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死者を起こせ / フレッド・ヴァルガス
死者を起こせ
フレッド・ヴァルガス
東京創元社 2002-06
(文庫)


[藤田真利子 訳] パリの小さな通りに建つ年代もののボロ館に住み着き、共同生活を送ることになった三人の若き貧乏歴史学者を探偵役にしたフレンチミステリのシリーズ一作目。 原作は1995年刊行。
中世専門のマルクは妻に逃げられ、もっか完全失業中、第一次大戦専門のリュシアンはカトリック学校のしがない非常勤アルバイト、先史時代専門のマティアスはご近所のレストランでウエイターのアルバイトを始めることに。
マルクの伯父で元刑事の肩書きを持つもう一人の同居人ヴァンドスレールは、福音書の三聖人に喩えてマルクを“マルコ”、リュシアンを“ルカ”、マティアスを“マタイ”の愛称で呼んでいる。
彼らはそれぞれ自分の研究分野に拘りとプライドを持っていて、学者特有の浮世離れしたエキセントリックさもあり、“三頭立ての馬車”は、なかなか統制が取れず、予測不可能の動きをするのだが、ヴァンドスレールが持ち前の鋭い観察眼を発揮して、さながら御者の役割で三聖人の手綱を握りつつ、物語が転がる感じ。
そして徐々に三者三様の長所が光り始める。 何気に四人とも(違うタイプの)イケメンなので、世界観がグッと匂い立ってしまう。 まぁ、パリというだけでみすぼらしくてもオシャレ感滲み出ちゃうんだよね。
作者のヴァルガスは中世を専門とする考古学者の顔も持つそう。 歴史的夢想と現在進行形の怪事件の思索とが行きつ戻りつ織りなされる女性らしい繊細でエレガントな筆致は、面目躍如たるもの。 三つの時代の史学に託けた比喩表現で、生き生きとユーモラスに会話や思考を組み立てる腕前が見事すぎる。
高学歴ゆえに望む職につけない世相のジレンマを風刺画として託されたかのような“クソ溜めにはまりこんだ”三聖人ではあるのだが、ヴァルガスはミステリに社会的メッセージ性は不要との持論を持ち、束の間の息抜きや楽しみを提供したい派に組みする作家のようだ。
魅惑的な謎の提示、二転三転するプロット、キャラ造型の巧みさ、深い洞察力から練り上げられたユーモアのセンスで楽しませてくれた一冊だった。 個人的には、融通の効かないイケメン専門バカの三人がワチャワチャしている図が善きかな・・なのでありました。
解説によると、原文は自由間接話法を使ったモダンな文体なのかもしれず、その辺のニュアンスが日本語ではわかりづらいのが残念。 でもそこはかとなく詩的な雰囲気が漂うのは確か。
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ノックス・マシン / 法月綸太郎
奇想SFの中短篇、四話収録されています。 メタ因子の隠れた役割りを意識させられるような複数次元的な物語ばかりです。 量子力学風のテンション全開なんでビビったけど、ちんぷんかんぷんなところは、適当にフンフン読むのが良かれと思います^^; 基本は黄金期探偵小説の薀蓄ものなので楽しかった。
ロナルド・ノックスとS・S・ヴァン・ダインが、推理小説を書く上でのルールとしてそれぞれ書き遺した“ノックスの十戒”と“ヴァン・ダインの二十則”。 これ、ヴァン・ダインの方は、パラノイアックなくらい燗を立てて、ノックスの方はニヤニヤしながら書いてそうな雰囲気が、箇条書きを読むだけて伝わってくるから面白い。
で、一話目の「ノックス・マシン」は、“ノックスの十戒”の中でも一際浮いている第五項、“中国人を登場させてはならない”に着目し、ノックスが何故この唐突で不自然な一項を盛り込んだのか、という謎に迫る文学史ミステリ。 オーソドックスな時間SFの趣向で捌いています。
最終話の「論理蒸発」はその続篇で、今度は、エラリー・クイーンが国名シリーズの中で「シャム双子の謎」にだけ“読者への挑戦状”を挿入しなかった理由を解明しますが、これはもうバカSF級。 クッソむずい論理に喩えて導かれる遠大なナンセンスの境地。
でもアレです。 こんな未来は文字文化にとってディストピアだわー。 本の電子化にさしたる抵抗はないけど、人間よりどんなに巧くてもコンピュータ文学なんていらねー。 下手でも人間の書いたものが読みたいもの。 って発想がそもそも既存の価値観に縛られてるのかしら;; 自分がこの未来にいたらアレクサンドリア・カルテットに加担してそう。 いや、こっそり応援するくらいだろうけど、せいぜい。
三話目の「バベルの牢獄」だけ、古典ミステリ秘話から離れた作品。 一番ロジカル指向だったかな・・ わからないなりにわかる気がするところとか、初期の円城塔さん読んでるみたいだった。 超訳すると、紙媒体の書物と日本語へのオマージュって感じで、ラストの甘酸っぱい微かな郷愁と清々しさが秀逸です。
一番好きだったのが二話目の「引き立て役倶楽部の陰謀」。 唯一、未来ではなく過去、過去と言ってもヴァーチャル過去の話で、黄金期の探偵君子を支えた助手たちが集まって、クリスティ論を闘わせるというマニア垂涎の楽屋ネタもの。 クリスティ失踪事件の真相秘話でもあり、「カーテン」の誕生秘話でもあり、「アクロイド殺し」のパロディにもなってた・・よね? 二割程度もついていけたと思ってないけど、それでも面白いのだから驚異。 殺人事件のオチ(?)がなんたる至芸! 最後のタウンゼントとバンターの遣り取りが叙述トリックの技法への目配せになってるという。 それと登場人物たちを、あくまで「クリスティから見た」属性として依怙贔屓的に歪めて描いている分析力が素晴らしく、「クリスティの未発表原稿」という体裁を強かに裏打ちしています。 拍手!


