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トネイロ会の非殺人事件 / 小川一水
コアなSF畑の作家さんってイメージなんですが、タイトルが気になりすぎて放っておけずに参戦^^; 三篇を収めた中篇集で、わりと予想どおりSF風味なミステリ。 小川作品の中では毛色の違う一冊になるのかな?
表題作は“犯人たちの中に犯人でない者が紛れている”という、逆転の発想がなんとも新味な非犯人探しミステリで、アイデア勝負ものとして面白く読みました。 ある意味、本来より悪趣味かもねw 作中で犯人たちが結成する“トネイロ会”とは、“似たようなトリックの登場する小説にちなんで”名付けられているんですが自力では全く分からんかった・・orz しかも読んでるのに! もう一捻りして、せっかくのタイトルを活かしたら気が利いてたのになぁ・・という思いが残って、個人的にはラストが非常に惜しい気がした。
「星風よ、淀みに吹け」は、典型的なクローズド・サークルの殺人事件で、心理劇的緊張感とロジカルな段取りは「トネイロ会の非殺人事件」に近く、民間信仰のように受け継がれる地方都市の伝承を探る「くばり神の紀」は、土俗的かつバイオホラーな不気味さがナイスでした。
全体的にソリッドなシチュエーションで閉鎖的雰囲気が満点。 ただ、三篇に共通して、分かち合いや互助や協調をヒューマニックに扱う指向が強く感じられて、そこが読んでてややしんどい気もしたかなぁ。 その意味では「くばり神の紀」の暗い危うさを歓迎したい。 個人と集団、罪深さと人情味のところで難しい領域をチョイスして描いてる気がするんだけど、それが安易なのか敢えてなのか、これ一冊ではなんとも掴み難く、図らずも?あるいは魂胆どおり?厄介な後味を残すなーと。 考え過ぎ? 最近エンタメの読み方がどうもアレだね・・迷走してるね;;


トネイロ会の非殺人事件
小川 一水
光文社 2012-04 (単行本)
関連作品いろいろ

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居心地の悪い部屋 / アンソロジー
[岸本佐知子 訳] 英米の短篇小説の中から、訳者自らが“なんだか落ち着かない、居心地の悪い気分にさせられる”短篇を選んで訳出した企画もの。 一言に“居心地悪い”といっても、不条理だったり、狂気じみていたり、ニューロティックだったり、どこか甘やかだったり・・と多彩な色に溢れています。
自分の好みとは微妙に分野が違う気もするんですが、全体に質が高いのは歴然で、愛好の読者なら必ずお気に入りに出くわすこと請け合いな小品集ではないでしょうか。 居心地の悪さってバッドエンドになり切れない、なり得ないところにあるんだよなぁ・・と改めて思う。
「やあ!やってるかい!」のインパクトが一際強烈で、まるでこのラインナップの中でさえ、“イーストめいた体臭をムンムンまき散らしながらギラつく笑顔を張り付けて猪突猛進してる”みたいだった^^; 他者との温度差を介さない、しかも悪意のない人の厄介さというのは、ごく普通にあるある心理なんだけど、戯画的な切り取り方が絶品で、まだ書かれていないこんな嘲弄があったなんて・・と、哄笑を禁じえない居たたまれなさをどうしたらいいものか途方に暮れそうだった。
一番好きなのは「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」だったかなー。 アメリカの野球史を彩った(架空の)トリビアを紹介する趣向で、史実からのインスパイア要素もあるみたいだけど、その辺は分らなくても雰囲気でもう全然オッケーだった。 記録の裏に眠る記憶が亡霊のように熱く冷たく騒めいて、メランコリックなノスタルジアを掻き立てて止まないのだ。
あと特にお気に入りは「来訪者」。 電話線の彼方と此方の手におえない隔絶は悪夢そのもので、足元がぐらつく不吉さには、ちょっと快感めいたものがあり、まさに“素敵に居心地悪い”気分が最も得られた一篇。 「どう眠った?」も好きです。 これ“夢”ではなくて“眠りの質”の話をしてるってのが非常に面白い。 言い訳ばかりで行動できない人の(素っ頓狂な)弁解に付き合ってるみたいな「ケーキ」は、読んでるうちに変な愛着が湧いてきてどうしようかと思ったり、強迫観念めいた緊張感と腰を折るユーモアがまたとない空気を醸していた「ささやき」もよかったし、そしてやはり「あざ」には名状しがたい格別な美しさがあって吸い込まれた。
ただ、ブライアン・エヴンソンの2作は貫き方の凄みが桁違いすぎる・・ あるいはエロスが紛れていたのだろうか。 特に「ヘベはジャリを殺す」は、自分にとっては気分や感情のフックに縋ることのできなさが半端なしに怖くて、入って行きかけて途中で遮断して引き返してしまった気がする。 それでも忘れ難いのだけど。

