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キャットフード / 森川智喜
ミステリを読む愉しみを満喫しました♪ 面白かったー。 ネコ族の中に少数の化けネコが(ミュータントみたいに)存在しているトンデモ設定なんですが、その化けネコたちが繰り広げる化かし合いが推理の土台になっています。 単行本刊行時には“名探偵三途川理と注文の多い館の殺人”という副題がついていたことからも察せられる通り、賢治の「注文の多い料理店」を踏まえたストーリー。
グルメネコは人肉がお好き!という結論に達し、食品工業ビジネスに参入した野心家化けネコのプルートは、“プルート・ミート・カンパニー”を立ち上げ、部下の化けネコと共に、宿泊施設を装った人肉ミンチのカンヅメ製造工場へ人間をおびき寄せる作戦を目論みます。 首尾よく四人の人間をおびき寄せたのですが、その中に、人間に化けて気軽なレジャーを楽しんでいた化けネコのウィリーが紛れ込んでしまう。 ネコ社会でのネコ殺しは御法度なので、プルートたちはなんとかしてウィリーが化けている人間を見極めようとし、ウィリーは愛着のある人間たちを守ってあげようと奮闘し、知恵くらべが始まります。
ハートフル・コメディではないのでお間違いなきようご注意を。 文庫解説を麻耶雄嵩さんがお書きになっていて、“コミカルで残酷、それでいて知的で逆説的なゲーム空間”と評しておられました。 実際、この喰えなさは麻耶ミスを彷彿とさせるものがあります。 ブラックジョーク通り越してクレイジーナンセンスの世界。 でも、ミステリ上のリアリティに適合し得る形式論理は頑なに保持するという手法。
基本、論理で徐々に追い詰めていく倒叙ミステリ風なんだけど、同時にそれは、着々と犯行を重ねていくプロセスでもあるという。 探偵が犯人で、犯人が探偵で互いに表裏を成す二重構造のような様相を呈していたのが、それを更にどんでん返す新機軸まで導入して畳み掛けてくる。 自分としては未だ読んだことのない斬新な“探偵像”だと感じました。
叙述風のトラップが効いてくる終盤のギアチェンジぶりもよく出来てて、実はここ、わたくし見破ってましたもので、ウィリーの数の誤認シーンはニヤっとしたんですが、二重のトラップでさらなる上をいってくれるオマケがついて大興奮。 以下、ネタバレになりますが、“探偵脳は反則に勝てない”というオチっぽい幕引きと思いきや、“ネコはネコを殺さない”というルールをトラッブでクリアさせちゃったのだと気づいた時、その、最後まで本格の名に恥じないカチコチさに唸って、そして笑ってしまった。
これ、人間として倫理的に完全アウトな三途川探偵のシリーズ一作目。 どんなぶっ飛んだサイコぶりを見せてくれるか続編に熱い眼差しを注いでしまいます。 “もぐもぐ”してたしね、してたね・・orz


