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改造版 少年アリス / 長野まゆみ
デビュー作「少年アリス」を大幅改稿した改造版なるリニューアル版が2008年に刊行されました。 デビュー20周年の企画ものな感じでしょうか。 改造・・って言葉の響きで変な悪寒がいや増すせいか、ファンとしてはおっかなびっくり読みましたが、結果から言うと高評価。 うん、良きかな。
表現が明快で迷いがない感じ。 虚実がきっぱりしていて辻褄が合う感じ。 その分、あえかで儚い、曖昧模糊とした初期作品独特の浮遊感は薄らいでいるんだけど、この落差は、本篇が少年少女向けであることをより明確化したためとも思えるし、長野さんの内側から滲み出た20年分の自然な変化の作用なのかも・・と、チラッと感じたり。
少年同士の(仄かに甘美な)関係性の軸が抑えられたことで、成長譚という軸が自ずとくっきり浮かび上がっていました。 夏の終わりと秋の始まり、月夜と夜明け、鳥と人・・ 子供と大人を暗示させる隔てられた世界の対称性、結界から踏み出し、あるいは境界を通過する儀式性が、こんなにもクリアーに描かれた作品だったなんて、初版を読んだ時には気づかなかった。 いや、そこを鮮明化したのが本篇というべきか。
巻末に“少年少女のための『少年アリス』辞典”なる脚注が付載されていて、要するに本篇中の用語解説なんですが、神妙にガセをやらかすやつかと思ったら真面目な文献資料でした。 著者の手になるイラスト入りで装丁も素敵な本です。
「不思議の国のアリス」を意識したような初版のラストも好きなんですが、改造版のラストもわたしは好き。 少し剽軽で意地悪で、そして多分、少し優しい。 初版では持ち主とはぐれてしまった卵のことが妙に気がかりだったので。(理科室に鍵が掛かっていて標本箱へは戻せていないはずだから・・) 一番の変更点は黒鶫の正体でしょうね^^
本篇に比べると初版は“気配”を過剰に重んじた未分化なイメージがあるのですが、決して優劣で推し量れるものではありません。 “最初に読んだものが最良の法則“の成せる技なのか、今ではないあの時に出逢えたかけがえのなさが愛おしく、どちらか一冊と言われたら、やっぱり初版を選んでしまう気がします。


改造版 少年アリス
長野 まゆみ
河出書房新社 2008-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★★
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さよーならみなさん / 西村ツチカ
みなちゃんは日々バイトに精進する女子高生です。但し自転車には乗れず登下校も徒歩なので満員電車でさわぐクラ友、森の中で補講するイケメン教師、寝ぐせで悩む下級生など様々な厄介男子がみなちゃんの周辺に現れます。すわ善良なみなちゃんは、困難をかわし続けて普通の幸せを掴めるのか!?
天然系の可愛い高校生女子が、めっちゃ濃い拗らせ男子に次々と遭遇してしまうお話。 シンプルで繊細な独特の線画が素敵だった。
シュールなメルヘンのようでありながら、現実世界のエッセンスを的確に抽出してる感じ。 しっかりとは捉えられないけど、やはり人の営みのリアルな反射光に違いなく。 随所でクスッとしたり、ニヤッとしたりしてしまうのはその証拠なのだと思うし、取り留めもなくざわざわした感覚も訪れる。 さらっとしてるのに侮れず。 ほんわかしてるのに底知れず。 なんともはや…な世界観。
しかし、こんな不条理ワールドがものの見事に淀みなく収束するラストの強引な(笑)爽やかさ・・ 強烈にアヤシすぎて好き まさに“絵に描いたよう”な少女漫画の王道をキモ男子がやってみました的な展開。 どーした? みなちゃーん! これでいいのか 持ち前の天然パワーでチギッては投げチギッては投げ躱し続けてきたというのに。 ダブルミーニングなタイトルも意味深だし。 って、こんな読みで合ってるか甚だ疑問符


