらあります。
ただ、そうかー、奥泉さんもこういうものを書くのかーと思えば、桑幸的悲哀(?)を彷彿とさせる何かを表現してみたのかな・・とか、ブンガクをここまで落としてみたんだゼ? 的な挑発もあるのかな・・などと深読みしたくもなる^^;
波に巻かれた千切れ昆布のようによろよろしながら、人間万事塞翁が馬といった具合に幸運と不運に鼻面を引き回される桑幸ですが、文芸部(ディープなラノベやコミック中心)の顧問を務めることになって・・
「モーダルな事象」のラストからどう軌道修正するのかなと思ったら、こう来たか。 準続編というか、リニューアルバージョンのような試み。 大筋は前作を踏襲しつつも、ロンギヌス物質に近接し、暗黒の虚無を覗き見てしまった一連の日常逸脱面は別宇宙の出来事、あたかも軌道を外れたパラレルストーリーの如くなかったことになっていて、「モーダルな事象」を読んでなくても全く支障ないよう刷新されています。 細部へ目を凝らせば桑幸が数歳の若返りを図り、時代背景も90年代半ばから00年代後半へと挿し替えられていて、この大胆かつ非合理なぬけぬけしい桑幸ダッシュ感(?)が、故意か偶然かライトな物語に若干の風味付けを効かせているようにも思われ、その辺の時空マジックっぽさが妙にスタイリッシュだったりする。
というわけで前作の経験値がリセットされてしまい、下衆さに磨きをかけてクズ人生を邁進する桑幸の安定固着っぷりが、ダメ大学の風俗描写と相俟って嘲笑的にフィーチャーされております。 でありながら、ジメジメした石の下に生きる虫けらもかくやな桑幸が放つえぐ味がなんとも香ばしく、薄給に喘ぎ、馘首に怯え、雑役に腐心し・・ 傷み易い自尊心を慰撫しつつイジケて生きる実存の苦悩と哀愁(笑)をそこはかとなく滲ませつつも、なんのかんのどん底のぬるま湯をエンジョイしてるしぶとさたるや、消えそうで消えない桑幸・・おそるべしw


桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活
奥泉 光
文藝春秋 2011-05 (単行本)
関連作品いろいろ

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サム・ホーソーンの事件簿1 / エドワード・D・ホック
[木村二郎 訳] 聞き手に御神酒を勧めながら、老医師サム・ホーソーンが、若き日の推理譚を披露していく昔語りスタイルの連作ミステリ短篇集。
ニューイングランドの田舎町、ノースモント(架空の町です)に診療所を構えた青年医師のサム・ホーソーン。 町で起こる不可解な殺人事件を次々と鮮やかに解決していくうちに、レンズ保安官からも一目置かれる存在になり、何時しか不可能犯罪の専門家(!)たる称号が。 シリーズ1巻目は、赴任直後の1922年3月から1927年9月までに起こった12の事件が収められています。
衆人環視の密室や人間消失など“不可能犯罪”のフルコースなだけあり、大胆奇抜な謎の提示に目を奪われますが、適度に離れわざを駆使しながらも、全体に手堅く、キレよく、大味な印象を全く受けません。 導入部の掴みと読後の満足度が釣り合った質の高いパフォーマンスを積み重ねる安定感が凄い。
有蓋橋、水車小屋、ロブスター小屋、野外音楽堂、乗務員車、十六号独房、古い田舎宿、農産物祭り・・と、タイトルを眺めるだけでも田舎風の魅惑的な舞台が並び立ち、わくわくしてしまうんですが、小さな共同体の閉鎖的で牧歌的な暮らし向きや時代風俗がそれとなく作品に味わいを添えているのが素敵。 ジプシーや奇術師やトーキー映画や・・ ちょうど禁酒法時代なのですが、密造酒が思いのほか庶民の日常に溶け込んでいるんだなーとかね。
アメリカにはニューイングランド文学の系譜がありますが、ミステリー界が生んだ本シリーズも、その枝葉の一部に加えたいですね。 “ホーソーン”というラスト・ネームにも、ニューイングランド文学史に燦然と輝くナサニエル・ホーソーンへの敬意が込められているようです。
サム先生の愛車は、両親が卒業祝いにプレゼントしてくれた黄色いピアース・アロー・ランアバウト。 景観に馴染まないその目立ちっぷりを最初は敬遠されてしまうんですが、余所者だった新米医師が“サム先生”として受け入れられていくと同時に、愛車もサム先生のシンボルのように愛されていく様子など、一篇ごと時系列に並んでいるので背景の物語性が緩やかに垣間見れたりします。 そう、あくまで垣間見れる程度に抑制されていて、謎の構築に神経をそそぐ職人気質っぽさが好き。
本書は、1996年刊行の本国版にノン・シリーズ「長い墜落」を併録した日本オリジナル版なのですが、本国版のハードカバー限定版だけの特典、ホック自身による“サム・ホーソーン医師略歴”まで添付されています。 これは正直、有難いのか迷惑なのか;; 背景のストーリー展開も楽しみたい派には不興なんじゃないかと思う・・orz もっとも、第1巻の時点では先々の刊行が約束されていたわけではなかったようで、その辺の事情あってのことかもしれませんね。 結局、1974年の第1作から亡くなられる2008年までに書き継がれた全72作が全6巻にまとめられたことは本当に喜ばしい。 物語世界は、1922年から1944年まで、アメリカ北東部の小さな町の古き良き時代の22年間を追っていくようです。 読む気満々です。 楽しみー♪


