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注文の多い注文書 / 小川洋子 & クラフト・エヴィング商會
9年がかりで完成(熟成?)させたという小川洋子さんとクラフト・エヴィング商會さんによるコラボ短篇集。 小川さんが創り出す冷たくフェティッシュな空間と、クラフト・エヴィング商會さんが魅せる粋な“魔法”とが有機的に作用し合っていて、企画先行感を抱かせない質の良さ。
“ないもの、あります”を謳い文句に、東京の片隅の、引き出しの奥のような街区にひっそり店を構えるクラフト・エヴィング商會が、5人のお客の所望する不思議の品々を探し出す5つの物語。
これ則ち、小川さん(注文者)がお題を出し、クラフト・エヴィング商會さん(納品者)がレスポンスする趣向なんですね。 と、巻末の対談を読んでびっくり。 そう単純ではないと思ったので。 物語が流れるようだったし、連携が見事で化学反応がしっかり起こっているから、てっきりブレーンストーミングの賜物だろうと、本編を読み終える頃には確信してただけに・・ あ、でも待って。 “対談”さえ字義通り信用していいものかわかったもんじゃないですよ。 読者を煙に巻く、その念の入れようといったら職人芸なんだから。 神妙な顔してどこまで悪ノリしてるのか見極めたくもなるけど、ここはもう、著者たちの意のままに虚と実の狭間をフワフワ遊歩させていただくのが良きかなと思ったわ。
5つの既存の小説を源泉に小川さんの想像の中に育った5つの品々が妖しく美しく揺らめきます。 小川さんとヴィアンの「うたかたの日々」って、わたしの中では、もう切り離せなくなってる。 本編でも「肺に咲く睡蓮」のベースになってるし、川端康成の「たんぽぽ」をベースにした「人体欠視症の治療薬」でもオマージュらしき含意が窺える。
サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」を踏まえた「バナナフィッシュの耳石」も結構好きで、これは、クラフト・エヴィング商會さんの不意を衝く着眼がキラリ。 村上春樹さんの「貧乏な叔母さんの話」を踏まえている「貧乏な叔母さん」は、時空仕掛けの感動作で、一番まとまりがよかった気がする。
最も好みだったのは「冥途の落丁」。 小川さんとクラフト・エヴィング商會さんと、百けんの「冥途」までもが響き合っています。 というよりむしろ、いつの間にか「冥途」に物語空間を乗っ取られている感覚がザワッと怖い。 百けんが行間の向こうに降臨してるみたいな不気味さが出色。