さよーならみなさん
西村 ツチカ
小学館 2013-10
(単行本)
★★★★
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刑事ぶたぶた / 矢崎存美
今回は刑事バージョンです。 (都下に近い長閑なとある区の)春日署に配属された新米刑事の立川くんと先輩刑事の山崎ぶたぶたコンビが活躍するお話です。 長編なので刑事一筋のぶたぶたさんです。 長編といっても、銀行強盗の立てこもり、宝石泥棒、スーパーの針混入など単発事件を連作的に絡めながら、赤ちゃんの誘拐事件をメインストリーに据えている筋立て。
ぬいぐるみ特性を活かした、ぶたぶた刑事ならではの仕事ぶりが、いろいろ考案されていて楽しめます。 “ぬいぐるみの振り”で潜入捜査とかね^^ と同時に、人間の器では到底受け止めきれないような、攻撃的で理不尽な負の情動を従容として吸収するぶたぶたの“ぬいぐるみ性”にキュンとなってしまいます>< 投げつけられた後でパンヤが移動しちゃって一生懸命に足を揉んでたりとか健気すぎ!(でもゴメン!笑えるし!)
「あぁ、良かった。憶えてたんだね。そういうことしてもみんなすぐ忘れちゃうんだよねぇ」
ぶたぶたの発したこの言葉がちびっと胸に刺さってジーンとなってしまった。
ストーリー的には定番のリリカル路線なんですが、やっぱりぶたぶたの立ち居振る舞いがこの上なく可愛くて、この可愛さからは離れられません。 ゴールデン・レトリバーに騎乗して町を歩いたり、うさぎの着ぐるみを着せられたり、いろんなシチュエーションのぶたぶたに、いろんなポーズをとらせようとノリノリの作者さんが目に浮かぶのが嫌じゃないです。 ブラック入りつつも、やっぱり愛を感じるからなんだと思う。 あくまで三次元の特撮っぽく脳内再生するのが魅力の作品なんだろうなぁ。
異質なものが日常と同居している様子を、自然さと不自然さの中間くらいのバランス感覚で描いているのがミソなのかもしれない。 ドラえもん風でもE.T.風でもなくて、当たり前に溶け込んでいるのとも、社会がパニックになったりするのとも違くて・・ ファーストコンタクトの衝撃を乗り越えると、うんうん、まぁ、そういうこともあるよねって気分になって、呆気なく順応しちゃうんだけど、時々は、その奇妙な存在の本質や処世について、ちょっと控えめに(申し訳なさそうに)思い廻らさずにはいられない人々。 そこら辺からなんとも言えないシュールさが生れていて読んでるうちにツボってしまうんだよ^^; 鼻をぷにぷに押す癖が大好きー。


