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応為担担録 / 山本昌代
棟割長屋に暮らす北斎晩年の父娘の日々。北斎の末娘で、絵師でもあったお栄の人物像は、杉浦日向子さんの「百日紅」や皆川博子さんの「みだら英泉」の中でも生き生きと蘇っているけれど、本書はそれに先駆けて描かれたのだなぁ〜という感慨がある。
三度の飯は店屋物。部屋の掃除はしたためしがなく、ゴミが溜まればお引越し。ついでに借金踏み倒し。お栄は北斎を“鉄蔵”と呼び、北斎はお栄を“オーイ”と呼ぶ。だから画号は“応為”。
もうまったく人としてどうよw みたいな似た者親子なんだけど、絵を描くこと以外、何にも気の回らない勝手気ままなその日暮らしをさらりと笑い飛ばす中に、ピュアで凛とした、でもどこか儚い芯があって。表面には決して現われることのない愛があって、一所懸命があって、不安があって、誇りがあって・・ 坦々と伝法なお栄の中に、さざ波が心許なげに揺れ動くような繊細さを感じてしまうのは何故だろう。
落語でも聞いているみたい。ほっこりとカラカラと楽しいのに・・ さらさら流れゆくこの世の無常観なんてものを殊更描こうとなんかしていないから、お栄の飄々とした生きっぷりが無性に沁みてくる。こんな作品を書いてしまう作者が憎らしい。
冒頭で“仙人になりたい”と作者はお栄に語らせる。北斎没後、行方知れずとなったお栄への作者からの小さな餞のような心持ちになる。もっとも、気がふれたように入れ込んだかと思えば、憑き物が落ちたようにスッパリと厭きるという、父譲りの質のお栄であるから、仙人への夢も呆気なくケロリと忘れてしまうのだけれど・・(笑)


応為担担録
山本 昌代
河出書房新社 1990-04 (文庫)
山本昌代さんの作品いろいろ
★★★★★
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そろそろ旅に / 松井今朝子
弥次喜多珍道中でお馴染みの「東海道中膝栗毛」の生みの親、江戸後期の戯作者、十返舎一九の若かりし日々を描いた評伝小説。 あっけらかんとした笑いと、下品さ、バカバカしさを併せ持つ独特の味わいで人気を博し、他人を貶すことには定評のあった滝沢馬琴を以てしても、“最も板元を潤した”(ま、これも皮肉だけども;;)と言わしめた江戸の大ペストセラー本が生まれるまでを描いています。
東洲しゃらくさし」を読んだ時に、脇役として登場した一九に対する今朝子さんの愛を感じたので、何時か書くんじゃないかとにらんでいました。 したり顔のワタシ♪
駿府町奉行所同心の倅として生を受けるも、故郷を飛び出し大坂へ。 東町奉行・小田切土佐守の知遇を得て家臣となるも、またそこを飛び出し武士を捨て町人へ。 商家に婿入りして浄瑠璃作者に名を連ねるも、またしてもそこを飛び出し江戸へ・・ “どこにいても腰がすわらん。すぐ旅に出とうなる”性分で、飄々とした根無し草のような、けれどどうにも憎めない一九のキャラクターをじんわりと満遍無くストーリーに沁み込ませる筆力がお見事。 それだけに、太吉を登場させず、シンプルに勝負してもよかったんじゃないかという気も・・ シリアスな精神性の暗喩がいまひとつ解釈できなくて。 おそらく一九という人物を読み解く上で、重要な部分と判断した今朝子さんの意図が、あの仕掛けに反映されているんだろうけども。
流離いの旅人であり続けたかのような人生の中で、天啓を得た瞬間の如きクライマックスシーンは、やがて山東京伝の影響下を脱却し、ライフワークとして世に問い続ける「東海道中膝栗毛」が生まれ落ちる舞台装置として、凝った演出が効いていて惚れ惚れしました。
時代はちょうど、開放政策の弊害による貧富の差の拡大や、天災が相次いだことにより、社会不安が膨張する田沼政治の末期から、松平定信の“寛政の改革”に始まる引き締め政策へと向かう転換期。 また、浄瑠璃の緩やかな衰退や戯作の勃興により、文化の中心地が上方から江戸へと移りゆく転換期でもあって、時代の変わり目を生きる大坂、江戸市井の様子が、まるで見てきたかのように活き活きと写し取られています。 世の中の変転と一九の足取りがストーリーの螺旋のように絡み合っていく展開にグッと惹き込まれました。
