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『吾輩は猫である』殺人事件 / 奥泉光
吾輩は猫である。名前はまだ無い。吾輩はいま上海に居る。
この出だしで小躍りw ビールの酔いに足を取られて、水瓶の底に溺死する寸前、意識を失くした吾輩は、気つけば東亜の大都市、上海に暮らしている・・という、ぶっ飛んだ設定ながら、正統的に原典を引き継いだといえる続編、後日談風快作(怪作?)です。
文体模写が堂に入っちゃってます。 漱石の「猫」そのままのご機嫌なリズムで些細な癖まで完璧トレース。 しかも、“牡蠣的性質”だの“屋根の上のぺんぺん草”だの“原稿用紙に鼻毛”だの、個人的なツボりネタはもれなく拾われていて痒いところ掻き放題^^
なぜか1906年の上海で野良猫として生きるはめになってしまった或る日、日本人租界を徘徊中、かつての主人だった苦沙弥先生横死(しかも密室!)の報に接し、驚愕する吾輩。 吾輩が当地で得た知友、パブリック・ガーデンに集う諸猫たちが“苦沙弥先生殺害事件”の推理に乗り出します。
猫サロンの面々は、啓蒙家にして艶福家のフランス猫・伯爵、老長けた皮肉屋のドイツ猫・将軍、ロシアの美猫・マダム、上海生まれの憂国の猫・虎君、イギリスの探偵猫・ホームズ君とその盟友の博士猫・ワトソン君・・と国際色豊か。 上海の複雑な政治情勢やお国柄の一端が猫たちの言動に投影されていたり、時には文化の誤解で突拍子もない珍説が飛び出したりしながら、喧々諤々の推理合戦が意外と意外にきちんと本格ミステリしていて頼もしい。
で、容疑者となるのが迷亭、寒月、東風、独仙・・のお馴染み“太平の逸民”たち。 臥龍窟を賑わした諸氏たちの特徴や振る舞い、下宿時代のエピソード、山芋盗難事件、超然的夫婦仲、風邪をひいて死んでしまった三毛子、生後間もない吾輩と書生との出会い・・などなど、あの場面この場面、よくもここまで料理したなーと。 こんなノワールな角度から光を当てられてしまって、漱石先生、草葉の陰で目を白黒させているんじゃないかしらん。
しっかし後半から終盤は打って変わって大冒険ロマン。 知ってた^^; 奥泉さんが規格内ミステリ書くと思ってないからw 蕉鹿の夢の如き阿片の幻覚を軸に、かなりのウェイトで「夢十夜」モチーフも織り込まれていましたし、未読なので詳しくは分りませんが、おそらくそこに「バスカビル家の犬」もリミックスされてそう。 埠頭の外れの桟橋から、仲良く尻尾を並べて霧に霞んだ“虞美人丸”の船影を眺める猫たちの後ろ姿が、なんか無性に可愛いくて。
苦沙弥先生殺害の謎を解くカギが「吾輩は猫である」のテキスト中に隠されているというミステリ的趣向だけでも非常に面白いのですが、「吾輩は猫である」という作品そのものをメタフィクションとして使ったSF的プロット(これネタバレですが;;)などは著者の真骨頂じゃないかと思う。 最後、ん?・・あっ、あっー!・・ん??という感じ。 謎オチ・・だよね? あれ? そうだよね??