収録作品
ヘベはジャリを殺す / ブライアン・エヴンソン
チャメトラ / ルイス・アルベルト・ウレア
あざ / アンナ・カヴァン
来訪者 / ジュディ・バドニッツ
どう眠った? / ポール・グレノン
父、まばたきもせず / ブライアン・エヴンソン
分身 / リッキー・デュコーネイ
潜水夫−ダイバー− / ルイス・ロビンソン
やあ!やってるかい! / ジョイス・キャロル・オーツ
ささやき / レイ・ヴクサヴィッチ
ケーキ / ステイシー・レヴィーン
喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ / ケン・カルファス


居心地の悪い部屋
アンソロジー
角川書店(角川グループパブリッシング) 2012-03 (単行本)
関連商品いろいろ
★★
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第四の扉 / ポール・アルテ
[平岡敦 訳] “フランスのディクスン・カー”と称されるアルテの実質上のデビュー作。 密室の謎に傾ける愛着によって、その名声を作り上げたと言われるほどにマニアックな書き手であるらしい。 いいねっ♪
異名の通り、密室の大家カーの信奉者で、“フェル博士に調査を続けさせたかった”ことが自ら筆を取る動機となったというのだから傾倒のほどが窺えるというものです。 本当は正統な続編が書きたかったらしいんだけど、著作権うんちゃらで断念するほかなく、本作は、そんなフェル博士の造形を継承するキャラとして生み出された犯罪学者のツイスト博士が探偵役を務めるシリーズ一作目。
オックスフォードにほど近い村の外れに隣接する3件の家・・と、舞台からしてイギリスです。 幽霊騒動や交霊術や分身モチーフといった怪奇趣味と、奇術師フーディーニ伝説を融合させた風味豊かなミステリで、戦後間もない二十世紀半ばという時代背景がしっくりくるオーソドックスな雰囲気を醸し出しています。
犯人は壁を通り抜け、空を飛ぶことのできる幽霊なのか悪魔なのか・・と謎また謎が犇めくも、メインの密室に関しては合理的解決(方やキワモノ、方や辻褄合わせと極端だったりしますが残念感はない)がなされ、更には、ツイスト博士の使い方に捻りがあって、終盤の二転三転が鮮やか。
無駄のない上品な、ともすれば薄味めな印象なのですが、それだけでは表現し尽せない、ムアに立ち込める霧のように、もやもやと物思わしげな肌触りがあるのです。 意識に引っかかるか引っかからないかくらいの微妙さで、オカルティックな不可思議が(意図的に)放置されているからなのかな・・と思う。
心理分析を解読格子にする向きへの皮肉というのは、本格ミステリにしばしばみられる常套ですが、本作では、かなりエグい応用がなされていて、そこに起因したとある非本格な仕掛けが本格パートを喰ってたような気もするくらい。 ちょっとノワールな影が揺蕩う感じが美味。 いやいや、なかなかどうして、フランスっぽいミステリなのかもしれない。