キャットフード
森川 智喜
講談社 2013-09 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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北村薫のミステリー館 / アンソロジー
[北村薫 編] 謎ギャラシリーズに続く北村薫セレクトのアンソロジー。 5つの部屋に間仕切りされた館へのご招待。 “ミステリー館”とは、 “様々な小説世界を味わえる異空間”という意味で命名されたそうです。 作品選びの審美眼はもちろんなのですが、一作一作に変化を持たせ、かつ、流れるように吟味された構成には、名アンソロジストによる並々ならぬ目配りの跡が窺えて、プラスアルファのクオリティを感じます。 宮部みゆきさんとの対談形式の巻末解説付き。
それぞれに持ち味があるのだけど、特にお気に入りをいくつか。 マイベストは「犬」でした。 これ、“犬”は最初、符丁かと思って読んでたら本物なのよね。 謂わば痛烈な戯画なのだった。 疑心暗鬼が行き過ぎて滑稽の極みまで昇っちゃってるんだけど、その分、笑いの底に貼り付いた戦慄的認識に凄味が増すのである。 墓場で口笛を吹いているような怖さを秘めた洗練に痺れます。
ナンセンスだけど寓話的な奥行きのある粋な絵本「きいろとピンク」、緊張と嫌悪と哀愁に秘密めいた愉楽がつきまとう「虎紳士」、分身譚の味わいを醸した手のひらサイズの古書幻想「神かくし」もよかったなぁ。 笑いの中に文学の胚芽を内包しているような岸本エッセイも相変わらず大好物なことを確認しました。
塚本邦雄さんの二作は、どちらもタナトス的で甘美で・・ 頗る好みだった。 「契戀」は、
生けらばと 誓ふその日もなほ来ずば 邊りの雲をわれと眺めよ
という藤原良経の和歌を前提に書かれているみたい。 日本独特の“因果という不条理”的な概念が揺るぎない中核を成していて、その様式に身をゆだねながら、言葉の美しさ、心的光景の峻烈さにため息しか漏れなかった。 北村薫さんが“歌枕を使うことによって描く世界”と仰られていて、“ベタ”の肯定的表現としてそんな素敵な言い回しこそ相応しいと感服。
最も長い「滝」は、本アンソロジーのメインディシュだったかな。 物語の支配者がぶっかえるラスト・・ その奈落で底光りする鈍い毒によって示現された、社会の総和のような無自覚のポテンシャルに瞠目してしまう。 純が濁に、美が醜に、聖が俗に蹂躙される凄惨美がそれはそれはエロティックでありました。
そしてやはり、探偵小説好きとしては「フレイザー夫人の消失」と「二十三号室の謎」を推したい・・というか単なる依怙贔屓。 でもこれ、相当にレアなんじゃない? 時代の匂いを運んでくれる訳文の雰囲気もいいんだよねぇ。
母親が失踪し、娘が取り残される事件というのがあって、パリ万博の都市伝説として様々な類話が存在しているらしいんですが、「フレイザー夫人の消失」もその一つなんですね。(因みに有名なところではコオリン・マーキーの「空室」という作品もあるそうです) 探偵と助手が逆転パターンの変則趣向なんだけど、この関係が何気にオツなのですよ。 「二十三号室の謎」は安楽椅子探偵もの。 犯人は大体すぐに見当がつくのですが、“錯覚”を見越しての推理展開は端的で美しい。
掉尾を飾る「バトン・トゥワラー」では、“生命の中に潜む栄光を見つけるためのバトン”が、まるで読者に託されるかのよう。 心憎いフィナーレですね。

収録作品
【こちらからどうぞ】
きいろとピンク / ウィリアム・スタイグ(おがわえつこ 訳)
夜枕合戦 / 枕の中の行軍 / 岸本佐知子
【こわいものみたさの間】
犬 / スワヴォーミル・ムロージェク(芝田文乃 訳)
虎紳士 / ジャン・フェリー(生田耕作 訳)
クレイヴァリング教授の新発見 / パトリシア・ハイスミス(小倉多加志 訳)
息子 / オラシオ・キロガ(野替みさ子 訳)
【ミステリーの大広間】
告げ口 / ヘンリ・セシル (大西尹明 訳)
二世の契り / ヘンリイ・スレッサー(高橋泰邦 訳)
フレイザー夫人の消失 / ベイジル・トムスン(田中潤司 訳)
二十三号室の謎 / ヒュー・ペントコースト(田中潤司 訳)
わたしの本 / 緑川聖司
盗作の裏側 / 高橋克彦
【不思議な書庫】
神かくし / 出久根達郎
日本変換昔話 少量法律助言者 / 原倫太郎 & 原游
本が怒つた話 / 稲垣足穂
【ことばの密室】
契戀 / 桃夭樂 / 塚本邦雄
滝 / 奥泉光
バトン・トゥワラー / ジェーン・マーティン(村上春樹 訳)