単語こそ出てこないけれど、この作品のSF要素には、かの“ロンギヌス物質”が関係してるよね・・くらいの緩やかさで「モーダルな事象」や「鳥類学者のファンタジア」との接点が感じ取れます。 似たような立地条件の作品として、コニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」を連想しました。 名作古典へのオマージュであり、SFと本格ミステリの融合であり、自作の姉妹編でもあり、なんたって突き抜けた諧謔精神と衒学的遊び心が奏でたパスティーシュのコラージュがもうね。
漱石の「猫」を読むと、漠然となんだけど、知識階級の人間に対する反発心が芽生えるのは、「猫」の太平楽で酔狂な物語時間と同時進行しているはずの日露戦争について、小説中で(まるで他人事のように)ほとんど触れられていないからなのかもしれないと気づかされた。 そしてその背後には、文化とは対極にある戦争への単なる無関心ではなく、無関心でいられることの後ろめたさのような陰翳が貼り付いていたのではないかという指摘が心に響きました。 今度、「猫」を読む時は、一段深い感慨が湧きそうです。


『吾輩は猫である』殺人事件
奥泉 光
新潮社 1999-03 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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乱鴉の島 / 有栖川有栖
乱鴉の島
有栖川 有栖
新潮社 2010-01
(文庫)


いつになくお疲れ気味で物憂い風情の火村先生は、命の洗濯をして来なはれと、下宿のばあちゃんに世話を焼かれ、アリスと二人(笑)で骨休めの小旅行へ繰り出すことに。
下宿OBが経営するという民宿を目指して、三重県のとある離れ小島へ向かったはずが、ひょんな手違いでカラスの舞い飛ぶ不気味な島へ送り届けられてしまい・・
白昼堂々の異界さなから、魔に魅入られたように禍々しい気配を醸成している孤島で、偉才の文学者とその取り巻き連が、人目を忍ぶように週末を過ごそうとしています。 いわくありげな集いの闖入者となってしまった火村&アリス。
クローズド・サークルものって作家アリスシリーズでは初めてかな? まずこのシチュエーションだけでテンションがん上がりなんですが、テンプレ的な要素は潔いほど封印されていて、非王道的な、言ってみれば異色作だった。
雰囲気を愉しむ作品として読めば、怪奇と狂気とロマンチシズムの特異な風味づけが自分は結構好きなんだけど、推理小説としては無味乾燥というかなんというかで困ってしまうような手応え。
ミステリはミステリでも“ミステリアス”の方ね、と思えば納得がいくかもしれない。 オタクビジネスの寵児や、某最先端医療の研究者や、流行りの某ネット業界など、近年(2006年頃)の時好に投じたリアル感と、化外の地のごとき見捨てられた孤島の非リアル感というコントラストも奇異な眺め。
最大の狙いが、“辺鄙な島に参集して、彼ら彼女らは何をしているのか?”にあるのは明らかで、このアイデアを本格ミステリのプロットでサブライズ的に料理しようとした挑戦は興味深かったのですが、本心を言うと、このネタはもちっと美味しい使い道があったんじゃないかと小声で。 せめて密会の真相を暴くことが犯人を名指しするために必要だったとする説得力を、もう少し望みたかった気がする。
でも、ゴッホの「カラスのいる麦畑」や、ミダス王伝説、フランソワ・トリュフォーの「緑色の部屋」など、小道具的な演出も冴えてるし、何より、そこに集う人々の心象風景として、ポー の「大鴉」と「アナベル・リー」を融合させた空気作りが見事だった。
有性生殖の異端者たちは何処へ向かうのか・・ 不死と死との親和性を巧みに用い、鼻につかない匙加減でバイオエシックス的な領域まで想いを誘導してくれます。 有限の命と引き換えに手に入れた他者との出逢いと別れ、喜びと哀しみ・・ 生の迸りを静かに抱きしめるラストが余韻深いです。
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満潮に乗って / アガサ・クリスティー
[恩地三保子 訳] 実業家の大富豪ゴードン・クロードは、歳の離れた若い未亡人と結婚して間もなく、ロンドン空襲で命を落としてしまう。 一族を保障するはずだった過去の遺言書は結婚によって無効に。 書き換える時間もないままの出来事だった。 子がなかったゴードンの莫大な財産の全ては、生き残って二度目の未亡人となったロザリーン・クロードが相続したのだが、この事態の急変を一族は受け入れることができない。 ゴードンの庇護の翼の下で安全な生活を続けてきた彼らは、唐突に後ろ盾を失い、冷たい風の中に放り出されてしまったのだ。 ロザリーンさえいなければ・・ 各々に窮状を抱えた一族の誰もの心に、暗い願いが影を落とすのだった。 そんなある日、ケープタウンから到着したらしい意味ありげな男が現れる。 アフリカで亡くなったと言われているロザリーンの最初の夫が生きていたのか・・?!