注文の多い注文書
小川洋子 & クラフト・エヴィング商會
筑摩書房 2014-01 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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遁走状態 / ブライアン・エヴンソン
[柴田元幸 訳] 世界を秩序づくる境界の危うさ、私という存在の不確かさの裂け目に嵌り込んでもがく等身大の人々をビビッドに描いた2009年発表の短編集、の全訳です。 ブライアン・エヴンソン・・微かに聞き覚えのある響きと思ったら「へべはジャリを殺す」の人だった・・orz どうだろう、気づいてたら手に取ってなかったかも。 作家という括りでバイアスをかけちゃいけないと反省。 恐る恐る読んでみたら、どうしよう、頗る好みだった。
イケナい領域へ誘う危険すぎる異端的ヴィジョン、自分の神経が鳴らす警報を聞く思いなのは変わらずだけど、19篇の短篇はまさにフーガのようで、自ずと楽想としての色調が表れてくるから、あの「へべはジャリを殺す」で味わったみたいな掴みどころのないヤバさへの拒否反応が起こらなかった。 あぁ、でもなまじ入っていけてしまう分、怖い・・ 柴田元幸さんの解説によると、初期の頃の暴力性が背後へ退き、最近の作品はストーリー性、寓話性が強まっているそうで、なるほど納得。
裏表紙の“醒めた悪夢”という言葉がぴったり。 自分もやはりポーを連想したなぁ。 バッドトリップのバージョンは確実にアップしてるけど、狂気の中の怜悧さが醸し出す緊張感、悶々とした切迫感に心乱され、取り憑かれそうな辺りが。 不気味さと痛みと苦い笑いのグロテスクなブレンドなのに得体の知れない純度を感じる。 ほとんど特殊な設定への説明がなされないままのストーリー。 どこかが組み替えられてしまったような、似て非なるもう一つの場所の出来事のようで、でも、特別感のなさが妙にリアル。
(あくまで常識サイドから見た時の)自我が崩壊した、しつつある人々、尋常でない精神状態に置かれた人々、過敏な人々、ちょっと変わった人々が見ている景色は、位相を変えたこの世界の景色なのだという真実、この世界というのは、自分に見えているものと他人に見えているものとが同じだと信仰することで成り立っているんだなぁと意識し、その頼りなさに不意を衝かれ動揺してしまう。
SFめく気配の中で繰り広げられる一人称の超絶ぶりに魂を抜かれそうだった表題作「遁走状態」が圧巻。 周囲と自己の双方に対する違和が錯綜し、周囲も自己も五感で知覚できる速さを遥かに超えて刻一刻と遁走していく物語は、例えが変かもしれないがキュビズム動画(?)でも見ているみたいな・・ 感じるべきではないものを感じている心地にさせられた。 でも悲しいほど切実なんだよなぁ。
「マダー・タング」が堪らなく好き。 滑稽を装いつつ泣かせやがって小面憎い。 こういうのに弱いのだわ。 「年下」と「テントのなかの姉妹」は表裏一体ではなかったろうかと、ふと思ってしまった。 妹を護るため、“ほんとうの世界が与えてくれるより、もっと生々しくもっと捉えがたいものがたくさんある世界”を許すものかと思い定め、ガラスのように透明になっていく姉の苦闘が沁みた。
コズミック・ホラーというのか、どこか叙事詩的な風合いを持つ「さまよう」や、精神分裂的な強迫観念が悪魔がかって赤裸々だった「第三の要素」や、生から死への移行を醜怪さと荘厳さの中に際立たせた「チロルのバウアー」や、大人が読むおとぎ話のように冷んやりと官能的でシュールな「見えない箱」や、ぱっくり空いた“哲学的パラドックス学”の円環の中に閉じ込められる「アルフォンス・カイラーズ」など、特に気に入った作品を挙げるにも迷うほど好み揃い。


遁走状態
ブライアン エヴンソン
新潮社 2014-02 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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なんらかの事情 / 岸本佐知子
文藝雑誌“ちくま”の連載をまとめた第二弾。 「ねにもつタイプ」の続編です。 エッセイ集・・というよりエッセイ風掌篇集の趣きは健在で、前回の炸裂感は影を潜めたものの、奇妙な味? ナノ文学? そっち系のハイセンスな才能が、匠の域に迫っていたのではないかとお見受けします。
途中までは、一生ついていきます!お師匠様! って気分でお供をするんだけど、さようなら〜と後ろ姿を見送る分岐点が・・ ふふ、やみつき。 特に後半は常人の到達し得ないアナザーワールドへ旅立たれておられました。
でも、ヤバいというよりは、作者のヤバがらせる芸を愉しんでいるに近いような意識、あるいは、変人度の高い人の粋狂的遍歴、なんでもないことに面白どころを見つけてツッコミを入れる比類なき感性とそこから広がりゆく妄想力・・といったような無駄な思考の贅沢さを賞翫しつつ読んでいると、ふっと足元を掬われてドキっとする瞬間がある。 社会の裂け目から顔を覗かせる不明瞭な日常感覚の中に潜む何かを、真実の一片の影として的確に掬い上げているからなんだろうか。
主観に落ち込んだトリビアルな物事の、極めてフェティッシュな視点の考察でありながら、秘密の扉を開いてくれたような共感を抱かずにはいられないし、心に応える奇妙な衝撃がある。 嗜好品のようにクセになる味わいです。
間が持たない気がしてついつい入れてしまった飾りについてや、五十音界の勢力図や、古いカーナビの感情分析や、それだけを凝視しているとありふれた物や言葉や身体の部位が珍奇に見えてくる不思議や、もはやショートショート作品として完成されてる「ハッピー・ニュー・イヤー」「遺言状」「選ばれし者」などなど、どの話が好きってしぼれないくらいみんなよかったけど、むしろ掌篇同士の相乗効果というのか、馴染みのある日常がグラっと傾ぐ酩酊感がそこはかとなく、(クラフト・エヴィング商會さんの挿絵も含めて)全体の醸し出す品質の調和が素晴らしい。


