巷説百物語 / 京極夏彦
人気シリーズなのに読んでなかったのです。 もっと早く手に取ればよかった〜 個人的には京極堂シリーズより好きかも。 京極堂シリーズは、“妖怪話に見せかけた怪事件の真相を暴いて解決する”という感じだけど、こちらは、“公に裁けない事件を妖怪話に見せかけて決着させる”という感じ。 どちらも人間の業や欲や煩悩の、“憑き物落とし”の物語として鏡像関係のように映らなくもない。
江戸時代の地方諸国が舞台。 仕事請負人の主人公たちが、妖怪を隠れ蓑にして大芝居を打って悪を裁く連作集。 昔の人って幽霊や妖怪を呆気なく信じ込むところがあった分、逆にそんな人々の性質を利用して、幽霊や妖怪を裏で操る一枚上手な族が案外いたんじゃないかと思う。 この作品の主人公たちもそんな族なのだけれど、小悪党といっても、彼らは弱者の味方。 極悪人には容赦ないけれど、やむにやまれぬ人の心を汲み取った台本作りが心憎い。 読者はその大芝居を客席から楽しんで、最後に用意される舞台裏の種明かしに驚嘆するという趣向。 からくりもの+仕置き人ものなので、エンディングは少し余韻を残しながらも、不条理感がなく、ほとんど痛快に着地してくれるので、読者を選ばないのではないか。 仕置き人といっても直接手を下すのではなく、悪事の裏に貼り付く後ろめたさや不安感や偽善など脆い部分に妖怪を忍び込ませ、自滅に追い込む仕掛けが見事。
収録作品は「小豆洗い」「白蔵主」「舞首」「芝右衛門狸」「塩の長司」「柳女」「帷子辻」。 これらタイトル全て妖怪の名前。 江戸時代の絵師、竹原春泉作の「絵本百物語」に登場する7匹の妖怪をモチーフにした7つの大仕掛け。
一味のリーダー小股潜りの又市は「嗤う伊右衛門」に登場していたらしい。すっかり忘れてるなぁ;;


巷説百物語
京極 夏彦
角川書店 2003-06 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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江戸切絵図貼交屏風 / 辻邦生
英泉が既に世に出ていて、北斎も老境に達しているようなので、そろそろ幕末に向かうという時代なのだと思うのだけど、何故か板元の蔦重が登場し、元気いっぱい商売に励んでいる。 もっとも主人公の歌川貞芳という武士の身分を捨てた浮世絵師というのも辻さんのオリジナル色が強いようである。 ググッてみたら68件という微妙なヒット;; うち半分くらいは本作品関連としても、うーん・・実在はしているのか? いや、こんなところでなにを足踏みしているのやら。 ともあれ蔦重も友情出演ということでなんの問題もございません。
貞芳が描く美人画のモデルとなる女性たちの哀愁や翳りを紐解いて、背後に潜む事件に迫るミステリタッチの連作集。 趣向としては藤沢周平さんの「喜多川歌麿女絵草紙」に近いかもしれない。 歌麿のモデルは町娘だったけれど、貞芳のモデルとなるのは、武家(あるいは元武家)の娘たち。 藩の窮状、仇討ち、果し合い、自害・・といった物々しいモチーフで統一されていて、幕藩体制の綻びが浮き彫りになる中で、藩の内情に翻弄され運命を狂わせる娘たちの哀歌といった趣きの作品に仕上がっている。
貞芳は悠々自適な世捨て人風情で、汲々としたところがなく、どこか傍観者スタンスで、なんとなくなのだけれど・・少し高いところから周りを眺めているような印象を受けてしまった。 登場人物もほとんどお武家の方々ばかりなので、徒で伝法な市井の人々とは違い、知的で優雅で潔癖な佇まい。 武家の物語に不慣れなわたしには全体的に少し硬いような印象だったかも。 勝手に狩野派の絵をイメージしたくなるような雰囲気。
英泉、歌麿、北斎、鈴木春信、鳥居清長、安藤広重、黒川亀玉など、江戸の絵師たちの作風が、会話や思考の断片でそれとなく紹介されていたりするのが気が利いていて、非常にそそられた。

<後日付記>
蔦屋重三郎には二代目がありました。 一代目時代の番頭さんが名前も継いでおられたのですね。 この作品の時期に丁度、身代を立て直そうと頑張られていたのだと思います。 不勉強でした;;