動機が真相を撹乱するように見える犯罪の裏に、“シェイクスピアを大いに喜ばせるに足る”人間感情がひしめく事件。 実はミステリの骨格をなす大仕掛けの趣向が施されているのだけど、ドラマを連動させてしっかり物語を読ませるところがクリスティーらしい。 その大仕掛けに拘束されて、心理面に多少ぎこちなさが生じていなくもないのと、真相に至る他の可能性を潰しきれていないのが目立つきらいはあるものの、結構アクロバットなことやってる割にドラマ性の犠牲は最小限に思えたし、「結果的交換殺人しかも被害者は両方替え玉!」というトリッキーで華のある大胆な構想を成就させるべく練られたストーリーの巧みさには、やはり舌を巻くほかありません。
第二次大戦が終わって間もない1946年の世相が背景としてくっきり描かれているのですが、のみならず、当時のイギリス社会を取り巻く状況や人々の心のありようがストーリーに織り込まれているのが特徴的な作品です。 息子や親しい友の戦死、物資や人手不足、流通や産業の停滞、食料の調達に奔走する日々、従軍した者をもしなかった者をも襲う心の葛藤・・ ロンドン空襲が発端となる物語は、どこでもかしこでも同じような悲劇が起こっていた一時代の遣りきれなさを滲ませます。
例によって恋愛が大きな要素を占めています。 ゲスト・ヒロインとなるのは、海軍婦人従軍部隊に志願し、様々な国での外地勤務を経験して帰郷したばかりのリン。 刺激のない牧歌的な田舎町の暮らしに以前は感じなかった物足りなさを抱きながら、問題の本質から顔を背け、ふらふらと中途半端に漂っている自分自身を持て余し気味。 クロード一族の一員である彼女は、同一族のローリイと婚約中なのですが、農場経営のため出征せず故郷に留まった彼もまた、祖国のために戦わなかったという引け目に苛まれ続けている。 ギクシャクする二人の間に入り込むのが、妹のロザリーンを護るべくクロード一族の前に立ちはだかる兄、攻撃隊上がりのデイヴィッド・ハンター。 危険を孕んだ世界に生きてきた香りを放つ無鉄砲で不敵なワルの、一種異様な暗い魅力に惹きつけられていくリン。
以下、ややネタ割れご容赦を。 なんのかの最後は地固まる・・と言っていいのかこれは ポアロによる恩赦が今回はどうも納得いかない感あるんだけど、晴朗明快ではなく、ちょっと危うさと皮肉の混ざったダーティーなラストは、これはこれで妙な味わいが残るようにも思う。 パパ・ポアロ史上最悪のカップリングというか、こんなメンタルのヤバそうな二人のキューピッド役になってしまう(ならざるを得なかった?)なんて。 真正直に野暮読みすれば幸せになれそうな気がしないし、どうも祝福する気持ちが湧いてこないのだよなぁ。 戦争が人々の心に植えつけていったものはなんだったのか。 精神の疲弊や荒廃をもたらす戦争の本当の恐ろしさをそっと投げかけているようにも感じられるエンディングでした。
“本当に恐ろしいのは考えることを止めれば楽に生きていけることを知る精神の記憶”という言葉が印象深い。


満潮に乗って
アガサ クリスティー
早川書房 2004-06 (文庫)
関連作品いろいろ

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ヘラクレスの冒険 / アガサ・クリスティー
[田中一江 訳] 探偵として頂点を極めたポアロは近々引退を考えている。 引退後は世界各地を旅行したり、田舎に住んでカボチャ作りに精を出す予定。 そこで自らのクリスチャン・ネームであるヘラクレス(エルキュールはそのフランス語読み)に因んで、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスの“十二の難業”になぞらえた選りすぐりの依頼十二件を引き受け、解決し、引退の花道を飾ろうと思い立つ。 我ながらの独創的で愉快な思いつきにノリノリなポアロが繰り広げる現代版ヘラクレスの冒険の十二幕。