なんらかの事情
岸本 佐知子
筑摩書房 2012-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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ポーに捧げる20の物語 / アンソロジー
[スチュアート・M・カミンスキー 編] エドガー・アラン・ポー生誕200周年を記念して2009年に編纂されたオマージュ・アンソロジー。 主にアメリカを代表する、エドガー賞受賞者、ないしその周辺の作家20人による競演。
編者は“ポー自身、あるいは彼の作品がストーリーの中心になくてはならない”ことに重きを置いたとのこと、どこがポー? みたいな飛躍系はなかったように思います。 多少は読んでる程度の自分も疎外されませんでしたし、逆に愛好家を擽る仕掛けも存分に混ぜ込まれていたのだろうと想像します。
ポーのエッセンスを現代の主流ミステリに織り込んだ多彩なアレンジであると同時に、ポーがどのように需要されているか体感できるような作品が多かった気がする。 ポーに託つけて手に取ったけど、普段は読まないタイプだなぁ。 ホックとラヴゼイ以外、お初の作家さんでした。
「ネヴァーモア」が良かった。 「大鴉」と共鳴するラストが白眉。 虚空がぽっかり見えてしまった数瞬の、あまりに不毛な、深い戦慄的認識に打たれた。 最晩年の詩「夢の夢」と「アナベル・リー」を青春前期小説の輝きの中に蘇生させた「チャレンジャー」も名篇。 「黒猫」を変奏させた心理ホラー「エミリーの時代」の、ひんやりエロティックな恐怖も美味でした。
一方、ゴシックや幻想風味の作品が意外に少ない中で、自分好みのポーらしさを発散してくれていたのが「音をたてる歯」で、狂気と正気の二面性が、一つ魂の中でスパークしている感じが、ポーの精神とニアミスしているようで粟立ちを覚えた。
ユーモアとウィットで価値観の相違を料理した「父祖の肖像」も良作。 これ、エドガー賞受賞者に贈られるポーの胸像(ちょっと珍妙なシロモノw)をネタにしたアプローチというのもユニーク。
「イズラフェル」「ウィリアム・アラン・ウィルソン」「ポー・コレクター」「夜の放浪者」「春の月見」といった、媒体は様々だけど“商品としてのポー”を浮き彫りにする一連群、逆に“心で味わうポー”を打ち出した感動作「ポーとジョーとぼく」、また、ポーの死際をめぐる文学史秘話風味の「世にも恐ろしい物語」や、もしポーが現代に生きていたら・・という改変もの「モルグ街のノワール」「奈落の底」や、現代バージョンとして原作をかなり忠実にリメイクしている「キャッスル・アイランドの酒樽」「告げ口ペースメーカー」などなど、ヴァリエーションを楽しみました。

<収録作品>
イズラフェル / ダグ・アリン(三角和代 訳)
黄金虫 / マイケル・A・ブラック(横山啓明 訳)
ウィリアム・アラン・ウィルソン / ジョン・L・ブリーン(満園真木 訳)
告げ口ごろごろ / メアリ・ヒギンズ・クラーク(宇佐川晶子 訳)
ネヴァーモア / トマス・H・クック(高山真由美 訳)
エミリーの時代 / ドロシー・ソールズベリ・デイヴィス(茅律子 訳)
キャッスル・アイランドの酒樽 / ブレンダン・デュボイズ(三角和代 訳)
ベル / ジェイムズ・W・ホール(延原泰子 訳)
父祖の肖像 / ジェレマイア・ヒーリイ(菊地よしみ 訳)
ポー・コレクター / エドワード・D・ホック(嵯峨静江 訳)
夜の放浪者 / ルパート・ホームズ(仁木めぐみ 訳)
音をたてる歯 / スチュアート・M・カミンスキー(三浦玲子 訳)
奈落の底 / ポール・ルバイン(服部理佳 訳)
世にも恐ろしい物語 / ピーター・ラヴゼイ(山本やよい 訳)
ポー、ポー、ポー / ジョン・ラッツ(延原泰子 訳)
告げ口ペースメーカー / P・J・パリッシュ(三浦玲子 訳)
春の月見 / S・J・ローザン(直良和美 訳)
チャレンジャー / ダニエル・スタシャワー(日暮雅通 訳)
ポーとジョーとぼく / ドン・ウィンズロウ(東江一紀 訳)
モルグ街のノワール / アンジェラ・ゼーマン(高山真由美 訳)