ノックス・マシン
法月 綸太郎
角川書店(角川グループパブリッシング) 2013-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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トリストラム・シャンディ / ロレンス・スターン
[朱牟田夏雄 訳] 刊行されたのは18世紀のイギリス。 “奇書”として名高く、日本では夏目漱石の「吾輩は猫である」に影響を与えたことでも知られる作品。
意識の自由と無力を主題とした始めての小説といわれる古典です。 人間の実生活を物語化することの不可能性が示唆されている(小説の矛盾を暴露している)などとも言われています。 プレモダンの時代に超然とポストモダンやっちゃってるような奇天烈さです。 その全9巻を合本したもの。 因みに未完。 思弁小説の嚆矢という感じでもありましょうか。 ここまで迂遠でいいものなのか。 これ、ぶっ通しで読めた人、変態だと思う・・
本筋はトリストラム・シャンディ氏なる田舎紳士の来歴(自伝)ということでいいのか? 一応は全てそこに繋がる遠因を書きたいんだと思うのだけど、 “卵より”語り始めて紆余曲折、時系列を崩壊させ、混線させ、逸脱三昧。 3巻目でやっと誕生したかと思ったら、その影も薄く、6巻目の早々、幼少期ですっぽかされちゃって、それっきり戻って来なかった。
語り手トリストラム(本の著者という体裁でもある)の気まぐれな思考、それこそ本人にしかわからないような類推や連想が導く隘路を、読者はおろおろ進まされる感覚なので、見失わず、迷子にならず読み熟そうなんて野心は序盤で放棄しました。 ある意味、物語の秩序がぶっ壊されてることが存在意義みたいなものなのだから、まぁいいんだろうな、こんな反応で・・と慰めてみる。
物語られる対象人物の中心は、トリストラムの父であるウォルターと、叔父のトウビー(ということになってしまっているw)。 哲学オタクのウォルターと、戦術オタクのトウビーは、現実から乖離した脳内ユートピアに自生しているような実用不向き体質の“シャンディ精神”が共通項。 情熱は時に正しい認識の欠乏を招くの構図で、自分流儀に取り憑かれた挙句の性懲りも無い喜劇的挫折が繰り返されるんだけど、究極的にはスターンの頭の中に生きているトリストラムという(シャンディ精神を引き継いだ)語り手が、自伝を書こうとしても遅々として進まず、その方向性を全力で間違えている間に着々と歳をとっていく状況へと引き移されていて、未完というオチが最大の皮肉になっていると言えなくもないです。
でも、終盤になるとトリストラムとスターンの渾然一体化が起こってきて、このメタ的な揺さぶりが皮肉や諷刺だけでは片付けられない遣る瀬無さを醸し出すというか。 読み終わった時、なんの達成感もないという実りのなさが、最後まで飄軽とした筆致の奥に漠としたペーソスを漂わせているようで、不意に梯子を外されたような感覚に襲われて、ざわざわと心が乱れてしまう。 こういう決着になることをスターンは見越していたんだよね?!
全体の雰囲気は下ネタとペダンティズムの混合物みたいな感じで、表現が婉曲すぎて言外の意味がわからないという致命的な難点を差し引いても、かなりクスクス読めた。 隠語の暴走や嫌味な知識のひけらかしを自分でやって自分で愚弄してるみたいなところがあるし、同時代の知識人が戯画化されて槍玉にあげられてもいるらしい。 でも、ホガース(挿絵を描いてます!)や、デイヴィッド・ガリック(イギリス18世紀最大の俳優)など愛読者には優しい^^ 自分にわかる限りでは、カトリックに対する当てこすりが痛烈でコワイよぉ〜。 凄いね、昔の人は;; いや、スターンがやんちゃ坊主と言うべきか。
エピソードの多くは、頭の中での仕分けや順序立てや再構築が必要なので(逆にやろうと思えばそれが出来るのだ)、消耗を余儀無くされるんだけど、独立して楽しめる挿話もあるから息抜きができる。 トリム伍長がトウビーを励まそうと語り始めた“ボヘミア王とその七つの城の物語”のように、出だし数行で横道に逸れて雲散霧消しちゃっうような挿話(反挿話?)もそれはそれで笑えるんだけど、スターンが創造したドイツの学者、スラウケンベルギウス作の「スラウケンベルギウスの物語」の中の一挿話というのが面白かった。 ここでも好奇心からの妄想や自己流の論理に邁進する人が滑稽に描かれていて何気に主題が深化されていたり、スラウケンベルギウスに傾倒しているウォルターが、ことにこの挿話を好んだ一石二鳥の理由ってのがふるってたり、歴史秘話にもなってたり、なんたって隠喩の扱い方か巧み♪
ヨリック牧師が魅力的だっただけに、もっとエピソードが読みたかったな。 この人の説教原稿がまんま作中作になっていて、この箇所は牧師たるスターンの本気が出ていて読み応えがありました。 実際、スターンは“ヨリック著”で説教集を出版してるんだって。 お気に召せば「ヨリック説教集」がシャンディ家にいっぱいあるとか宣伝しちゃってるし^^;
四十巻という言葉が作中に一回だけ出てくる。 年に2冊ずつ二十年という目標があったのかな・・ 健康が悪化するまでは。 読んでいてスターン自身が飽きてるとは最後まで思わなかった。 意気揚々と粋狂を貫き通したシャンディ流があっぱれ。


