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サム・ホーソーンの事件簿3 / エドワード・D・ホック
[木村二郎 訳] 日本仕様のシリーズ第三短篇集。 25篇目から36篇目までの12篇に、ノンシリーズ短篇「ナイルの猫」がボーナスとして訳出されています。 時代背景は大恐慌真っ只中の1930年代前半で、サム先生の年表的には開業して8年目から13年目、三十代半ばの壮年期です。 小さな片田舎だったノースモントの町が、未来への一歩を少しずつ刻んでいる足取りの確かさを感じますね。
ついに禁酒法が撤廃され、満を持して催された合法的なアルコール・パーティや、ノースモント初のトーキー映画館のオープニング・セレモニーや、ニューイングランド地方の古い家に残っているという窓のない避雷室や、葉煙草の栽培に必要な通気熟成所や、町にやって来た大サーカスや、灯台の海賊伝説などなど・・ 不可能犯罪の舞台もイベントも相変わらず楽しい。 謎解きそのものは、ややシャープさが影をひそめたかなぁ。 でも、そうそうクオリティを保持できるものではないと思うのだが十分に健闘しているレベルといっていいし、マンネリか愛着かと問われたら自分は迷わず愛着と答えたい・・そんな三巻目。 特にお気に入りは「ハンティング・ロッジの謎」、「墓地のピクニックの謎」辺り。 こういう出来過ぎチックなのがやっぱり好きなんだわ。 このラインナップにあって「ナイルの猫」の異色感もよかった。
レンズ保安官の“先生、あんたの助けが必要なんだ!”の求めに応じるまま、謎の解決に生活の重要な部分を捧げていたサム先生が、医師として、患者のために時間を割くという自戒を固く守って、一年以上探偵絶ちをすることになったり、開業以来、十三年に渡りサム先生を支えた有能な看護婦のエイプリルが診療所を辞めることになったり・・ 非常に淡泊な描き方ながら、プライベートの起伏があり、そこにさざ波立つ感情の機微が意外とアクチュアルだったりするんだよね。 旅先での急展開は唐突のようだったけど、十三年間の2人の関係が緩やかに辿った果ての最後の藁みたいで、ちょっと気持ちがしんとなったり。 サム先生は自分の残酷さに気づいてないかも・・たぶん。
こうしてずっと、サム・ホーソーン老医師の昔語りを聞いていると、実は聞き手に御神酒を勧めながら披露する酒飲み爺さんの与太話なんじゃないの? っていう若干の眉唾感というのか、不思議な酩酊感が湧いてくるのがまたよいんだよね^^;


サム・ホーソーンの事件簿3
エドワード D ホック
東京創元社 2004-09 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 / ゾラン・ジフコヴィッチ
[山田順子 訳] ジフコヴィッチは東欧(旧ユーゴスラビア)の現代作家で超ジャンル的な幻想小説の書き手。 70年代に、先鋭的なSF研究(いわゆる“スペキュラティヴ・フィクション”化していくSFへの関心)を出発点として文学活動に入ったという経歴が、なるほど(そう言われてみると)作品から匂い立ち、鼻腔を擽る感じがしてきます。 截然たる別世界というよりは、なんとなく内的思考の飛翔に由来するマインドスペース的な幻想である辺りが・・
本書は三つの短篇を収めた小セレクト集で、どちらかというと、日本の読者にジフコヴィッチを紹介するパイロット編?といった趣きなんですが、わたし、波長が合いました。 とても好きです。 更なる邦訳を心待ちにしたいです。 代表作といわれる「The Library」を是非とも。どうか。
常識や保守という自制の中で堅実に生きているけれど、そこからはみ出した世界への感受性を無意識下に温めているような主人公たちが遭遇する不思議の追体験なので、日常という地表の確かさを意識しながら読むことができ、決して難渋な印象ではないと思うのです。 プロットにもはっきりとした輪郭があり、どこか原初的な作話本能を感じさせる物語の愉しさに夢中になることができました。
その背後に、人間がまだ解き明かせない摂理の秘密が物思わしげに横たわっているような・・ 普遍なるものの本質を探る手触りが霊妙な奥行きを醸し出し、漠とした実存の不安にグラッとくる感覚もあり、怖いのかたわやかなのかわからないような不思議な静けさに包まれている。