ポーに捧げる20の物語
アンソロジー
早川書房 2009-12 (新書)
関連作品いろいろ

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密室蒐集家 / 大山誠一郎
密室難事件が起こると、どこからともなくやってきて快刀乱麻の推理を披露すると、どこへともなく去っていく謎の人物、“密室蒐集家”。
戦前から現代まで、異なる時代の五つの短篇に変わらぬ容姿(30歳前後のスマートな紳士)で登場する神出鬼没の時間旅行者は、特に警察関係者の間では都市伝説のように半信半疑に囁かれ続けている異形の名探偵。 まるでミステリ国の民話みたいな一掬の風味も感じられるのですが、“密室蒐集家”とは、いや、まさに密室の精霊なのですね。
密室パズラー集ってことで、流石にマニアック過ぎて食傷するかなーと心配したがそんなことはなかった。 実は、ケレンたっぷりなド派手なのを想像してたんだけど、何この健全な空気・・全然違かった^^; 衒学や美文や猟奇など雰囲気づくり的な舞台美術一切なしの、清々しいまでにプレーンな推理志向と、日常という揺るぎのない地面への密着度。 そこへ一点、“密室蒐集家”というレジェンドが華を添え、推理ロマンを掻き立てる・・ 得難い美風薫る連作ミステリです。
素人でも尻尾を捕まえられそうな気にさせてくれる参加型チックな誘いかけが巧いと思う。 平明な文章も貢献してるでしょうか。 釣られて柄にもなく謎解きにのめり込んでしまいました。 普段は完全な傍観者なのに。 発想も、それを活かした一捻りあるプロットも一級品ですが、論理の美しさを尊重し細かいことは突っ込まない・・みたいな暗黙裡のお約束の上に成り立つワンダーランドなので、そんな肩の凝るようなタイプではないように思うんだよなー。 だって自分がこんなに楽しめるんだから。 あくまで華麗なる推理譚の不可侵性を愛でるという意味で、醍醐味を感得できる作品ではないだろうか。
特に、密室を作らなければならなかった理由に唸った「理由ありの密室」が好き。 あと「少年と少女の密室」は、1953年という背景と共鳴するのか堪らん叙情があったなぁ。


密室蒐集家
大山 誠一郎
原書房 2012-10 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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壁抜け男 / マルセル・エイメ
壁抜け男
マルセル エイメ
角川書店 2000-07
(文庫)
★★★