トリストラム・シャンディ 上
ロレンス スターン
岩波書店 1969-08〜10 (文庫)
関連作品いろいろ
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どこかにある猫の国 / アンソロジー
[珠玉の名作アンソロジー5] 少女漫画家14名による「猫まんが」の集大成。 なんと豪華な執筆陣!
全体的に不思議ブレンドな雰囲気でした。 江戸もの、近代もの、英国風、ほんのり和風、シリアス、メルヘン、ギャグ路線、ショートショート風などなど、テイストやジャンルが様々取り混ぜられていて、それぞれに猫と人の距離感がふんわりと優しくて。 癒しの一冊、猫づくしの一冊
安定の胸キュンもの、切ない系がヴァリエーション豊富で楽しめました、というか泣かされました(´ー`) 猫さんが頭撫で撫でされてるワンカットだけで、うるっとさせられちゃう。 どの作家さんもキュン死のツボを完璧にわきまえておられて、なごなごの描写が上手いのだよねぇ。
涙目でいじいじイジケてるレオくんの姿が悶絶級に可愛くて可愛くて! 猫がしゃべる系のお話なのだけど、コレはファンタジーではなく、猫のリアルな心の声が再現されている感じで、飼い主さんと愛猫だけに通じる以心伝心の世界がユーモラスに会話化されていたのだと思う。 レオくん・・ 全部読みたい

収録作品
灰色の貴婦人 / 波津彬子
夕暮れバス / 岩館真理子
お外に出して(レオくん) / 萩尾望都
ルーディのキス(港町猫町) / 奈々巻かなこ
踊り火 跳ね提灯 / 幼枕 / 奈知未佐子
赤い髪(横浜迷宮) / よしまさこ
金魚の旅(さよならキャラバン) / 草間さかえ
猫のみた夢 / 神坂智子
黒猫が・・・見てる / 西炯子
勇者と風呂と夢ねずみ(猫mix幻奇譚とらじ) / 田村由美
さゆり1 / さゆり2(ヨタ話) / 新井理恵
鈴ちゃんの猫 / 桜小路かのこ
チュチュ太郎の場合 / さいとうちほ
ひみつのグ印観光公司 / グレゴリ青山


どこかにある猫の国
 − 珠玉の名作アンソロジー 5 −

アンソロジー
小学館 2013-06
(文庫)

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