一話目は寓話チックで、二話目はホラーチックで、三話目はちょっとミステリ。 一話目の「ティーショップ」が、今年のマイベスト短篇ってくらい好き。 語り終えたところから語り継ぎ、どこまで転調していくの?って思ったら、内宇宙と外宇宙を繋ぐニュアンスが有るか無きかといった円環構造で閉じられてるという・・だけではなかった。 最後の最後で鳩が飛び出すような展開になるのが素敵すぎて、極上のマジック・ショーに一観客として拍手喝采を贈りたくなります。 語る、聞く、伝える・・ 物語を物語たらしめるすべてが詰まった粋な作品でした。
非業の焼失を遂げた古代叡智のシンボル、アレキサンドリア図書館の御霊を、あの世の淵から呼び起こしてしまった恐怖と陶酔が、昏く激しい火焔の中で遠い遺恨と縺れ合う「火事」も、必然と偶然、運命と意志の神秘的概念を流麗かつアイロニカルに織り上げた「換気口」も、三篇それぞれにこよなく美味。


ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語
ゾラン ジフコヴィッチ
Kurodahan Press 2010-10 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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三階に止まる / 石持浅海
石持さんは馴染みの薄い作家さんなんですが、新刊が気になっていたので読んでみました。 ノンシリーズとしては初短篇集なのだとか。 ホラー風味なミステリで、緊迫した閉鎖的スペース感と毒モチーフが印象的。 日常から少しく乖離した準SFチックな架空間は、その斜め上的ズレ加減がぞわっとシュール。 これは・・ そう、ソリッド・シチュエーションってやつよね! エキセントリックな状況や境遇の不可侵性を描くのが上手い作家さんだ。
好みは「転校」「三階に止まる」あたりかな。 総じて、実在感があるような無いような登場人物たちが変w ねーよ!って場面で唐突に場違いな推理に耽り出す超然ぶりとか、ほとんどバッドエンドなんだけど、そこに一掬の微苦笑が混入する塩梅とか、根本的に何か微妙に調子が狂ってる感じがする。 でも、論理の開陳パートがメインディッシュになっているのが流石で、ハウダニットに力点を置いた堅牢さがミステリとしての骨格を確りと支えている。
きっちり人間ドラマが入ってるからディープなトランス感はなく、一定のエンタメ律が保持されている気安さ手軽さを素直に楽しむタイプの作品なんだと思う(ほんと?)のだけど、ひねこびてるもんだから、逆にそこの気色悪さに惹かれてしまいました。 ヒューマンとマッドが同居しているような食い合わせの悪さ・・ これ、特に顕著に感じのは「黒い方程式」だったな。
一番長い「院長室」は、“世紀「謎」倶楽部”の企画もので、「EDS 緊急推理解決院」というアンソロジーに投稿作家の一人として参加した作品とのこと。 ミステリ界の名探偵諸氏を丸々名探偵たらしめるために、遂にこんなお誂え舞台を作っちゃいましたーっていう振るった企画で、ちょっと調べたところでは連作長編っぽいみたい。 単品で全然普通に完結してる(ように見える)秀作なんだけど、他作品とどんな風に補完し合ってるんだろう。 読んでみたい♪


三階に止まる
石持 浅海
河出書房新社 2013-07 (単行本)
関連作品いろいろ

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エステルハージ博士の事件簿 / アヴラム・デイヴィッドスン
[池央耿 訳] 19世紀の東欧で、南スラブの一帯を治めていたかもしれない“スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国”という“非歴史上の”多民族国家が舞台。 20世紀初頭、最後の威厳を瞬かせながら光と影の劇を繰り広げる落日の帝国。 その刹那と無窮の中に幽閉されたような心地がして、倦怠と仄暗い興奮が淀んだ甘苦しいノスタルジアに惑溺しました。
古代、中世、近代へと地層を積み重ねたヨーロッパの由緒ある土壌の上に構築された壮大なホラにして、煌びやかな幻視力の結晶です。 まことしやかに語られる薀蓄の数々。 もし、本当の歴史や地理や文化に明るかったら虚実の皮膜で遊ぶ楽しさは如何ばかりか・・と悩ましくもありましたが、それを言っても詮無いので、解説の殊能将之さんの言葉を有難く真に受けて、殆どまっさらな気持ちで読みました^^; まるでそこに暮らし、空気を吸っていたかのように枝葉末節まで入念に練り上げられた与太。 話の筋がどんなに違っていようと、伝説は伝説で生きている・・そんな飄然たる風格を感じさせる物語の中で、架空の帝国が鮮烈に拍動しています。