第四の扉
ポール アルテ
早川書房 2002-05 (新書)
関連作品いろいろ
★★
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英国メイド マーガレットの回想 / マーガレット・パウエル
[村上リコ 訳] リアルメイドさんだった著者の回想記。 今日では、家事使用人史の重要な資料にもなっているらしい。 ロマンス小説のようなお話ではありません^^; 刊行は1968年、原題でもある“below stairs”とは、薄暗い穴倉のような地下階を生活の場とする“使用人たち”の代名詞で、あらゆるものが贅沢で快適な生活ぶりを反映した地上階に暮らす“主人たち”を意味する“upstairs”と対を成して使われる言葉なのだとか。
二十世紀初頭、ロンドンを南に下った海辺の町ホーヴで、貧しい労働者階級の長女に生まれ育ち、裕福な家庭の家事使用人として働き先を転々としながら、キッチンメイドからコックへとキャリアを積んで、やがて結婚して家庭を持ち、来し方を見つめ直す機会を得ることになる著者の半生が、主に使用人生活の遍歴を中心に語られていて、ちょっとしたメイド論といってもいいくらい、自身の行動や思考を通して、心理的、社会的真実を考察しています。
著者が住み込みの家事使用人として過ごした青春期は、大よそ第一次大戦から第二次大戦の間の時期。 第二次大戦後、政治制度、社会制度が劇的な変化を遂げて、教育レベルが底上げされたり、報道の自由が浸透したりするまでにはまだ遠い一時代ではあるのですが、それでも、使用人待遇が少しずつ改善され始めるのと反比例するように黄昏ていく上流階級の様子など、緩やかな変化の兆しを興味深く読みました。 実際、最初と最後では“必要悪の劣等人種、影法師”から“交渉相手、一家の構成員”ほどにも違いがあったのですから。
彼女にとって、仕事はその時々の生計を立てる手段に過ぎず、この境遇を抜け出すために自分に相応の結婚相手を見つけることをきっぱりと目標に定めていて、ブレがないところが天晴れ。 きっと無理だろうなぁ・・わたしは。 甘い誘惑に落ちていった夢見がちなメイドや、化石のようになった老メイドたちに、むしろ感情移入しつつ読んでしまう節がありました;;
多かれ少なかれ後付けの判断もあるでしょうが、身分の差とは“そういうもの”だった時代にあって、社会の価値観に甘んじることなく、人の尊厳を根本から見つめていたようなところのある女の子なんです。 それって知識欲が強く、本好きだった彼女が読書によって培った性質だったのかなと考えたり。 上流階級の人たちは、まさにそのワーキングクラスの知的覚醒を恐れていたんだよね。
そんな女の子だった分、時間によって磨滅されない想いも人一倍あるようで、語り口は些か辛辣なんてすが、飾り気なくサバサバしているので全く不快ではありません。 雇い主や他の使用人仲間に対する鋭い観察も、また、そのような認識を持つ自身に対する冷静な分析も、心の在り様の根拠として率直に示されているのが清々しい。 ただ、そんな彼女さえ、彼女だから、無知ゆえの恐怖心こそが、道を踏み外さないための抑止力になっていたと述懐する辺りがなんとも切ない。
青春期には、短期、長期合わせて9ヶ所(かな?)の住み込みの仕事先を渡り歩くのですが、さながら上流家庭9景といった趣き。 主人や女主人の性質や性癖、使用人同士の諍いや反目など、ちょっとしたウィットも織り交ぜながら語られていて、虚栄や欺瞞、怒りや嫉妬など、マイナスオーラを発散するシビアな局面も、陰気な気分にならずに読めるのが美点。 コメディ・ドラマもかくやというような似非コックのムッシュー・レオンの話がお気に入り^^ 多少は盛ってるんだろうけど、ホントにこんなことが・・と思い出すたびクスクス笑いが止まらない。 あと、ハンサムの反対語の“バスの後ろみたいな顔”っていう表現がジワジワ来るんだよね^^;
使用人の種類とその序列をざっくりと理解できたのも収穫。 キッチンメイドは、家の中で一番下っ端の仕事を引き受ける最低ランクのメイドであるらしく、一方、同じ担当部門の言ってみれば上司のような関係にあるコックはといえば、女使用人中トップクラスで一目置かれる存在なのだから、キッチンメイドからコックへのステップアップが如何に大きな転身だったかが偲ばれるというもの。
黒のウールやプリント地のワンピースにメイドキャップやギャザーのエプロン、黒いストッキングと黒い靴・・ マーガレットが隷従の象徴のように嫌悪していたコスチュームも、耽美でガーリーなカワイイ素材として消費され、彼女たちが舐めた辛酸は遠くなりにけり・・な当今は、それはそれで有難いわけですが、現在に続く歴史上に間違いなく存在した過去として、等身大のメイドの姿を忘れないでいたいと思いました。