後半ではお馴染みの、馬琴、京伝、蔦重、三馬たちの面々も登場し、一九と交友を深めています。 どのキャラも光ってましたねぇ〜 この辺り、もしかすると興味がなければ退屈な部分なのかなぁと思いつつ、でも自分は大好物なので、こんなに心置きなく彼らの個性を楽しませてもらえて嬉しかったです♪ 一癖も二癖もある輩たちの、その長所をキラッと描いて、みんな憎めない人物に仕立てていく手腕に感服。 登場人物の誰かに加担しないという手法が、この作品をとても好もしいものに引き上げている気がします。
戯作の大家、山東京伝ですら、筆一本では食べていけなかったという時代。 過酷な検閲の最中で、書くことに対する拘りを持ち続けた男たちの心意気が、さり気なく、でもしっかりと息衝いていました。


そろそろ旅に
松井 今朝子
講談社 2008-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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絵島疑獄 / 杉本苑子
江戸後期の歌舞伎ものを読んでいると、チラチラっと顔を出す幻の山村座と絵島生島事件。 ずっと気になっていて、いつか読みたいと思っていました。 江戸中期、絵島を筆頭とした大奥女中と人気歌舞伎役者の生島新五郎らのスキャンダルを理由に、木挽町にあった山村座がお取り潰しとなり、以降、江戸歌舞伎が四座から三座になったという話は、歌舞伎史として聞きかじっていた程度の知識でしたが、もっと個人的な不義密通みたいな話なのかと激しく勘違いしていました(恥;;) これはもう、いっそクーデターのような政争事件の様相です。
改革断行以前の大奥。 元禄文化の名残りをとどめた、奢侈にしてドロドロな大奥の時代ですね。 後期の町人文化に馴染んでいる身には、やや尻込みしていた方面なのですが、全然イケちゃいました^^; ていうか、なんだか陰謀術数の渦、私怨や欲望が暴走する平安ものを読んでるような気分になってたかも。 しかも、これは杉本さんの考察ということになるのかもしれないけど、藤原北家の子孫が暗躍してるじゃないですかっ! なんという強力な腹黒遺伝子!
歴代中、稀にみる清廉な将軍と称えられながら、身体の弱さが惜しまれた六代将軍家宣と忘れ形見の幼い七代将軍家継の治世、その側近として知遇された新井白石らによる理想に燃えた短い一時代の幕開けから終焉まで。 まるで絵島生島事件の中に、五代綱吉から八代吉宗へと連なる時代の流れが、凝縮されているかのように感じさせられる見事な組み立て。 正室と側室、尾張家と紀州家、白石と官学の権威であった林家の対立、反目、暗闘・・ 保守派の幕臣たちの根深い不満など、様々に蠢く意趣が、表向きは風紀の粛清という隠れ蓑の下で、共通の利益へ向かって密やかに結集されたからこそ、連坐者一千五百人に及ぶ、大胆不敵な大量処罰事件が起こり得たとする説得力は非常に有効で、すとんと胸に落ちました。 弱い立場の芝居関係者たちが痛めつけられ、浅はかな大奥女中たちが足を掬われ罠に落とされ、その上に築きあげようとする正義。 勝ったものの言い分が正史となるという歴史の常套に、理路整然と待ったをかける本書の格好よさが素敵でした。
余談なんですが。 家宣ってあまり有名じゃない将軍・・ですか?(←無知;;) でも数奇な出生といい、運命の変転といい、不当な冷遇といい、絵になるというか、美味しい素材っぽくないですか? 杉本さんのフィクションなのか分かりませんが、20代から30代の下積み時代には、お忍びで江戸市中を歩きまわり、見聞を広め、世情に通じ、新井白石や間部詮房を見出し深い絆を育み、町娘だったお喜代の方と恋に落ち、その間、綱吉の放つ刺客に脅かされ、そっと見守る家臣たちに助けられ・・って、いい感じじゃないですか♪ 確かに将軍になってからは薄命ですが、その儚さ無常さも逆に光を放ってるっつうか^^; で、わたしめ、俄かに家宣にハマってしまって、若き日の彼を主人公にした、キラキラっとしたエンタメっぽい話とか、誰か書いてないかなぁ〜と思って探したんですが、見つかりませんねぇ。 誰か書いてくれないかなぁ〜。