江戸切絵図貼交屏風
辻 邦生
文藝春秋 1995-09 (文庫)
辻邦生さんの作品いろいろ
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長崎・人魚伝説 / 山崎洋子
江戸後期、異国へ向けて開かれた日本の窓、長崎の出島が舞台。 開国より50〜60年遡る時代の物語で、開国へと繋がる流れの先駆けのような波がさざめき始めている時代の息遣いを感じる。
この物語では、平賀源内(の意志を継ぐ者たち)は積極的な開国派。 司馬江漢は、まだ機が熟していないと冷静な読みを示している。 お上(の手先たち)は、もちろん鎖国政策派。 三つ巴といった感じで野望が交差する中で、運命に翻弄される長崎丸山遊郭の遊女瑠璃。 時代物社会派ミステリーといった感じだ。
大筋で「人魚姫」をなぞったストーリーになっている。 そこを最優先して作られたのかもしれない・・展開的にはちょっと乱暴な気がしないでもなかったのだけれど、源内や江漢など、鎖国の時代に世界に目を向け、よいものを積極的に学ぼうとした蘭学者や洋絵師たちの眼差しの強さが伝わってくる。 やがて時代を動かす志しの胎動が眩しい。
甘い香りの南蛮菓子、更紗模様の手拭い、ギヤマンの盃、ビロードの障子、花模様のペルシヤ織物、胡弓やチャルメラの悲しい音色・・異国情緒に彩られた情景描写が美しかった。


長崎・人魚伝説
山崎 洋子
集英社 1995-07 (文庫)
山崎洋子さんの作品いろいろ
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おこう紅絵暦 / 高橋克彦
だましゑ歌麿」の続編。 北町奉行所の与力筆頭に出世した千一こと仙波一之進。 でも今回はその妻となった元売れっ子柳橋芸者のおこうが主役。 有閑マダム探偵ぶりを発揮する。 身辺の揉め事に止まらず、本格的な事件にも首を突っ込んでは鮮やかに解決している。 舅の左門はそんな嫁にデレデレ甘々である。 なのでかなり調子に乗っている。 千一形無しだ。 それでいいのか!千一よ! どうもいいらしい。 嫁に惚れ直している。 勝手にやってくれぃ。
むず痒いくらいに正義感と人情味スパイスを効かせた短編集となっていて、これはこれで面白いんだけど、浮世絵から離れてしまったのが個人的に寂しい。 次作「春朗合わせ鏡」の主役は春朗(後の北斎)らしい。 今回はおこうの下っ引き(千一ではなくおこうの;;)に成り下っている春朗だけに、どんな主役を張ってくれるのか期待が膨らむし、浮世絵ワールドもきっと戻ってきてくれることだろう。


おこう紅絵暦
高橋 克彦
文藝春秋 2006-03 (文庫)
関連作品いろいろ
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だましゑ歌麿 / 高橋克彦
時は江戸。 寛政の改革時代の物語。 老中松平定信の緊縮政策真っ只中。 ささやかな贅沢すら根こそぎ奪われる庶民の哀しみや怒り、エスカレートする出版物規制に抗う文化人の心意気など実に生き生きと描かれている。
清廉潔白さは行き過ぎると独善的となり、他人の痛みがわからなくなってしまう。 主人公の仙波一之進は、“あんた(老中)だけの世の中か。そりゃあねえよ”と、圧政に苦しむ庶民のために立ち上がる町方同心なのである。 下っ端役人一匹、事件の真相を追いながらお上に戦いを挑む構図は、もうバリバリノリノリのハードボイルドミステリ。
主役の男っぷりもさることながら、実在する人々、歌麿、春朗(後の北斎)、蔦屋重三郎、鬼平など、贅沢な脇役陣が勢ぞろいなのも魅力。 史実の狭間はドラマチックに彩られ、みんなそれぞれに華があり信念があり(時に影があり)格好よすぎ。
京伝怪異帖」(特に後半)と時代が同じだ。 「京伝怪異帖」には歌麿の風聞が少しだけ描かれていたし、こちらにも山東京伝の風聞がやはり少しだけ描かれている。 蔦屋重三郎は両作品に存在感のある脇役として登場している。
蔦重・・惚れます。 身上半減されても、煌々と明かりを灯し、店先に売れっ子作家の錦絵や洒落本を並べ続ける蔦屋。 活気を失った江戸の町の中でその光景が庶民の希望の灯りとなってくっきりと浮かび上がってくるようでうるうるしてしまった。 写楽や歌麿を世に送り出しただけでなく、この作品では北斎の風景画への道を開いた人物として描かれてもいた。 これは脚色だろうけども。
そして歌麿。 この作品の中では“渦中の人物”として登場する。 錦絵の絵柄や色遣いや大きさなど厳しい規制を受けると、工夫の贅沢でもって対抗し、結果的に筆に磨きをかけ、錦絵を進化させてしまう絵師魂に拍手喝采。 とにもかくにもいい男っぷり満載の物語だ。
ところで、本作には続編(姉妹編?)となる「おこう紅絵暦」と「春朗合わせ鏡」の2作(現時点で)があるみたい。