で、早速、元祖ヘラクレスに関する参考書を読み漁ってみるのですが、ポアロの愛する秩序もエレガンスも何処へやら、あまりの破茶滅茶ぶりに“私はこんな素っ裸の怪力自慢の筋肉脳じゃなーい!”って憤慨してる姿が可愛いです。 キャラ的に正反対だもんねw でも、お互いがそれぞれの生きる社会に貢献しようとする気持ちに共通性を見出しつつ、“ヘラクレスの難業”に一脈通じる事件の解決を自らに課し、順番に挑戦していくことになります。 ややこじつけ気味ではあるんだけども、いわゆる見立てもの趣向なので元ネタ周辺を事前に知っておくとふむふむできます。
キャッチーな企画萌え感を前面に押し出したサービス精神旺盛なポアロもの短篇集。 「アクロイド殺し」や「三幕の殺人」は引退後の話だったし、じゃあその前か?っていうと「ビッグ4」のエピソードをたいそう昔のことのように回想してるし、もう時系列が撹乱的でわけわからなくなってるけど、ポアロの場合、だいたい毎作が“プリマドンナのさよなら公演”状態だからね^^; で、その最たる一冊が本篇。 てか、それってクリスティーが何度も何度もポアロは今回限り!って思った証拠なのかしら;;
ペットの誘拐、失踪人捜し、身の上相談など、ポアロには役不足気味な依頼なんかが逆にレアだったなぁ。 その他、列車内の少女消失、怪しいカルト教団の秘密、凶悪犯の紛れ込んだホテル、政界スキャンダル、ルネサンス期の金の杯の行方などなど、殺人と非殺人を取り混ぜたデザインも多彩だし、おはこのミスリードや意外性にもキレがあり短篇ミステリとしても良質揃い。 また、ロンドンはじめイギリスの田舎町、ケルト色豊かな西アイルランド、バルカン半島のリゾート地、スイスの雪山など舞台のバランスもよく、ウィットあり、稚気あり、サスペンスあり、抒情あり、そしてなによりハートがあるのだ。 恋する二人や弱者に優しいお助けモード全開のパパ・ポアロ愛が堪能できるにとどまらず、ポアロ自身の眠れる情熱がふわりとクローズアップされる最終話「ケルベロスの捕獲」がふるってる。 ほとんど自分の背景的なストーリーを持たないタイプの探偵だけにね。 ただ一人、永遠の心のマドンナとしてこの気難しい探偵をとらえて離さないヴェラ・ロサコフ伯爵夫人との再会を描いた一篇にはクリスティーの粋な計らいを感じます。
物語が素敵だったのが「アルカディアの鹿」と「ヘスペリスたちのリンゴ」、ミステリとしては「スチュムパロスの鳥」、「クレタ島の雄牛」がお気に入りかな。 「アウゲイアス王の大牛舎」はポアロの解決アイデアがお見事。 余談ですがアシル・ポアロの話題にニヤッとなりました。 むかしむかし、あれはポアロの一人二役芝居だったというのに、当のポアロもクリスティーまでもこの期に及んでしらばっくれてるのが可笑しい。 従者のジョージが探偵助手も務めて所々でポアロを忠実にサポートしています。 もう一人、有能すぎる完璧さで秘書業務をこなすミス・レモンなる探偵チームの一員も。 お初の顔ぶれだよね?! ポアロもの一冊だけ無人島に持っていけるとしたら、わたしの第一候補本はこれ。 いつも、いつまでも手元に置いときたいと思わせてくれる愛着本。

<備忘録>
ギリシャ神話の英雄ヘラクレスは最高神ゼウスと人間アルクネメのあいだに生まれた半神半人。ゼウスの正妻ヘラに敵意を抱かれ何度も危うい目に遭わされる。ヘラに正気を失わされ、遂には自分の子とイピクレス(父違いの双子の兄弟)の子を殺してしまう。 その罪を贖うため、アポロンの神託に従い、ミュケナイ王エウリテウスの家来になって、王の与える使命を果たしたのが“ヘラクレスの難業(功業)”である。
【ネメアのライオン】 刃物を通さない強靭な皮を持った獅子を退治。
【レルネーのヒドラ】 切っても生えてくる9つの頭を持った猛毒の水蛇を退治。
【アルカディアの鹿】 黄金の角と青銅のひづめを持った聖獣の鹿を生け捕り。
【エルマントスのイノシシ】 人食い怪物の大猪を生け捕り。
【アウゲイアス王の大牛舎】 三十年掃除されたことがなかった牛三千頭の小屋を一日で掃除。