サム・ホーソーンの事件簿1
エドワード・D・ホック
東京創元社 2000-05 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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ビッグ4 / アガサ・クリスティー
[中村妙子 訳] やだ、面白かった^^ もっとも、ポアロものだから読む気になるんだけど。 一種コレクター・アイテム的作品じゃない?これ。 二次創作を思わせるようなイロモノ感、そのままティーンズ向けと言っても通用しそうなライトでコミカルな風味をクリスティーがねぇ。 へぇ。 みたいな擽ったさがあった。 クリスティー自身が、なかったことにしたい作品の筆頭クラスに挙げてるし、ほとんど駄作扱いされてるけど、実際、愛らしい作品だ。 よくぞ書いてくれましたと言いたくなるけどなぁ。
雑誌に発表したポアロものの短篇十二篇を継ぎ合わせて単行本のために長篇化したのだという成立事情を知れば、なるほど、さもありなんという感じで、各々の犯人を寄せ集めて“ビッグ4”に仕立てたのだということがわかるし、一つの事件、一つの山場、一つの解決が集積されていて、もとは短篇だった下敷きの跡が垣間みえたりもする。
愛妻“シンデレラ”と二人、アルゼンチンで牧場ライフを満喫しているヘイスティングズが、一年半ぶりにロンドンに帰国し、ポアロのフラットを訪れるところから物語が始まります。 ブレーンである中国人をトップに、アメリカ人、フランス人、イギリス人の四人を首魁とする一大犯罪組織、世界制覇を目論み暗躍する“ビッグ4”を向こうに回し、小さな灰色の脳細胞で太刀打ちする我らがボアロ・・といった図式の冒険活劇もの。
スケールはやたらデカくて、おそらくホアロが解決した最大級の事件ってことになるのかな。 解決にほぼ一年を費やしてるし。 長期戦の渡り合いが駒落し的スピードでテンポよく展開し、騙しの応酬、罠の応酬が軽快に描かれていく。 でも実はこれ、敵というよりは、敵を欺くには味方からと言わんばかり、さんざっぱらポアロに出し抜かれるヘイスティングズを堪能するための書に違いないと思うw まぁ、いつものことではあるけれど輪をかけてヘイスティングズがヘイスティングズらしさを遺憾無く発揮しています。
チェスプレイヤー、イースト・エンドの魔窟、チャーミングなトリックスター、ハイパー・テクノロジーあり、変装あり、ポアロトリビア(擬き)ありで楽しかったー。 ポアロの片言英語感をできるだけ取り除かないところや、ポアロとヘイスティングズが“ですます”調で会話するところをはじめ、全体に品のいい訳が自分好み。 チェス繋がり(?)で若島正さんが解説をお書きになっていて、思わぬ拾いものをした気分でした。