[長島良三 訳] 本編は、同名の短篇集(1943年刊の原書)の全訳ではなく、日本独自の選集のようですね。 早川書房からも“異色作家短篇集”の一冊として「壁抜け男」が出版されていますが、本編とは収録内容が若干違います。 因みにあちらも日本独自の選集らしい。
五篇収められています。 なんで五篇ぽっきり? ってブー垂れたくなるくらい粒揃い。 弱者に対する滋味深い眼差しのせいでしょうか。 自分はふとロバート・トゥーイを連想しました。 優しさと悲哀と苦味の配合になんとも近しいものを感じて。 エイメの方がずっとストレートで、少しばかり優しさ成分が多めではありますけども。
パリのモンマルトル(大改造から取り残された田舎っぽい庶民派の区域だったらしい)とその近郊が舞台。 つづまやかな生活を送る冴えない人々にスポットが当てられています。 二十世紀前半の、これはエコール・ド・パリの頃? 貧乏芸術家が時々出て来たりするけど、エイメ自身が芸術家はだしなんじゃないかと思いました。 見たままの現実を普遍的な真理として象徴化する一流のセンスを目の当たりにするにつけ。
壁を通り抜けたり、同時に複数の場所に存在したり、一日おきに生死を繰り返したり。 特異体質を持った主人公たちが脈絡なく登場する突飛な発端も、読者に疑問の隙さえ与えることなく軽々と日常ベースに捻じ込んでいく、地に足の着いた堅実さが保たれています。 設定は荒唐無稽でナンセンスでも、彼らの行動原理には否応無く人間味が滲み、幸福と不幸、欲望と良心の間で振り子の針が揺れ動く心模様は、他人事に思えない共感を響かせます。
思うに、宗教と社会の矛盾で心を擦り減らした人々の不条理を寓話化し、倫理や道徳の本質を静かに問うているのではないか・・と。 いや、こういうむず痒いことを書くとせっかくの物語が台無しになってしまうかもしれない。 言葉に綾をつけるスマートな皮肉が痛快で、努力の気配も残さず颯爽としている佇まいは、粋なショートショート(実際には普通の短篇ほどの長さにしても)を読むような妙趣があります。
ラストの展開が珠玉の輝きを放つ「七里のブーツ」が格別でした。 精神の闘争がまるで人類の縮図ででもあるかのようだった「サビーヌたち」も忘れ難いし・・全篇好きです。
人は人としてのくびきをつけて生きていかなければならない事情から生まれる悲喜劇を、物語のシンプルな力強さの中に響かせ、救済の可能性を排除しない温かさで包み込んだロマンティックアイロニーの傑作。
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犬とハモニカ / 江國香織
企画ものアンソロジーなどで既に書籍化されている数篇を含む六篇を収めた短篇集。 他者との間に介在する絶望的に越えられない境界を大事なものとして描いているようなイメージだったかなぁ。 漠然となんだけど。 江國さん読むの久しぶりで全篇未読でした。 どの短篇も結文の洗練が神がかってる。
さらっと読めちゃうけど、いやいや、濃いです。 一回読んだだけじゃ味わい尽くせません。 特にそれを感じたのが「ピクニック」。 全篇に共通してる(ように思える)幸せの中に混ざり込んだ不穏な手触りが一番突き刺さってくる短篇なのに、掴めそうですり抜けていくのがもどかしい。 「寝室」「おそ夏のゆうぐれ」もそのお仲間。 でも嫌じゃなかったりする。 たぶん、自分の感性では享受できない妙味だからこそ、刺激を受け、焦がれ、見つめずにはいられなくなる・・ そんな気持ちを呼び起こされてしまう。
「夕顔」は、9人の現代作家が源氏物語のリメイクに挑んだアンソロジー「源氏物語九つの変奏」に収録された作品で、それぞれの作家さんが鍾愛の帖を担当したらしい。 なんかズキズキした。 原典を穢さず、ひたすら研ぎ澄ませた結晶のような名篇。 現代語訳と言っていいくらい弄ってないです。 あえて言うなら、後始末の段をスパッとカットしたことで恋愛譚が粒立ったのは間違いないと思ったのと、恣意的な異解釈を慎重に避けながらも感度のよい瑞々しい言葉で綴られる夕顔視点の描写が江國マジックだったのかなぁ。 昂ぶる熱情とすっと醒めたような諦観との危うい均衡。 本気の恋愛遊戯という残酷さ、切なさ、儚さ。 でもそこに一瞬の真実、交感があるからこんなにも透明なのだろうか。 この短篇を読んで紫式部って凄い・・と思いました。 源氏熱が再燃してしまいそう。
表題作の「犬とハモニカ」は、優れた短篇小説に贈られる川端康成文学賞受賞作。 巧いなぁー、流石だなぁーという印象を持ちました。 成田空港の到着ロビーでの小さな人間模様なんだけど、これが素知らぬ顔した機微を醸し出すのです。 取るに足らない好感や不快感、ほんの些細なコミュニケーションやディスコミュニケーション。 人と人の生が偶然に交差し、心に刻みつけるいとまもなくほどけていく束の間の意識の断片を鮮やかに掬い取った佳品です。
「アレンテージョ」も好きでした。 これも、ヨーロッパの田舎とその土地の食をテーマにした「チーズと塩と豆と」というアンソロジーに既に編まれているようです。 この懐かしさは一体なんなんだろう。 大人が読みたい青春小説って感じだろうか。 潜在する“予感”が甘苦しくて、それでいて感傷に落ちない乾いたタフさがあって・・抱きしめたいような痛み。


犬とハモニカ
江國 香織
新潮社 2012-09 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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