【スチュムパロスの鳥】 翼、爪、くちばしが青銅でできた怪鳥を追い払う。
【クレタ島の雄牛】 美しいが猛々しく凶暴な雄牛(ミノタウロスの父親)を生け捕り。
【ディオメーデスの馬】 人食い馬を生け捕り。
【ヒッポリュテの帯】 父の軍神アレスから贈られたアマゾン女王の腰帯を奪う。
【ゲリュオンの牛たち】 怪物ゲリュオンが飼う紅い牛の群れを生け捕り。
【ヘスペリスたちのリンゴ】 百の頭を持つ竜が守る黄金の林檎を奪う。
【ケルベロスの捕獲】 三つの頭を持つ地獄の番犬を生け捕り。


ヘラクレスの冒険
アガサ クリスティー
早川書房 2004-09 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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モロッコ水晶の謎 / 有栖川有栖
モロッコ水晶の謎
有栖川 有栖
講談社 2008-03
(文庫)


国名シリーズの第8弾。 前回読んだ「白い兎が逃げる」で、お手軽だの大味だの文句垂れまくった舌の根も乾かぬうちに言えた義理じゃないんですが・・ 今度は心理面に凝りすぎ てか有栖川さんってチャレンジャー。 ごくごく稀にはブー垂れながらも、そういうところが大好きでもあるから絶対追いかけたくなっちゃう
「助教授の身代金」は事件のカラクリに唸ってしまう一篇だった。 (有栖川さんには珍しい)叙述仕掛けの妙が、一番褒め称えたい箇所なんだけど、ただ、どう贔屓目に見ても火村先生の絵解きが卓見というより神業なのよね。
アガサ・クリスティーの「ABC殺人事件」の見立てのような事件が起こる「ABCキラー」は、シリアルキラーものであると同時に、トリック的にも「絶叫城殺人事件」に近いというか進化系というか。 本家クリスティー女史のようなトリックには無理があるんだと力説したいのがよくわかった。 これ、ラスト謎オチですか? なんなのこれ。 微妙にわからなくて消化不良なんですけど
特筆すべきは「助教授の身代金」も「ABCキラー」も複雑怪奇な「合作犯罪」なんだよね。 自分はどうも、火村先生はこういうタイプの犯罪に向いてるようには思えないんだよなぁ。 事件の特殊性や偶然性が際立つ分、正統派の論理で太刀打ちできるような様相を呈していないもの。 端正な論理系ばかりじゃ読者がついてこないと思うのもわかるし、時として本格ミステリに欠けてしまう現在進行形のスリルとどう向き合うか問題意識としているのもわかるし、試行錯誤の精神は応援したい。
その意味では「モロッコ水晶の謎」も、人間心理の不可解さや異様さが状況を撹乱し、支配しているわけで。 もはや向こう側の論理の話だからなぁ。 ただこの短篇は文章のセンスが冴えてるし、ゴシック調の甘美な物語性にも魅力があるので、異色作として歓迎。
「推理合戦」は息抜き要員ですが、これが一番好き! 万年助手のアリスが一矢報いてます。ふふ。 小粋な掌篇♪
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ホロー荘の殺人 / アガサ・クリスティー
[中村能三 訳] ロンドン近郊の景勝地、アンカテル卿夫妻の暮らすホロー荘には週末を過ごす客人たちが集まっていた。 ご近所に別荘を持つよしみでホロー荘の午餐に招かれたポアロが訪れてみると、プールサイドに銃で撃たれた男性が血を流して倒れ、傍らには銃を持ち茫然と佇む女性、それを取り巻く人々という異様な光景が視界に飛び込んでくる。 まるで演出された殺人劇のようだとポアロは直感するのだが・・
撃たれたのはロンドンのハーレー街で腕を鳴らす名医ジョン・クリストウ。 銃を握っていたのは従順な妻のガーダだった。ジョンはその場に居合わせた彫刻家の愛人ヘンリエッタの名を呼んで息絶えた。 まるで明瞭な意志表示のようだったその呼びかけには果たして重要な意味があったのか・・?