北村薫のミステリー館
アンソロジー
新潮社 2005-09 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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アリアドネの糸 / キャロル・クレモー
[山本やよい 訳] イースト・コーストの都会型総合大学で古典学を教える準教授のアントニア・ニールセンが、大学博物館で開催される“エーゲ文明黄金展”の準備期間中に起こった展示品の盗難事件と、研究熱心な古典学科の学生アリアドネ・パパス失踪事件の謎を追うキャンパス・ミステリ。
ギリシャ神話はもとより、 “エウリピデスの戯曲の失われた断片”という古典文学的モチーフを絡めつつ、古代の遺物という考古学的エッセンスをあしらいながら展開していく眩いばかりのギリシャ・エーゲ色が魅力な作品でした。
犯人当ての鍵となるのはダイイング・メッセージ。 古典文学の大学教授たる作者クレモーの面目躍如な仕掛けと言えそうです。 言語へのこだわりが随所に織り込まれている気配はあるものの(訳者さんはご苦労くださっているのですが)いかんせん素養がないもので、その辺のニヤリポイントを悉く逃してる自信があります。
でも何よりの読みどころは、言うなれば神話を現代バージョンで書き換えた今アリアドネの物語であったということ。 古代のアリアドネと二十世紀のアリアドネが、自分の夢を叶えるための糸をどのように手繰ろうとしたか、その行動比較がテーマといっても差し支えないんじゃないかな。 女性作家が描くフェミ系なヒロイン像が印象的でもありました。
80年代前半頃のコンテンポラリーな作品なので、微妙な古さがなんとも^^; ジョーク交じりのスカした会話が日本語に変換されると浮いてしまうのは、お国柄以上に時代性というのもあるのかどうか・・ でも、この(ほとんど様式美と化した)ムズムズ感が案外と楽しめたりもしたのだった。


アリアドネの糸
キャロル クレモー
早川書房 1984-09 (新書)
山本やよいさんの訳本いろいろ

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魔女とほうきと黒い猫 / 菊地章太
この必須三点アイテムで「魔女の宅急便」を連想する日本人は多いかもしれません。 あやしげなものとして一緒くたに捨ててしまった遠い記憶の中の大切なものを懐かしむような・・ あの、愛らしく微笑ましいイメージに到達するまでの、魔女が辿った受難の歩みを顧みながら、ヨーロッパ文明の光と対をなす闇の精神史を見渡す趣向。
薄い本なので踏み込んだ学術的論考を期待するのは無理なのですが、概要を通観できるのと、古い史料の図版や絵画、絵本の挿絵などを豊富に交えた構成が眼を喜ばせてくれました。
グリムやペローの昔話をはじめ、ロシアやスラブの民話、ギリシャ神話、ドーノワ伯爵夫人の妖精物語「緑の龍」、ハイネの「精霊物語」、「ジゼル」や「ラ・シルフィード」などのバレエ演目、ジョルジュ・サンドの小説「愛の妖精」、19世紀には禁書であったという歴史家ミシュレによる「魔女」、ゲーテの「ファウスト」、北欧の神話を伝える散文「エッダ」など、文献が縦横に示され、そこに登場するホレおばさんやトルーデおばさん、バーバ・ヤガー、ヴェーディマ、ウェヌス、ヴィリス、マザー・グース、フレイアといった魔女、あるいは魔女の眷属が一望できます。
古代の母権社会から中世の父権社会へ、土地に根ざした多神信仰から一神教へ。 この境に横たわる深い溝に、魔女の成り立ちの手掛かりが探れそうでした。 キリスト教の浸透のもとで、迫害され落ちぶれていく異教の地母神に、死者の霊、禁忌を請け負った者や社会的弱者や阻害者や誘惑者、或いは教会の社会規範にとって好もしいとは限らない賢く勇敢な婦人といった否定的要素がリミックスされ、人魚の場合もそうだったけど、イメージやシンボルが重なり合いながらヴァリエーションとして連動していく伝承の形態が、羅列的記述の中から次第に浮き上がって見えてくるようでした。
旧約聖書の「イザヤ書」に登場し、夜の魔女と考えられるようになったリリト(ルーツは古代オリエントの嵐の悪魔とされる)は、遡れる一つの古い魔女像なのですが、これが「創世記」の異解釈の中に語り継がれているなんて! “アダムにはイヴの前に、男性優位の神の秩序を拒絶したもう一人の妻、リリトがいた”という・・ お恥ずかしながら全くの初耳でした。 中世に伝説化されたらしいそのシナリオが、ギリシャ神話のラミアと重なっていく辻褄や、現代ではフェミニズムのシンボルとしてリリトが復権している辺りの事情も含めて非常に興味深く読みました。
あと、印象的だったのが、異端審問と魔女狩りが決定的に結びついたのは、社会が大きく変動した宗教改革以降の中世から近世へ向かう、言わば夜明けの時代だったということ。 正統を唱える勢力の濫立によって異端の判定基準が錯綜する社会不安の中で、不寛容が蔓延し、容易に断罪できる標的として魔女がスケープゴートにされたという指摘が胸に刺さります。 人がいて社会がある限り時代を越えて問われる病理だと、現代に生きる誰もが痛感せざるを得ないでしょう。