絵島疑獄 上絵島疑獄 下
杉本 苑子
講談社 1986-11 (文庫)
杉本苑子さんの作品いろいろ
★★★★
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からくり灯籠 五瓶劇場 / 芦辺拓
上方と江戸を股にかけて筆を揮った江戸後期の歌舞伎作者、並木五瓶が活躍する連作長編。 タイトルに“劇場”と冠されている通り、歯切れの良い語り口で、まるで舞台を観ているような感覚でした。 “実は虚となり虚は実となる”的な境地を生きる物語作者の意気地や気構えが響いてくる作品。
並木正三に憧れながら、浜芝居(大坂の小芝居)の作者として夢を追っていた若き日。 京坂で名を揚げた後、上方歌舞伎の閉塞感に悩み、江戸へ向かう転機が訪れる時期。 鳴り物入りで下った江戸で、文化の違いを噛みしめる日々。 やがて江戸で名を馳せ、大作者となった円熟期。 四つのターニングポイントを取り上げ、歴史・歌舞伎史的背景と絡めながら、五瓶の作者人生を追っていきます。 さらに、第一章はうつろ舟伝説へのオマージュ、第二章は五瓶の代表作に隠された唐人殺しの真相、第三章は写楽ミステリ、第四章はクトゥルー神話と尊王攘夷思想の暗い影・・といった趣向が織り込まれていて読み応えあります。
三章目の「花都写楽貌」がやっぱり好き^^ この時代から離れられなくなっているのもどうかと思うんだけど、飽きないの?と問われれば、ハイと答える他ないのですよ。 真相が俄かにぼかされていて、え? そういうことよね?? と少々混乱しますが、蔦重歌麿に恩を仇で返されたという図式がグラっとする感じがよかったです。 写楽を追いかける探偵役が、五瓶と俵蔵(後の南北)って凄くないですか? この2人が相まみえる図は初体験でした。 この年、江戸に下った五瓶は、初っ端で寒々しい不入りに辛酸を嘗めるのですが、早々に起死回生の一手をぶつけ、大成功をおさめています。 芦辺さんは、五瓶に写楽探しをさせながら、江戸の真髄を体感させ、江戸っ子の趣向をじっくり見定めさせてゆき、気ままで残酷な見物衆を一気に味方に引き込むことに成功したという筋書きを組み立てているんですね。
一章目の「けいせい伝奇城」も好きでした。 エキゾチックで幻影的で美しかったですねぇ。 源内先生や正三師匠が一役買っていたとは思えませんが、近いことが行われていたのでしょうか。 そうあって欲しいなぁ。 木村兼葭堂あたりは本当に絡んでいたかも・・なんて想像を逞しくしてしまうのも楽しかったです。
歴史上のあの人この人も嬉しくなるほど登場します。 単に大盤振る舞いなのではなく、きちんと物語の中での役割を果たしているから偉いです。 四章目の「戯場国邪神封陣」に登場した南町奉行の根岸肥前守鎮衛は、宮部みゆきさんのお初シリーズの“耳袋”の人ですね? こんなところで会えるなんて。 文化年間の頃は、寛政と天保の改革に挟まれた、割と緩やかな時代だったようで、しかも北も南もお奉行がいい人だった感じ? そんな幸せな時代の奥底に蠢くものの存在感が、伝奇に絡めているので暗喩的なんですけれど強烈に描き込まれていました。
ついこの前、松井今朝子さんの「一の富」を読んだばかりですが、あちらは丁度、本書の第四章あたりの五瓶の日常ですね。 今朝子さんにしては、専門知識を極力控えたシリーズのように見受けられるのですが、逆に芦辺さんは、専門分野というわけでもないんでしょうけど、お勉強されたことを如何なく発揮されていて、蘊蓄てんこもり♪ かなりマニアックに仕上がってます。 やはり五瓶が主役なだけあって、上方と江戸の文化比較が織り込まれているのが両者の共通点のようにも感じられます。 五瓶には“新風を吹き込む”というような派手さはないんですが、江戸歌舞伎にはなかった、人間の心理を細かく分析し理屈立てて組み立てる作劇法を上方から移植し、興業方式にも改革の手を入れ合理化を試みたり、その写実性は後の鶴屋南北にも影響を与えているといいます。 五瓶の功績がよくわかります。 後講釈ですが。