バルカン半島中央部に位置する三重帝国は、北をオーストリア=ハンガリー二重帝国やら、西をセルビアやら、東をルーマニアやら、南をオスマン・トルコやらに囲まれて、まるで史実と虚構の地平が透明なトンネルで繋がっているかのよう。 実際に、ドナウ河のトポスとして帝国内を“イステル河”が流れていたりする。 小国家の複合体である帝国は、人種や民族はもとより、言語や文字、宗教・宗派、風俗・風習、伝承や迷信の類いまで、多種多様で猥雑な彩りを醸し、しかも時は世紀の変わり目、文明によって魔法が解かれる前夜の旧世界で、理知と神秘が綾を成してせめぎ合っているのだから、こんな蠱惑的な舞台はまたとないかもしれないと思ってしまう。
で、そんなユートピアを闊歩するのが、帝都ベラのタークリング街33番地に私邸を構えるエンゲルベルト・エステルハージ。 七つの学位と十六通りの称号を持つ、医学博士、法学博士、理学博士、文学博士・・その他もろもろなんでも博士という、(ちょっと眉唾な)希代の博物学者が活躍するのにこの上相応しい環境がありましょうか。 魔術師や錬金術師、フリーメイソン、見世物小屋、人魚伝説や古宝石伝説・・と目もあやな怪事件に遭遇する博士の“事件簿”ではありますが、解決という常套を軽やかに飛び越えて、怪奇、SF、喜劇、探偵小説・・と、ジャンルを横断する変幻華麗さが魅力。
エステルハージ博士は、形骸化してなお、民間信仰のように土地に浸潤している古めかしい因習も、それが災いを招くことなく、民の心の安寧に貢献するのであればなんの問題もないではないかといったスタンスで、なんていうのか、実益を見極める淡白な柔軟さのある人物。 科学からも神秘からも一定の距離にあるような、間違っても啓蒙家といったイメージではありません。 そんな博士によって見届けられる真相は、原因や結果を無理やり集約しようとしない余白に溢れていて、そんな余白こそがこの物語の世界観を律しているように思えるのです。
ペダン過ぎて晦渋でありながら、でも、それでいて、ざっくばらんな親しみがある。 完全には空気を読めなくても、悪戯っ気のある醒めたユーモアを煙幕にしたかさついた余韻が心地よかったり。 そして、ラストに押し寄せる無常観。 憂色を帯びた幻影のような光景に、予期せぬ感傷がこみ上げて亡国のロマンに身を焦がしました。
解説されていた通り、南スラブを束ねたこの架空の帝国は、第一次世界大戦前にスライドさせたユーゴスラビアと捉えることも可能ですし、むしろそれが自然と行き着く連想なのではないでしょうか。 因みにこれ、1975年の作品なんですよね。 幻視というより霊視なんじゃないの?って感覚に俄かに揺さぶられてしまいます。 何か降りて来た感が半端なくて。 大恐慌を暗示した「グレート・ギャッツビー」を彷彿とさせる鳥肌がゾクリ。


エステルハージ博士の事件簿
アヴラム デイヴィッドスン
河出書房新社 2010-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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長い廊下がある家 / 有栖川有栖
長い廊下がある家
有栖川 有栖
光文社 2013-07
(文庫)


作家アリスシリーズの中短篇集。 オーソドックスな前半二篇と、スピンアウトな後半二篇の四篇構成。
一作目の「長い廊下がある家」は、かたや時間(アリバイ)、かたや密室に阻まれる殺人現場の特殊性や大掛かりな道具立てを踏まえてのちょっとした目先の変え方と、見破れそう・・的な肌触りが充分に楽しめる一篇でした。 途中、アリスをおちょくる火村先生ヒドイ・・と思ったら仮説を確認するテストだったという小ネタがツボw
二作目の「雪と金婚式」は、細かいことはうっちゃって、推理短篇を読む愉しみに溢れた良篇。 カッパ・ノベルス創刊50周年記念のアンソロジーのために書き下ろした作品らしく、慶賀な雰囲気はそのためでもあったでしょうか。 スノーボールのような、しんと優しい景色が眼裏に残ります。
一番衝撃的(笑)だったのが三作目の「天空の眼」。 殆どラスト近くまで、まさかね、と思っていた、そのまさかの展開だったもんで。 なんたる掟破り これ一回限りにしてくれるならレジェンドとして語り継いであげられるw 有栖川さん、洒落を利かせたタイトルの秀逸な作品が多いんだけど、本タイトルのダブル・ミーニングには座布団10枚!