だましゑ歌麿
高橋 克彦
文藝春秋 2002-06 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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吉原手引草 / 松井今朝子
吉原に係わる多方面の人々・・引手茶屋の内儀、見世番、番頭、番新、大籬の楼主、遣手、床廻し、幇間、女芸者、抱え船頭、指切り屋、女衒、新造・・などなど(これらの言葉に馴染みがなくとも作中で解説されているので大丈夫)総勢17名(かな?)の語りによって物語が進む。 彼らはまるで“吉原ツアー”の水先案内人のよう。 窮屈なスタイル(手法)にも係わらず、花街の内実や因習の考証が微に入り細に入り、見事な吉原像を結実させている。 謎の先がなかなか見えてこないのだけれど、それぞれの語りが面白くて興味深くて全く飽きさせない。 読み進めると、あの人の語ったあの事が伏線になってたんだなーとミステリの楽しさも膨らんでくる。 ピースが揃った終盤は一気に種明かし。
吉原解説本として一級品であると同時に、ストーリーはすこぶるエンタメ性が高い。 直木賞のお手本という感じがする。 多種多様なしきたりにも多種多様な抜け道があり、喰ってるようで喰われていたり、芝居が真実に、真実が芝居になり得る郷。 人と人の綾が織り成す吉原絵巻を堪能した。


吉原手引草
松井 今朝子
幻冬舎 2007-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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雨を見たか / 宇江佐真理
髪結い伊三次シリーズの7作目。 伊与太坊が2歳になった。 まぁ〜ほんとにこれ・・今、一番可愛い時でないか? 伊三次とお文と伊与太の3人家族が、慎ましくも幸せそうで、このシリーズに愛着を持つわたしにとっては、なにより微笑ましくそしてホッとさせられる。
花形の辰巳芸者であったお文も三十路を迎え、職場での立場に戸惑いを覚えはじめたりしている。 一方伊三次も、自分を慕っていた龍之介坊が見習い同心となり、武士と町人という立場の違いや主従関係が顔をもたげ始めたことに一抹の寂しさを覚えている。 そんな仕事での気持ちのモヤモヤも家庭の中で柔らかく浄化されていく。 その描き方が実によいっす。 さっぱりしてるのにホロっとくるような。
そして前作に続き、龍之進(龍之介改め)がもうひとりの主役。 もともとこのシリーズは全てが伊三次視点で描かれているわけではないのだけれど、宇江佐さんは龍之進の成長物語にこれからしばらくは力を入れられるのではないかと思う。 本所無頼派を追う見習い同心組の葛藤は、もはや長編の様相を呈しているし。 思春期独特の強烈な自意識と本来持った真っ直ぐな心とが、今、ぶつかり合っている真っ最中の龍之進なのだった。 いつか伊与太坊もこんなに大きくなって小憎らしくなってしまうのかなぁ〜と思うと寂しいなぁ・・気が早いよ。
今回は1篇毎の完結性が緩やかな気もするかな。 でも短編毎に、江戸市井様々な人情の機微に触れることができるのは云うまでもない。


雨を見たか −髪結い伊三次捕物余話−
宇江佐 真理
文藝春秋 2006-11 (単行本)
宇江佐真理さんの髪結い伊三次シリーズ
★★★
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君を乗せる舟 / 宇江佐真理
髪結い伊三次シリーズの6作目。 前作はなんといってもお文の妊娠・出産が大きな見せ場となっていたけど、今回は元服した龍之介坊(失礼;; 龍之進)の青春の苦悩編といった感じ。 もちろん物語のメインはそれぞれの捕物なのだけど、1作目からずっと継続した登場人物の流れがあって、作を重ねるごとにどんどん愛着が募ってしまう。 ここ2作くらい、そういう背景のストーリーに特に大きな動きを感じるかも。 その分とびきり面白く目が離せないのだけど、なんだか登場人物たちが歳をとったり成長したりするのが勿体無くって・・ 着々と次代の主役達が揃ってきているしね。 楽しみな反面、時間を止めてぇ〜〜って気持ちもあったりして複雑^^; それほどまでに強い想い入れを持たせてくれる宇江佐さんの筆に敬意を払うべきで、贅沢な悩みというしかないのだろうけど。 “ストーリー”と“キャラクター”と“一瞬の描写”の三つの柱が素晴らしく秀逸なこのシリーズの大ファン。


君を乗せる舟 −髪結い伊三次捕物余話−
宇江佐 真理
文藝春秋 2005-03 (単行本)
宇江佐真理さんの髪結い伊三次シリーズ
★★★★
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