最後に登場した“バックス・トクガワーナ”という造語に感嘆の声をあげてしまいました! 芦辺さんのオリジナルですか? 知らなかったー、こんな言葉^^ わたしはやっぱり戦国や活劇よりも、平和な時代の中に散りばめられた文化を感じ取りたい派なのだよなぁ〜としみじみ思うのでした。


五瓶劇場 −からくり灯篭−
芦辺 拓
原書房 2007-03 (単行本)
芦辺拓さんの作品いろいろ
★★
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写楽百面相 / 泡坂妻夫
泡坂さんはご自身が高校生の時に写楽に魅せられて、独自の写楽考を学校で発表されたという通人。 写楽の作品そのものに対しても、肯定的な目線が感じられるし、写楽が世に出た背景、そして消えた背景、江戸人たちと後世の人々の写楽感にまで深く切り込んでいて、時代の中の、歴史の中の写楽像が浮き彫りになるような確かな手応えを感じる一冊でした。
失踪した遊女、夭折した二代目尾上菊五郎、後の延命院事件、発禁本となった「中山物語」、医心方房内編を巡る駆け引き、朝幕間の微妙な軋轢などが絡んでくる展開の中から、写楽像が立ち現われて来ます。 後に鶴屋南北の代表作となった「桜姫東文章」に込められた想い、寛政9年に蔦屋重三郎、金井三笑、東国屋庄六の続けざまの死の後、十返舎一九が写楽について何一つ書かなくなった訳、並木五瓶が江戸に下った訳、初代仲蔵の死の真相までも、こんな可能性で繋ぎ合わせることができるのですね。
浮世絵、黄表紙や洒落本、川柳、相撲、芝居に加え、泡坂さんらしい手妻やからくり人形の見せ場もあり、時代の申し子たちの活躍もあり、江戸文化の芳しさが作品全体に散りばめられ、抑圧された世の中の底から何かが動きだす気配も、ひたひたと伝わってくる感じがします。 さらにお江戸らしく、縁語や掛詞など随所で駆使され、謎解きの鍵にもなっているのが楽しい。
それにしても、狂歌に取って代って、前句(後の川柳)が盛んになっていくことまで“先の見える男”蔦重は予見していた(かもしれない)のですね。
この時代が何でこんなに艶やかで活気に満ちているのか誰か教えてください。 松平定信によって始まった文化の弾圧にも等しいお上の改革自体が、化政文化の開花に一役買ってるとしか思えない皮肉さは何なんでしょうか。 でも、だからこそこの時代に惹き込まれてしまうのかもしれません。
余談ですが、皆川博子さんの「笑い姫」で活躍していた軽業師の“人馬の術”が思わぬところで使われていたのには感激しました^^

<追記>
時代伝奇夢中道 主水血笑録
↑ こちらのレビューがよかったです。 特に最後の年表について。 わたしが冒頭に書いたことは、年表という形をとった終章を読んだからこそ、感じ取れる印象だったことに気付かされてハッとしました。
うんうん、そうそう! こういうことが書きたかったんだと思う。 でも書けないんだわ;;


写楽百面相
泡坂 妻夫
新潮社 1996-09 (文庫)
泡坂妻夫さんの作品いろいろ
★★★
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奴の小万と呼ばれた女 / 松井今朝子
作中作もの。 大好き^^ 「なまみこ物語」とか「円朝芝居噺 夫婦幽霊」でも騙されかけているので、この物語もどこまでが本当なのかしら? と疑わしげな眼差しをつい向けてしまったのですが、どうやら素直に評伝小説と捉えてよかったようです。