ビッグ4
アガサ クリスティー
早川書房 2004-03 (文庫)
関連作品いろいろ

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ポアロ登場 / アガサ・クリスティー
[真崎義博 訳] 1924年刊行の第一短篇集。 ポアロ&ヘイスティングズものの連作です。 初出は全篇1923年で、時系列的には「ゴルフ場殺人事件」と同時期。 二人は当時ロンドンの一角で同居中。 ヨーロッパ随一の頭脳(本人談)を見込んで訪れる依頼人たちの相談事を、ポアロ(とその助手を務めるヘイスティングズ大尉)が解決へと導く探偵捜査譚です。 日々のタスクといった趣きながら、多彩な風味がパッケージされています。 灰色の脳細胞をフル回転させるには小粒な謎ですが、またそれが短篇の良さでもありましょう。 一掬のウィットやアイデアを気楽に構えて愉しむことができ、息抜きに最適。
古代エジプト墳墓の呪いを追ってアレクサンドリアに遠征したり(砂まみれになって意気消沈してる図がよいw)、首相誘拐事件を追って英仏海峡を往還したり(苦手の船旅でげっそりしてる図がよいw)、金融界の名士の謎の失踪、奇妙な遺言書の解読、国際スパイ、宝石泥棒などなど、最終話の「チョコレートの箱」では、ベルギー警察時代のポアロの失敗談が披露されたり。
インフルエンザに罹ったポアロが、ヘイスティングズ一人をダービシャーの“狩人荘”に赴かせて正真正銘の安楽椅子探偵を演じる一幕があるほどで、“真実を追求するのは頭の外部ではなく内部でなければならない”と言い切り、“見たりはしない、目を閉じて考えるんだ”と豪語するポアロの探偵道が、思想として安楽椅子探偵と親和する一面を、本編は割と積極的に示してくれてもいたような。
個人的なツボはここ↓
今朝も彼はじれったそうに「チャー!」と言って新聞を放り出した。この“チャー”というのはポアロがよく使う感嘆詞で、ネコのくしゃみにそっくりだ。
チャーって何チャーってw ほんと猫っぽいよね。 性格も雰囲気も。 尻尾ついてても違和感ないと思うわ。
怜悧と情熱と無邪気が同居する自惚れ屋さんのポアロと、純で鈍感で寛容でもあるヘイスティングズの、ならではといった相性バッチリの仕上がりを見せてくれてます。
ただ、ちょっと訳が残念。 イングランドのネイティヴとは“一皮違う感じ”が出ておらず、ポアロからポアロらしいファニーな滑稽味が抜き取られているものだから、普通に男臭くてただの嫌なヤツに近づいてしまっています。 あの頓狂で慇懃無礼な片言の英語感や“モナミ”がないなんて;; 一人称の“ぼく”もイメージじゃないなぁ。 訳にケチをつけるのは本意じゃないんだけども、このクリスティー文庫、訳者もさまざま、テイストもさまざまなところにまだ慣れず引っかかりを覚えてしまう。 そのうち割り切るだろうけど。


ポアロ登場
アガサ クリスティー
早川書房 2004-07 (文庫)
関連作品いろいろ

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ゴルフ場殺人事件 / アガサ・クリスティー
[田村隆一 訳] 1923年発表のポアロシリーズ2作目。 然る議員の秘書をしているヘイスティングズは、その傍ら、ポアロの私立探偵業を助けているらしく、二人仲良くロンドンのフラットで同居中とな。 な、なんと知らぬ間にそんな展開に。 評判は上々ながら凡々たる依頼ばかりで灰色の脳細胞を持て余し気味の様子。 そんなある日、フランスの別荘に滞在中の富豪から、探偵心を刺激するワケありげな依頼の手紙が舞い込みます。 要請に応えるべく、急きょフランスへ渡る二人を待ち構える殺人事件・・
というわけで、今度の舞台はブローニュ=シュル=メールとカレーの中間にある閑静な町、メルランヴィルの海を見降ろすジュヌヴィエーヴ荘(舌が縺れる;;)。 「スタイルズ荘」と「アクロイド」に挟まれて存在感の薄げな作品ですが、筋道の立った巧妙な犯罪なのか、偶然や衝動が作用した非計画的な犯罪なのか、地味ながら二転三転する複雑さを備えた構築力は、自分なぞ全然普通に及第点だと思えたし、推理の行程が読者にもそれなりに開示されるので、ラスト一章までチンプンカンプンといった疎外感がなく、クリスティーにしては(?)割とついていけるタイプとして好もしく読みました
ヘイスティングズのご機嫌な筆さばきを存分に堪能しました。 絶好調だったと思う。 皮肉で意地悪で滑稽でチャーミングで・・ すっとぼけたウィットをふんだんに取り混ぜた二人の掛け合いがやけに楽しくて。 この軽妙洒脱っぷりは訳者の資質も関係してるんだろうか。 ただし田村隆一訳は若干の抄訳版だということを後で知りました。(最新の早川版は田村義進訳に差し替わってます)
ヘイスティングズに対するポアロの態度は計算された飴と鞭なのか、猫の目のように気まぐれな本性を曝け出せるほど気を許してるってことなのか、どっちにしてもヘイスティングズは持ち前の鈍感力でエキセントリックなポアロの言動を見事に吸収してるのが素晴らしい ポアロを見くびってるつもりでいて一段上位から転がされてたり、感傷癖を大暴走させてたり、もう、おバカぶりが殆どバーティー・ウースターの域に達してたし
バーティーもそうだけど、こんな風に自身を客体化して書いているヘイスティングズは手記の中ほどおバカではない・・はず。 そして何より、報われないパターン“じゃない”ところがファンアイテム間違いなしの愛すべき作品なのだね。
舞台がフランスだけに「黄色い部屋の謎」を意識した、かどうかは定かじゃありませんが、パリ警視庁のエース、ジロー刑事とポアロの探偵対決(はっきり言って高慢ちき対決w)というアトラクションもあって、コミカルな味わいが前面に押し出されています。 “私の仕事はここで、この中で行われるのです”と、額を叩いて豪語し、地面に這いつくばって証拠を嗅ぎ回るムッシュー・ジローをせいぜい毛並みのいい猟犬呼ばわりして鼻であしらうポアロだけど、恋に悩む若者の前では実に微笑ましい“パパ・ボアロ”(本訳では“ポアロおじさん”)になっちゃうんだよね。ふふっ
あとそうそう、 “日本の力士のちょっとした事件”にまでポアロが手を貸してたとはびっくりだよ。 誰かパスティーシュにチャレンジする勇者はいないのかな。