クリスティーがたまにやる“内面的意外性”タイプの犯人。 「アクロイド殺し」という究極的金字塔は別格ですが、“都合の悪いことは思わない”という弱点が何かしらのかたちで払拭できていない限り、正直(犯人の)内面描写ありタイプはあまり好みではないのだよなぁ。 ただ同種の過去作に比べたら犯人像そのものが物語の重要なエンジンになっていて、推理要素抜きで読ませる強度があるから“意外性のためのこじつけ感”は全然薄い。 犯人の性格や精神の傾向性を読み取れるだけの材料が提示されていたか、結局そこのところの納得感だとは思うのだよね。 自分としては納得できたような気にさせてもらえたというか、納得できないもどかしさを人間心理の深い霧として受け入れられるよう錯覚させてもらえたというべきか。 クリスティーのことだから、きっと読み直してはじめて気づく高度な伏線が多々張られているに違いないとは思うんだけども。
戯画化された風刺的で類型的な人物造形から俄然離れ、探偵小説的な稚気も影を潜め、なんともシルキーな肌触り。 “現代的”と形容したくなるような愛憎劇ベースの心理小説と言える作品です・・もうこれは。 ポアロも助役のような感じですし。 というか、推理パートは人間ドラマという主題系を支えるために用意された舞台装置であり、もはやポアロが敢えて出張るほどの存在意義もないのです。
愛の矢印がどっちへどう向かうのか。 登場人物中の二人の男性と四人の女性の感情や個性の縺れ合いがメイン。 そこへ捉えどころのない妖精のように人を惑わせるホロー荘のアンカテル夫人がひっかきまわしキャラとして加わり、(若干コミックリリーフ的な)存在感を発揮している・・といった感じ。 しかし帰するところ殺害されたジョン・クリストウ医師を挟んだ妻と愛人の対照性がひときわ強く焼きつきます。 この構図には、前作「五匹の子豚」の片影を色濃く感じるのですが、ジョン・クリストウ医師も含めた三者三様、より複雑な性向が付与され一筋縄ではいかない陰影を帯びた(風な)造形がなされており、異彩を放った歪な関係性を最終局面で浮かび上がらせる、その反転の炯々たるインパクトこそを堪能いたしました。 順番に読んでいるとクリスティーの発想の軌跡が少しばかり辿れるような心地になれるかも。 今度はそうきたか! と。 極端なハナシ「五匹の子豚」の逆ヴァージョンだよね^^;
登場人物たちは殺人事件の余波の中に縛りつけられた影、死者の木霊・・ 途中、ポアロが引用するテニスンの詩が物語の全体像を俯瞰させると同時に、事件の真相をハイセンスに暗示しています。


ホロー荘の殺人
アガサ クリスティー
早川書房 2003-12 (文庫)
関連作品いろいろ

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五匹の子豚 / アガサ・クリスティー
[桑原千恵子 訳] 十六年前の夏、気鋭の画家がアトリエの庭で毒殺された。 嫌疑をかけられたのは享楽的な夫の浮気癖に悩まされていた妻のカロリン・クレイル。 彼女は法廷で裁かれ、何らの異議申し立てもしないまま有罪判決を受けたのち、幼い娘に無実を信じて欲しいとしたためた手紙だけを遺して刑期中にひっそりと病死する。 娘カーラは、遠くカナダの親戚に育てられ、何も知らず幸福に成長するのだが、大人になって知った真実が目前の結婚に影を落とすに至り、かつての毒死事件をめぐる再調査をポアロに託すのだった。 カーラは母親の無実を信じているのだが、犯行の方法、動機、機会など、全てがクレイル夫人の有罪を指し示すのっぴきならない状況に取り巻かれ、つけ入る隙がないかに見える事件。 関係者の証言と手記をもとに過去へと沈潜し、眠れる盲点に光を当て、真実の果実をもぎ取るポアロの冴え冴えとしたアプローチが堪能できます。