江戸時代中期の大坂で、大和撫子の美徳とは対極の信念を貫き通した女性、人々の度肝を抜いた破天荒な生き様は、浄瑠璃や、後に歌舞伎の演目にもなったという“奴の小万”と呼ばれた娘(後の三好正慶尼)は、実在の人物なのでした。
裕福な家に生まれ、美貌、頭脳、体力に恵まれ、人並みの幸せを拒み、忍従を拒み、彼女が歩いた道筋には、全てのものがなぎ倒されているかの如き傷痕すら刻みながら、自分勝手に、我侭に、奔放に、世間様に喧嘩を売って、身を張って生きた姿からは、痛快さというよりは、やっぱり少し痛々しさが響いてくる。 現代に生まれていたら、あそこまで目立つこともなく、生き辛くもなかったんじゃないかと思うんだけど、女性の生き方として、彼女のような発想そのものがないような時代に、何かに触発されたというのでもなしに、型破りであることに怖気づかず、生涯、天性の気質に正直であったという眩しさみたいなものは感じたかなぁ〜と思う。
でも所詮、自分は小市民なので、心情的に彼女に寄り添うことは難しく・・ 様々に絡まり合う柵を自分の胸の内に飼い馴らしながら、世の中となんとか折り合いをつけて生きていこうとするような、彼女から見たら“つまらない人”“偽善者”“勇気のない人”と映ってしまいそうな人々をどうか馬鹿にしないでください・・と、わたしなどは思ってしまったものでした。
でも、そんなお雪を肯定するでも否定するでもない“こういう女性がいたんだよ”という松井さんのフェアな姿勢のお陰で、良さも悪さも全部ひっくるめて、1人の女性が選び取った1つの人生なんだなって、ストーンと入ってくるものがあった。
同時代の市井の人々は、なんだかんだ言いつつ、心の何処かでは彼女に憧れ、夢を託していたんじゃないかと、最後にふと思いました。


奴の小万と呼ばれた女
松井 今朝子
講談社 2003-04 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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北斎あやし絵帖 / 森雅裕
読み始めは所謂“写楽は誰か”という歴史ミステリなのかと思ったら、勿論それも見事に織り込まれているのだけれど、写楽をも巻き込んだ幕府内部の暗闘を描いた物語でした。
近年、田沼意次が再評価されている向きがあるようで、この作品もその流れを汲んでいる感じ。 舞台となるのは文化14年(1817年)、松平定信がすでに失脚し、隠居の身となっているが、陰謀術数の渦は田沼時代の遺恨をも呑みこみながら広がっていく。 表面的には太平の世として映る田沼意次→松平定信→水野忠邦という、江戸後期の時代の変転が、水面下に潜む闇の部分を描き出す試みによって、炙り出されて見えてくるものがある。 もちろん、ここに描かれるのは壮大なフィクションなのだけれど、幕府の基盤の緩みと比例して庶民への抑え付けが激化してゆき、爛熟頽廃色を強めながら幕末へと向かう流れが、凄くリアルに感じ取れたように思った。
政争に巻き込まれながらも、そこに伏在する陰謀を探り暴いていくのが、なんと初老の葛飾北斎。 春朗時代ならまだしも、もうこの頃の北斎って、探偵役とは対極にいる人というイメージだし、なんだか北斎のスケールが小さくなってしまうんじゃないかと読み始めは懸念していたんだけど、なんのそのでグイグイと惹き込まれてしまった。 北斎とタッグを組むのが、七世団十郎の妹分にして芝居の道具方を務めるあざみと、後に北辰一刀流創始者となる千葉周作。 偏屈な絵師と、おきゃんな女道具師と、凄腕の青年剣士のトリオが絶妙のコンビネーションを発揮する。 ストーリーは相当シリアスなのに、伝法な会話が炸裂したり、川柳が飛び交ったりして楽しかった。 個人的には、歌舞伎役者や絵師や戯作者など、化政文化時代のビックネームに纏わる逸話や薀蓄の数々、特に馬琴と北斎の喧嘩のシーンや、ちょっとだけお栄(北斎の娘)が出てくるところなんかが美味しすぎて大喜び^^