四作目の「ロジカル・デスゲーム」はスリラー趣向で、犯人とフィジカルに対峙する火村先生危うし篇でした。 解決策は最善を捨て最悪を避ける方法論だけど、直接的には何の影響もないほどの数学的確率論の不思議が心理戦とニアミス気味に絡めて盛ってあるのが面白かった。 不可侵性を損なわれるというか何というか・・名探偵視点の描写というのがあまり好きではない性分なので、このスタイルも正直言うと頻発して欲しくはないけども、名探偵は神か人間かで言ったら、有栖川さんは、究極的には人間火村英生を描きたいんだろうな、とは承知しつつ読んでます。 後日談で雲隠れした島にニヤリ。 今度はちゃんと行けたようでなにより
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マギンティ夫人は死んだ / アガサ・クリスティー
マギンティ夫人は死んだ
アガサ クリスティー
早川書房 2003-12
(文庫)


[田村隆一 訳] ポアロの昔馴染みで退職を間近に控えたスペンス警視が、自分の担当した事件の再調査を依頼するため、ポアロ(ご自慢の角ばった現代デザイン)のフラットを唐突に訪れる。
その事件とは、ブローディニーという小さな町で、初老の未亡人マギンティ夫人が撲殺された事件。 有力な証拠に基づき逮捕され、正当な裁判を受けた愛想のない金欠の間借人ベントリイには、すでに死刑判決が下されている。 しかしスペンス警視は、心のどこかでベントリイの有罪に疑問を拭えないのだった。
マギンティ夫人は、周辺の家々を日替わりでまわる家政婦として生計を立てていた。 彼女は殺される数日前、昔の有名な殺人事件に関わりながら現在は消息不明の四人の女性が写真つきで掲載された週刊新聞のゴシップ記事を読んでいた。 その事実を捜査の序盤でポアロが突き止める。 働き先の家庭のどこかでマギンティ夫人が盗み見たとおぼしき写真が、四枚のうちの一枚だったことから、過去の露見を恐れた犯人に殺されたらしい真相が浮かび上がってくるのだが・・
“家々の面々×四枚”の組み合わせから導き出される可能性が提示され、そこから犯人を絞るという趣向の謎解きです。 事件とは関係のない各々の家庭の事情や人々の認識のズレがミスリードを誘ったり、真相を煙に巻いたり。 日本人には見破れそうもない盲点を突いたメイントリックで意外な犯人があぶり出されますが、かなり複雑に織り上げているので、イギリス人でも自力では見破れないだろうと想像します。
マギンティ夫人は死んだ、どんなふうに死んだ? あたしのようにひざついて〜 と続くイギリスの遊戯唄(マザーグースではないそうです)が、見立てというほどガッツリではないけれど、ちょっとしたモチーフになっています。
どんなふうに死んだ? なぜ死んだ? という質問に回答を与えるべく灰色の脳細胞を働かせるポアロ。 ちなみに死刑執行までのタイムリミット的なスリルを味わう要素は皆無です。 空気感も牧歌的だし、何気に軽妙洒脱風味の強い一篇だったと思う。
今回は久しぶり(?)にポアロ視点が中心なので、ドラマ要素は控えめかなという印象。 その分、ポアロの人間臭い内面が存分に堪能できます。 グルメなポアロが長期滞在先のブローディニーの町にたった一軒しかないゲスト・ハウスで、不味い食事に悩まされ続ける図は笑いを誘います。