魔女とほうきと黒い猫
菊地 章太
KADOKAWA/角川学芸出版 2014-02 (文庫)
関連作品いろいろ

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エバは猫の中 / アンソロジー
[副題:ラテンアメリカ文学アンソロジー][木村栄一 他訳] メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ、ウルグアイ、アルゼンチンといった中南米諸国(スペイン語圏)の作品から、現代作家の手になる、主として幻想的な短篇を集めた“イスパノアメリカ文学”のアンソロジー。 本書の刊行は1987年であり、ここでいう“現代”とは概ね20世紀中葉を指しています。
神秘との分かち難さを探り、魂の在り処を追求しながら、一義的なリアリズムや理解可能なコスモロジーこそ巧妙につくられた物語なのではないかと間断なく問いかけてくるような衝迫力のある作品群でした。 信仰なき時代におけるオルタナティブの模索という強いエネルギーから生命を得た様々なイメージであると同時に、昔話や神話を源流とする水脈によって潤されているような。
言葉って生きてるんだと感じさせてくれる「波と暮らして」が好きでした。 まるで散文詩みたい・・いや、散文詩なのかな? 豊穣なイマジネーションが文章の呼吸やうねりとなって振動していて、そこに身を浸すだけで滋養になります。
推理小説を想わせるような巧妙なプロットで、実体と影の曖昧さを印象づける「パウリーナの思い出に」や、もんやりした不条理と苦いユーモアが漂う「紀章」、辛辣な毒を持つ非常に隠喩的な「遊園地」、哲学命題のような思念が悩ましい「包誠による歴史」あたりも好みだし、「カナリアとペンチと三人の死者のお話」のとぼけた可笑しみと疼くような悲哀や、「閉じられたドア」のやるかたない救いも。
「羽根枕」はクラシカルな怪談ですが、同種の香りを持ちつつも、知性とユーモアによる洗練を感じさせる「アランダ司令官の手」や、チリの民話に材をとり、手の内をさらけ出さない優美さを感じさせる「薔薇の男」などは幻想怪奇譚の進化系といった趣き。 「エバは猫の中」までいくと、もはやエンタメ成分はなく、肉体と魂をめぐる死生観を見据えようとする熱い衝動の発露といった印象です。
イスパノアメリカ文学の歴史的背景に始まり、本編に収められた作家と作品を丁寧に紹介していく解説が、初心者には発掘用として有り難かったです。 膨大な歴史的資料を駆使した長編小説の書き手であるらしいムヒカ=ライネスの数々の代表作が、どれもこれもメチャメチャ濃そうで面白そうで興味津々なのだけど、あまり翻訳がないのですね。