物証に頼らず、証人の内面だけを手引きに隠された真相を掘り起こそうとする“回想の殺人”テーマは、犯罪における人間心理の研究を旨とするポアロの探偵スタイルとの相性が抜群です。 この“別の過去をつくり直す作業”には、勝者によって捏造されたストーリーにメスを入れる歴史ミステリにも通ずるロマンがあり、個人的にとても心惹かれるテーマの一つです。 実際、観察者の心次第でいかようにも解釈の分岐を誘うメアリー・スチュアート像にクレイル夫人が重ね合わされていたりもします。
ミステリとしての骨格はシンプルかつシャープ。 ピンと来てしまう部分があるにせよ、一種、アイデア・ストーリーのような鮮やかさに大満足でした。 技巧が凝らされているのは趣向。 事件と密接に関係した五人の中心人物にターゲットを絞り、各々の性格や心理状態を反映した千差万別な証言と手記のみを手掛かりに五人の中から真犯人を見つけ出すという、何ともミステリ・マインドを擽る遊戯空間が演出されています。
ポアロの巧みな誘導がリマインダーの役割を果たし、何気ない会話や表情や動作や情景など、公式記録からこぼれていった繊細な領域の記憶を蘇らせていく関係者たち。 特に彼ら彼女らに“手記を書かせる”発案が光ります。 ナレーターではなくアクターであり、没我的存在ではない五人の記録者たちの手記の揺らぎをドラマトゥルギーの中心に置いているのは明らかで、錯雑する各人の“物語”を集め、真偽を選り分け精査することで、真実の点を繋げて線にしていく推理作法と、それをひっくり返してまた別の点と結び付けていく構成が美しい。
故意の虚言や思い込みによる誤認、或いは純粋な記憶の曖昧さの中にも核心的なヒントや一抹の真実が隠されていることが、再読玩味すると手に取るようにわかります。 読みかつ読まないように仕向けられた文章、読者の臆断を誘う際どい言葉の使い方、解釈の両義性を秘めた“騙し”のテクニックといった文脈のイリュージョン感に舌を捲きます。
類型的人物の戯画化という、いつものクリスティーの比類なき才能も遺憾なく発揮されていますけれど、本篇の真犯人像は今まで読んだポアロシリーズの中でダントツの人間的魅力を放っており、ミステリと心理小説の有機的合一が高次元でなされたポアロ史上初めての作品ではなかったかと個人的には思っています。 解説の千街昌之さんが“名犯人”という言葉を使っておられましたが、自分もその称号を捧げたい。
それでもやはり、行動に潜在している観念(人間的本質)を描いているという感じは凄くあって、浮き彫りになるクレイル夫人と真犯人のコントラスト、両者の精神性の懸隔が実に印象的です。 激情の波が引いたのちの静まりをワンカットで描破した幕引きに暫し浸ってしまったのだった。


五匹の子豚
アガサ クリスティー
早川書房 2003-12 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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白い兎が逃げる / 有栖川有栖
白い兎が逃げる
有栖川 有栖
光文社 2007-01
(文庫)


作家アリスシリーズの中短篇集。 全体に好みというのとは違かった;; 表題作のメイン中篇が一番肌に合わなかったせいで印象を悪くしてるのかなぁ。 簡潔な電車追いかけっこミステリなら文句言わないんですけど・・長いよ;; 旬な社会派ネタをオモチャにしたようなお手軽さが今読むと微妙。 つか悪趣味。