フィンランド人探偵スベン・ヤルセンのシリーズが人気を博している推理作家のアリアドニ・オリヴァ夫人が久々の登場。 今回も彼女の“女の勘”は、物語に良きスパイスを与えています。 小鳥と木の葉におおわれた壁やマツ材のテーブル、タイプライターにブラック・コーヒー、そしていたるところにリンゴが転がる作家の秘密の隠れ家での輝かしい孤独な幸福を暫し離れ、新進気鋭の劇作家と打ち合わせのため、ブローディニーの町にやって来たオリヴァ夫人。 どうしてもポアロとクリスティーが共演してるような気持ちになってしまうんだよなぁ。
そしてこの作品では、自分の生み出した探偵エルキュール・ポアロに対する作家アガサ・クリスティーの愛憎相半ばする思いが(オリヴァ夫人に託されて)いつになく溢れてる感じがします。
でもあなたには、自分のつくった登場人物がとても言いそうにないことをしゃべらされたり、やりそうにないことをやらされたりする苦痛はわからないでしょうね。<中略> そんなに頭がいいのならどうしてオリジナルの芝居を書かないのかしら、わたしの不幸でかわいそうなフィンランドの主人公をそっとしておいてくれないのか、わたしにはわからないわ。
自作の小説が意に反した脚色をされ、舞台化されるときの悶々とした思いの中に、“わたしのスベン・ヤルセン”への愛着が垣間見えるかと思えば、
ね、なにか書くとするわね、するとなかなか評判がいいらしい、いい気になってじゃんじゃん書き飛ばす――気がついたときには、考えても不愉快になるようなスベン・ヤルセンという作中人物が、わたしに一生つきまとって、離れなくなってしまっているのよ。おまけに世間の人ときたら、作者のこのわたしは、スベン・ヤルセンがお気に入りなのだなどと書いたり話したりするわ。スベン・ヤルセンが好きですって? とんでもない、こんなやせっぽちの、ベジタリアンのフィンランド人に、実際に会ったら、わたしがいままで書いてきたどんな殺人方法より、ずっとましな方法でかたづけてやるから
なんて啖呵切ってたりするのだけど、どこか愛情の裏返しのような肌触りも拭えません。 “こんな小男の、潔癖症の、ベルギー人”につい脳内変換してしまいます^^ イギリス人気質のクリスティーは口が裂けてもポアロが好きだなんて言えないんではないかしらね。 本当に嫌いなキャラクターがこんなに魅力を放つでしょうか。 なぁんて読者に知った風な口を利かれるから、ますます反発しちゃうんじゃないのかなぁ。
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火村英生に捧げる犯罪 / 有栖川有栖
火村英生に捧げる犯罪
有栖川 有栖
文藝春秋 2011-06
(文庫)


携帯サイトに掲載されたショートショート4篇を含む全8篇、あくまで息抜き要員的な短篇集。 サラッと薄味めですがそれなりにアソート感があって楽しめました。 小気味いいというほどではないんだけど、これはこれでいいような気がする・・的な安心感。 どうも、無意識のうちにキャラに懐柔されてる気がしてシャクなんだが、まぁ、それもアリかな・・的な愛着感。 でも流石です。 有栖川さん、雑な仕事はしないなぁー。
ほとんどアイデア一発勝負なショートショートでは「殺意と善意の顛末」が一番綺麗だったかな。 あとがきで明かされていた有栖川さんの悪意バージョン(未遂ですw)にニヤける。 「鸚鵡返し」が実はちょっとお気に入り。 真面目にやるネタじゃないバカバカしさがショートショートゆえに許されてる辺りが タイトルも皮肉入ってるぽくてオシャレ。
本格ワールドを閉じ込めた「あるいは四風荘殺人事件」が個人的には偏愛度ナンバーワンです。 地に足のついたこのシリーズで、ここまでのド本格を書いてくれて嬉しい。 直球じゃないのはやっぱり照れ隠し?