余談ですが、写楽が彗星のように現れた寛政6年という年は、並木五兵衛(後に五瓶)が江戸に下った年なのですね。 気にも留めずに読んでしまいましたが、松井今朝子さんの「東州しゃらくさし」は、この史実を踏まえて生まれた物語だったのですね。 今頃気付きました。


北斎あやし絵帖
森 雅裕
集英社 1998-04 (単行本)
森雅裕さんの作品いろいろ
★★★★★
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鶴屋南北冥府巡 / 皆川博子
皆川さんの描く、写楽、英泉、田之助と、みんなよかったけれど、南北もいい。 こうやって名前を並べてみると、深淵的な凄味を感じさせるような独特の強烈なオーラという点で、どの人物も皆川さんのイマジネーションを刺激するんだろうなぁ〜と改めて感じる。
四世鶴屋南北は、近松門左衛門や河竹黙阿弥らと並び、江戸時代を代表する狂言作者として名を残しているのだが、出世が遅く、才能を開花させたのは五十代になってからだという。 この作品は、南北の鬱屈した下積み時代にスポットが当てられている。 女郎買いに明け暮れたり牢に打ち込まれたりの日々、惚れ込んだ役者尾上松助との地獄の道行き、松助と弟子との愛憎の坩堝を間近に垣間見たり・・と、南北が後に世に問う悪と闇と血と嗤いで彩られた絢爛たる作品世界を暗示させるような凄まじい半生が描き込まれている。
松井今朝子さんの「仲蔵狂乱」と、表と裏、陽と陰といった感じ。 「仲蔵狂乱」では、仲蔵と立作者の金井三笑との確執が、仲蔵側から描かれていて、三笑は殆ど悪玉だったんだけど、こちらでは、三笑側から描かれていて、確かに陰謀家なんだけど、実力者としての一定の評価がなされている。 そして、仲蔵と立作者の桜田治助コンビの正統派的な美に対して、南北と松助コンビの毒のある荒んだ美といったら・・ いいなぁ〜どっちも!(節操なし;;)
黙阿弥と小団次でも感じたんだけれど、ある役者に惚れ込んで、この役者のために、自分がどうしても“これ”を書きたい! という強い想いが、狂言作者にヒット作を書かせる(結果的に出世する)原動力になったというようなことは、本当にあったのかもしれないなぁ〜と感じたり。 身の内に力は脈打つのに、身動き取れない苛立ちの日々を松助付きの立作者になりたい一念でのし上がってきた南北の、滾る想いの結晶のような演目に熱演で応える老いた松助・・ 冒頭のシーンは何度も読み返してしまった。
でも不思議とこの作品、というか皆川作品の共通項でもあるのだが、どろどろ感はないんだよね。 南北の気質そのものが、じめついた空気を寄せ付けない・・ そんな描かれ方だ。


鶴屋南北冥府巡
皆川 博子
新潮社 1991-02 (単行本)
皆川博子さんの作品いろいろ
★★★
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東洲しゃらくさし / 松井今朝子
写楽ものは面白い。 それぞれの作家さんが生み出す写楽像によって、同じ時代が描かれ、同じ登場人物たちが配されながらも、全く違った物語が繰り広げられるんだもん。 これもひとえに写楽という人物が謎に包まれていて、インスピレーションの宝庫であるからこそなのだろうけれど。
写楽を軸として読むと、後半少し散漫な印象を受けるかもしれないけれど、芝居に携わる2人の上方の男が江戸で奮闘した物語として、最後まですっと1本筋が通っている。
上方の人気歌舞伎作者である並木五兵衛(後の五瓶)がこの時期、鳴り物入りで江戸に下っている。 世間一般の文化風習、歌舞伎界の仕来たりや因習の違いに戸惑い、苛立ち、揉まれながら一皮剥けたり、逆に江戸歌舞伎を一皮剥いたりして、江戸での地位を確立していく様子が、東西の対比を随所に織り込みながら描かれ、読み応え充分。