英国メイド マーガレットの回想
マーガレット パウエル
河出書房新社 2011-12 (単行本)
関連作品いろいろ

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Self‐Reference ENGINE / 円城塔
全ての可能な文字列。全ての本はその中に含まれている。
しかしとても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかるという保証は全くのところ存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在しているように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。
処女作の冒頭の文章として、カッコいくて痺れる。 勝手に決意表明に違いないと妄想している。 それでも書くぞ!という。 これ、“文字列”“活字の並び”を“数式”に、“本”を“宇宙”“真理”に(逆の方がいいかも?)置き換えたら、理論物理学者たちの声まで被さって聞こえてくる気がして胸熱・・
“イベント”が起こり、時間が壊れて無数の宇宙に分裂してしまった、その様々な宇宙の様々な時間を過ごす人間と巨大知性体たちの話が連作短篇としてランダムに綴られている・・と考えたらいいでしょうか。 独立した短篇として非常に際立ちつつ、そして、当然ながら因果律も機能せず、流れというものがない世界の話なので、長篇としての一般的な体裁もあってないようなものなのに、でも不思議と長篇なんです・・やっぱり。
知識と夢想力の調和が素晴らしいSF。 サイエンスの尻尾をスペキュラティヴの頭が咥えているような・・と言ったら円城さんは気を悪くするかな。 小説の目指していたものは円環ではなく、あくまでも階層だったような気がしたので。 外側にはその外側があり、内側にはその内側があり・・というように。 閉じてないというか。 無限を諦めてないというか。
砕ける以前の時空を取り戻すための戦いはとても不毛に映るんだけど、これを不毛と言ってしまったら身も蓋もないんだよね・・ 未来も過去もぐちゃくちゃな中でさえ、“前に”進もうとする意志は美しくて尊くて、刹那と呼ぶに相応しいキラキラした輝きを放っていてキュンとなる。
ごく当たり前に考えて、人間が宇宙の構成要素の一部である以上、全体である宇宙を繙けないのは自明(だと思うの)だけど、真理を追い求め続けずにはいられない限りある存在へのオマージュというか、限りある知性への賛歌、応援歌だったようにも思えたんです。 そこには詩情とさえいえるほどのロマンが溢れていて・・愛おしかった。 でも、どうだろう。 それら全てを鳥瞰するような冷ややかさも紛れていたのだろうか・・と、ほら。 階層構造にすっかり感化されてる^^;
全体としては、自己言及のパラドックスものを壮大無比にやらかした思考実験風で、イカレ具合はちょっとバカSF的でもあり、理屈っぽいところなどは本格ミステリに通ずる何かを感じるし、やばいくらい好みでした。 惚れました。 入れ子式に思考が入り組んでいて、真理の反転が続々と起こったり、普遍的な相同性をみせたり・・ その揺さぶりの激しさに攪乱されて悪酔いしそうなのが快感です。
アイデアが、イマジネーションが、なんかもう、使い捨てレベルで惜しげもなく注ぎ込まれている細部がまた楽しくて楽しくて。 律儀にふざけている感じはなんなのこれw 特にディスコミュニケーションが誘発する低体温なユーモアのセンスにドツボり。 まだちょっと荒削りな初々しさも堪らんかった。

<後日付記>
フィリップ・K・ディック賞特別賞おめでとうございます! 巨大亭八丁堀のセンスはわかってもらえないんだろうなぁ。 そこが残念で仕方ない。


Self‐Reference ENGINE
円城 塔
早川書房 2010-02-10 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★★
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