表題作は、仰々しいタイトルに見合わない拍子抜け&グダグダ加減がよろしい。 むしろアリスに捧げたい一篇w シリーズ中でも二人のキュートさが光る、キャラ萌え度の高い一冊だと思う。 塀の上で日向ぼっこの猫二匹、それもあの野上巡査部長が仏頂面で見上げてる図が・・ふっ♪
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妃は船を沈める / 有栖川有栖
妃は船を沈める
有栖川 有栖
光文社 2012-04
(文庫)


作家アリスシリーズの第8長篇。 ストリート青年たちの世話を焼き、かしずかれるのを悦びとしている女性、“妃”と綽名されるマダム然とした人物をキーバーソンに据えたストーリー。 幕間を結節点とした中篇二部構成の連作長篇仕立てなんだけど、元々別個の単発作品にする予定を途中で長篇構想に変更したのだそうで、うーん;; 無理に繋げなくてもよかったように思う。
アンソロジーピースの感さえある怪奇小説の名作短篇、W・W・ジェイコブスの「猿の手」を本歌とし、“三つの願いと引き換えに災いがもたらされる”という原話の流れと連動させる趣向、それ自体は好き。 ただ、本篇の唸りどころは火村先生が披露する「猿の手」の新解釈に尽きた。
あからさまな超自然現象が出てこないところ、一つ目の願いが合理的な手順を踏んで叶えられているところに着目し、推理小説的な読みが可能である(少なくともそれを許す可塑性がある)とする見解から導き出された仮説は、「猿の手」の応用編的鑑賞手引きとしてもクリエイティブなセンスを感じさせてくれるものでした。
北村薫さんと有栖川さんで“猿の手談義”を交わしたことがあるそうで、そこから想を得てるらしいというのもホット♪ 逆にこのロジックからヒントを得て紐解かれる現実の事件があたかもオマケみたいに見えちゃって。 強いて言えば冒頭の悪夢が巧い引っ掛けになってたなとは思った。
「猿の手」の影響が色濃く、どこか蠱惑的だった第一部は良かったんです。 第二部だって推理が強引だけど単体の中篇としてならもっと好意的に読めたと思うんです。 でも、長篇として捉えた時、どうしても第二部が蛇足に思えてしまう。 最後の願いが残っていることを意識したのはわかるんだけど、せっかく趣きを残した第一部の消化不良感を活かす方向とは真逆に無理やり決着させちゃったような。 火村英生が完璧な名探偵であり続けなければならないという縛りがある以上、仕方ないのかもしれないけど・・それにしても。
あーもう書いてしまいます。 前半の“妃”は、いわゆるファム・ファタール的な魔性の女としてキャラが立ってたのに、後半では一転、陳腐な女に変貌。 この統一感のなさが圧倒的に疑問符なのです。 この感覚を解消してくれるほどには人物が練り込まれていないというべきか。 アマリア・ロドリゲスの「難船」のイメージで味つけされたそうなのですが、物哀しい名曲が底に流れているようには感じられなくて、ファドの調べに酔わせてもらうことは出来なかったです。
でもアリスは酔ってたね 物語が(過度に)感傷に流されたのは残念だったけど、アリスが勝手に駘蕩たる夢心地でヘロヘロしてるのは大好物。 古き良き船員BARの面影を残す港町のレストランでの幕間劇は、物憂げアリスの独壇場です。 その嫋々たるセンチメンタリズムといったら♪ アリスの迷走と感傷がこのシリーズの裏名物だと認識してます。ふふ
港町ったって大阪湾界隈のことです。 このシリーズ、作者の大阪愛を感じるというか、何気に大阪の喧騒をビビッドに活写する街小説の側面を保ってるところが好き。 それも(裏)愉しみの一つになってるかも。
あと、ちょっとした変化が。 物語の前半と後半の間に二年半のインターバルがあるんですが、その隙に火村先生が“助教授”から“准教授”に変わってました。 ここで変わるのかーと。 それだけなんだけど;;
もう一つ。 所轄から引き抜かれたニューフェイス“コマチ刑事”(因みに女性)がお仲間入りの気配。 いきなり、火村先生がネクタイをだらしなく締めているのに対してドキッとする示唆。 彼がトラウマ持ちなのを久しぶりに思い出しました。 永劫回帰型だから、基本、火村&アリスベースのストーリーは更新されないと思い込んでたけど、このくらいはアリなのだね。 火村先生に幸運を♪
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