内容紹介にドーンと載ってるので書いてしまうけれど、その五兵衛の元で大道具の彩色方をつとめる男、彼は五兵衛に先立って、偵察役として江戸に送り込まれたのだけれど、蔦屋重三郎に見初められて運命が一変する・・と書けばおわかりの通り、これが松井さんの“写楽”である。 でも写楽は五兵衛とは違い、上方だとか江戸だとか、そういう違いに惑わされない(というより関心が向かない)ような非凡さ、自分と対象物があるのみというような研ぎ澄まされた(研ぎ澄まされ過ぎた)世界観を持っていたように描かれていたと思う。 2人それぞれの“東州なんぞ洒落臭いわ!”みたいな心意気とその肌触りがこの作品の堪らない魅力だ。
ところで、お馴染みの春朗(北斎)や馬琴や歌麿は、本作ではほとんど出番がないんだけれど、一九はその如才なさや世話好きぶりを発揮して甲斐甲斐しく写楽の面倒を見ています^^


東洲しゃらくさし
松井 今朝子
PHP研究所 2001-08 (文庫)
松井今朝子さんの作品いろいろ
★★★
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仲蔵狂乱 / 松井今朝子
大部屋から身を起こして千両役者にまで駆け上がった歌舞伎役者、初世中村仲蔵の江戸版アメリカンドリーム♪ 同時代の中村座を扱った物語として皆川博子さんの「花櫓」を先に読んでいたのだけれど、あちらも相当に歴史に沿って描かれていたのだなぁと再認識した。 八代勘三郎の2人の娘の名前が微妙に違うのは読み方の問題なのかな? 「花櫓」にも絶対に仲蔵は登場していたはずなのに(登場してないなんてあり得ない!)、ノーマークだったせいか全然覚えていないのが悲しすぐる・・ あくの強い四代幸四郎とお坊ちゃん育ちの五代団十郎の、舞台を巻き込んでの仲違いとか、十代勘三郎が中村座の借金の多さに怖気づいて逃げ出してしまったことまで、どうやら本当の話。 この辺りのしわ寄せも仲蔵へ・・ 貧乏くじの引きっぷりや調停役としての腕前も、こういう立ち回りができるのは仲蔵ならではと思わせる。
夢中で一気に読んでしまった。 世襲制の強固な歌舞伎界で大部屋役者から名代にまで上り詰めた役者が仲蔵のほかにいるのかどうかは知らないのだが、なにしろ異例の大出世なのだ。 こんな風に書くと大天才だとかギラギラした人物だとかを想像してしまうが、そんな形容は仲蔵にはなんだか似合わない。 お人よしで、人を喜ばせたり楽しませたりせずにはいられない性分・・ 孤児であった彼が生き延びる糧として身につけた所作にすぎなかったのかもしれないけれど、結局はその性分に彼自身が守られたのだろう。
仲蔵が芝居を愛したというのは勿論なんだけど、それ以上に芝居が仲蔵を愛して止まず、絶対に見捨てなかった・・そんな描かれ方。 愛された人なのだなぁと思った。 客にも仲間にも家族にも。 そして終ぞ改名しなかった“仲蔵”という名前にも。
多分このあたりがフィクションなのだと思うのだけど、側用人から老中にまで駆け上った田沼意次に仕える1人の武人が仲蔵を時に助け、見守っている。 ここぞという場面でふっと現れるこの人物がどこか幻影的で福の神のような気配を纏っている。
なんだか他人の力と運でのし上がったように書いてしまったけど、まったくそうじゃありません。 仲蔵自身の頑張りは大前提。 本書は間違えなく仲蔵の苦労と努力と試練の日々を追っています。 でもやっぱり仲蔵にはずっと福の神が寄り添っていたように思えるのです。
いざ立ちあがる段になっても、仲蔵の腰はあがらなかった。背後から万作が懸命に持ちあげようとしていたが、力及ばぬようだった。
「老いぼれ引っ込め」
の声に覆いかぶさるようにして、
「仲坊、しっかり」
白髪あたまの親爺が叫んでいた。
「仲坊しっかり」の連呼が小屋いっぱいにこだまして、仲蔵の顔が涙で濡れた。
――役者は舞台で倒れ死ぬのが本望だと思うがいい――
四代目の声を遠くに聞いて、仲蔵は死ぬ気で立ちあがろうとした。
↑ ここ、何度読んでも泣いてしまう・・・・・・・・・


仲蔵狂乱
松井 今朝子
講談社 2001-02 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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