味方を得ることで兎が狼に変貌する人間心理の怖さという着眼が凄くいいのに、結局、掘り下げないまま放置して「突然変異」のように悪役ご登場とか大味過ぎる・・ってこれが意外性ってやつなのか? そのせいでみんな宙ぶらりんに嫌な奴。 棚ボタで突破口ってのも萎えパターンだし、なんだかなぁ、お手本のような凡庸感。 アデルを称賛したいというアリスにも違和感。 彼女が痛ましいばかりだよ。 自己本位な完全燃焼の行き着く先として、人を殺すか自分が壊れるかは紙一重と思ってしまうから。 内向きの暴力なら美談になるって発想じゃないよね? アリス・・ もしかしたら自分が読み方を全力で間違えてるのかもしれません
他の3作は、楽しめました。 死亡推定時刻の幅を考えるとトリックや論理を持ち出すほどの謎も存在していない「不在の証明」は、いわゆる“無理のない系”。 “不在”という言葉の概念をピンポイントで料理したアイデアものとして面白かった。 「比類のない神々しいような瞬間」は、ダイイング・メッセージ2連発。 その必然性と偶然性の追求みたいな。
「地下室の処刑」は、シャングリラ十字軍もの。 「暗い宿」でチラッと出てきた記憶がまだ薄っすら脳裏に引っかかってました。 きっとこの小説世界に存在しているカルト教団のテロ組織。 火村&アリスシリーズでまさかの公安 ハード路線は趣味でないんだけど、犯人当ての論理展開部がしっかり有栖川さんらしい本格していて、本作中一番よかったです。
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スイス時計の謎 / 有栖川有栖
スイス時計の謎
有栖川 有栖
講談社 2006-05
(文庫)
★★★

国名シリーズの短篇集は読む前にいつもワクワク感が込み上げるんだけど、前回のペルシャが最高潮に迷走していてアレレな空気だったんで恐る恐る手にとってみたら、しっかり軌道修正されててホッと胸を撫で下ろしました。
そればかりか、シンプルで端正な佳品揃いで至極満足。 マニアの向きには物足りないかもしれないけど、自分が本格ミステリに求めるものが過不足なく詰まっていて、そうそうこれこれ! これですよ! って一人ほくそ笑んでしまいました。
一話目の「あるYの悲劇」は、短編とはいえ余興ではなくメイントリックにダイイング・メッセージの解読をひっさげて挑み、しかも成功している(と思った)ところが高評価。 有栖川さんらしい青臭さがいい意味でストーリーを支えている点もお気に入りな一篇です。 でも圧巻は表題作の「スイス時計の謎」。 消去方で確実にチェックメイト(犯人当て)まで持っていく謎解きの醍醐味が味わえます。 証拠を突きつけるんじゃなく、論理で追い詰めるという(たぶん)作者の本格に対する基本姿勢が端的に現れているところが熱い。
ぶっちゃけ、逮捕できるとか、裁判で勝てるとか、現実社会のシステムはガン無視で、これしか考えられないという論理的な整合性を持つ華麗な筋道だけを(ある意味無駄に)追い求めるストイックさが本格の美学だと勝手に思ってるんで、すごく波長の合う作品でした。
時計モチーフと絡めて時間の無情さか抒情的に演出されている辺りも達者です。 でもこれ、時間といえば、歳を取らないアリスと火村先生が一番無情だよね 背景はちゃんと流れているのに永遠の三十四歳。 ホピ族の“蓄積する時間”や、ニーチェの“永劫回帰”って、まさにこのシリーズを支配する時間の観念のことじゃない?! 登場人物のあのセリフ、絶対ブラックジョークだったでしょw 人生が更新することはありえない替わりに、なんかあの二人、物凄い密度の時間を生きてるよなぁ・・とか、(そんな意図はなかったかもだけど)最後、メタ的な微波動で刺激してくれたのもグッドポイント♪
でも、アリスのトラウマ(例のラブレター事件)にささやかながら光が差してます。 物語の拘束をちょっとだけ逸脱した作者からのブレゼントだったのかしら。 よかったね。アリス♪
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