収録作品
アランダ司令官の手 / アルフォンソ・レイエス(井尻香代子 訳)
波と暮らして / オクタビオ・パス(井上義一 訳)
犬が鳴いてないか / フアン・ルルフォ(安藤哲行 訳)
生活費 / カルロス・フェンテス(安藤哲行 訳)
カナリアとペンチと三人の死者のお話 / ホルヘ・イバルグエンゴイティア(安藤哲行 訳)
包誠による歴史 / サルバドール・エリソンド(安藤哲行 訳)
遊園地 / ホセ・エミリオ・パチェーコ(安藤哲行 訳)
ミスター・テイラー / アウグスト・モンテローソ(井上義一 訳)
エバは猫の中 / ガブリエル・ガルシア=マルケス(平田渡 訳)
イシチドリの夜 / ガブリエル・ガルシア=マルケス(平田渡 訳)
記章 / フリオ・ラモン・リベイロ(井尻香代子 訳)
薔薇の男 / マヌエル・ローハス(坂田幸子 訳)
閉じられたドア / ホセ・ドノーソ(染田恵美子 訳)
羽根枕 / オラシオ・キローガ(安藤哲行 訳)
水に浮かんだ家 / フェリスベルト・エルナンデス(平田渡 訳)
旅行者―1840年 / マヌエル・ムヒカ=ライネス(井上義一 訳)
パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレス(平田渡 訳)
追い求める男 / フリオ・コルタサル(木村栄一 訳)


エバは猫の中 −ラテンアメリカ文学アンソロジー−
アンソロジー
サンリオ 1986-12 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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天使エスメラルダ / ドン・デリーロ
[副題:9つの物語][柴田元幸 他訳] 国際的評価の高い現代アメリカ文学の巨匠デリーロのキャリアを一望するベストセレクション。 2011年刊行だそうですが、なんと初短篇集。 デリーロの主要なテーマがこの一冊の中に網羅されていると言っても過言ではないようで、いきなり大作では尻込みしてしまう(わたしのような)読者のための入門書に持ってこい・・と豪語できるほど残念ながら読みこなせていないのですが・・好きです。 好きと言わせてください。
自然の脅威、戦争、技術革新、犯罪、貧困、パニック、テロリズム、情報、資本主義経済、労働、信仰・・ 社会を象る諸相が多声的に刻印されていて、さながら現代を伝える無数の地図。 これ以外の構成では成立し得ないようなコンセプチュアルな効果をあげていて、選集ですが作品集としての完成度も高いです。
物理的な現実と人間的規模の膨張との狭間で生じる歪みに直面する個人の、内部齟齬のようなものを強く意識しました。 主人公たちはとりとめのない精神的危機に直面しているのだけど、その茫漠さや曖昧さの中に時代をあぶりだす力、あるいは世界の根本的な不安定性を、人が生きる感情の次元に落とし込み可視化して語る力・・ いや、そう容易い感じではなく、この世の実相を観念的に咀嚼した後に具現化したとでもいったらいいのか。 イメージ的鮮烈さでリアル以上に浮き彫りにされたリアルが肌感覚として響いてくるような。
触知可能な実際的事柄と、触知できない哲学的な事柄をコミットさせ、絶えずその接点の汀で潮に打たれている切迫さは、物体とその認識との間の、どんなに接近しようと重なることのできない距離のようなものだったろうか。 “今ここのもの”となった恐怖や不安の中で、どうやって生きたらいいか逡巡し、虚ろな真実を自分の信じる世界像と整合させようとする葛藤は、自我がバラバラに壊れてしまわないために必要な、人間の切実な営みに違いなかった。
緊張を途切らせるような途切らせないような、知らばっくれたユーモアの介入も、作品に独特の優美さをもたらしています。 中世を現代にリメイクしたような「天使エスメラルダ」が圧巻だったけれど、ヌーヴェルヴァーグ的香気を漂わせた「天地創造」や、肌の下にひそむ熱のようなノスタルジーが狂おしい「第三次世界大戦における人間的瞬間」が(相当に)好みです。


天使エスメラルダ −9つの物語−
ドン デリーロ
新潮社 2013-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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