ゴルフ場殺人事件
アガサ クリスティー
早川書房 2004-01 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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スタイルズ荘の怪事件 / アガサ・クリスティー
[矢沢聖子 訳] ミステリ黄金時代(謎解き主体の長篇ミステリが最も盛んであった時代)の幕開けをもたらしたと位置付けられるらしい1920年刊行のクリスティーのデビュー作。 私立探偵エルキュール・ポアロの出発点でもあり、ミステリ史上に名を刻む古典です。
英国の田舎屋敷に住む裕福な女老主人が毒殺されるというクラシック(当時としては同時代)な舞台立て。 第一次大戦中、旧友に招かれてエセックス州のスタイルズ荘で休暇を過ごすことになったヘイスティングズ大尉が、滞在中に巻き込まれた遺産相続絡みのスキャンダラスなお家騒動の全貌を、後に手記としてまとめたという体裁です。 かつてはベルギー警察の名刑事だったポアロが、祖国を逃れ、亡命して間もないイギリスで疑惑渦巻く怪事件の謎をいかにして解き明かしたか、ヘイスティングズ大尉を語り手に、その名探偵たる活躍のあらましが記されています。
仰々しいジェスチャー、滑稽なほど丁寧な言葉遣い、ピンと跳ね上がった自慢の口ひげ、潔癖症的な身だしなみ、興奮すると猫のように緑色になる瞳・・ 卵型の頭に小さな灰色の脳細胞を詰め込んだ、風変わりな小男ポアロの名探偵キャラも然ることながら、愛すべき凡人気質丸出しの“モナミ”こと、ヘイスティングズ大尉の助手っぷりも光ってました。(個人的には作家アリスが頭をよぎったw)
ポアロの脳内進捗状況がまるで掴めず、ほとんど叙述トリックの感さえある詭弁で(嘘つき!ってなじりたくなるほどに)まやかされ、煙に巻かれてしまうのだけど、その時々のポアロの所感に読者がこれほど振り回されてしまうのは、考えていることが顔に出てしまう気高い性質(笑)ゆえに、ポアロに本心を明かしてもらえないばかりか、犯人を油断させるカモフラージュ的宣伝要因としてこの上なく貴重な協力者と遇されている(まぁ、はっきり言っておちょくり愛されてる)ヘイスティングズ大尉の一人称テキストだからなのよね^^;
クリスティーというと意外性のイメージがあるんですが、デビュー作にして、その意外性を突き詰めちゃってるような趣きですね。 ある意味、これ以上の意外性があろうかという。 でも、司法制度や薬事知識を応用、超応用した犯行の筋立てに才気と巧妙さを感じますし、人間心理の綾を自在に織り込んだ、緻密で破綻のない物語の論理的構成も見事です。 謎解きの鎖を完成させる最後の輪(物的証拠)を見つける段で、ポアロの潔癖気質が決め手となったりする辺りの抜かりないウィットに心が躍ります。


スタイルズ荘の怪事件
アガサ クリスティー
早川書房 2003-10 (文庫)
関連作品いろいろ

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