刑事ぶたぶた
矢崎 存美
徳間書店 2001-06 (文庫)
関連作品いろいろ

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モーダルな事象 / 奥泉光
[副題:桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活] 読書量が下降線の一途を辿る中、最近頓に渇望していた奥泉作品をやっと久々手に取りました。 語りの視点操作に象徴される技巧主義的なスタイル志向に独特の風味があって、やっぱ好きな作家さんだーと再認識。 消化しきれてないんだけどね;;
昭和初期の埋もれた童話作家の手になる創作ノートが発見され、出版されるや“泣ける童話”と話題沸騰。 その序文を依頼された“桑幸”こと冴えない短大で日本近代文学を講じる桑潟幸一助教授が巻き込まれる殺人事件。
本格ミステリ・マスターズの一冊なだけあって、そんなにはぶっ飛んでなく、きちんとミステリの体裁を踏襲しています。 でもそこはやはり奥泉さん。 事件の内部に組み込まれた桑幸が自身の内奥へ深く分け入っていく観念的な視点と、事件の外部から謎を追い掛ける元夫婦による素人探偵コンビの論理的視点という双方向からのアプローチが醸し出すハイブリッド感が絶妙。 夢とも幻視ともつかぬ虚構に侵食され、平仄の合わない架空の記憶に脅かされていく桑幸の精神世界が、オカルティズムやマッドサイエンスや古代ロマンに彩られた物語の深部と融合し、悩ましい煙幕を張り巡らせていきます。
完全無欠の和声を奏でる宇宙の音楽に包まれた死の国と、雑音にまみれた泥臭い地上の浮世いう対比は「シューマンの指」を想い起させるものがありました。 ロンギヌス物質って、ダークエネルギー?反物質?っぽい系からのインスピレーションなのかなw とか勝手にイメージしてわくわく楽しんでしまった。 無機物、有機物の循環から外れたところで固着するという死の国の虚空と、何も思わず、何も感じることなくただ弛緩して在り続ける停滞した空疎な日常とがシンクロすることで、なにかこう、閉塞感を打破するための示唆が与えられていた気もします。
風采上がらぬ桑幸の“ダメなアカデミシャン”的生態が詳らかにされる第一章がやたら面白い。 たそがれ加減の釣瓶打ちが美味しすぎるw でも最後に辿り着く境地はパンクロックみたいでダサカッコいいんだけど反動というのは恐ろしや;; なんでそうなる? という自爆的な弁証法で自らオチて笑かしてくれました。 我らが桑幸は、泣ける!に立ち向かう、泣けない悲しい喜劇の申し子なのです。 でも、そこはかとな〜〜く、微か〜〜にではあるが、いみじくも西行に掠ったような掠らなかったような微妙さがなんとも^^; 続編・・なのかな? その後、桑幸ものとしてシリーズ化され、好評を博しているところを見ると、どうやって軌道修正したんだか・・先が気になって堪らん。
あとね。 “文章は人に依らない”という教訓が脳内でリフレインしてトラウマになりそうだよ^^; ブンガクや昨今の出版事情を当て擦ったかのような皮肉や諷刺というスパイス(それより毒)が利きまくりなのも魅力です。
鳥類学者のファンタジア」のフォギーが友情出演してました! 大好きな作品だったんだけど殆ど忘れてるのでまた読み直したくなった。 確かあっちでもロンギヌス物質が出てこなかったけ? でももっとハッピーな物語だったんだよなぁ。 未読の「『吾輩は猫である』殺人事件」や「新・地底旅行」ともリンクしているらしいことを知ったし、更には「虚無への供物」のパスティーシュになっているとの情報も読後にゲット。 読後に・・orz 先にアンテナ張っとけよと後悔。 即行読もっ;;

<後日付記>
「虚無への供物」読みました! パロディになってるのかどうかは記憶力不足で検証不可能^^; でも、共通の雰囲気を確かに感じます。 未生の薔薇“虚無への供物”を新たな物語として育んだ作品なのかな。 きっとそうですね。 だってあの薔薇、ロンギヌス物質にしか思えなかったしw


モーダルな事象
奥泉 光
文藝春秋 2008-08 (文庫)
奥泉光作品いろいろ
★★
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雪姫 / 寮美千子
[副題:遠野おしらさま迷宮] オシラサマは東北地方に伝わる家の神とか、女(め)の神とか、子供の神とか、馬の神とか言われる土着信仰の神様ですが、「遠野物語」の中でもその由来譚の悲壮美は強く印象に残っていました。
本編はその遠い続編のような物語。 感嘆したのは、別解釈を与えられた八百比丘尼伝説とこんな形で融合するなんて! ということでした。 民話の持つ自浄作用が、ゆかしく物語に還元されています。
冷たく澄んでキンとした空気、囲炉裏や竈の炎で際立つ座敷の奥の濃い闇・・ 借景となる「遠野物語」の質感を丹念に写し込む眼差しや、哀しい伝説をそのままにしておくに忍びなかった作者さんの優しさにも触れるような心地がして、キュンとなりました。 脳内ではアニメーションのイメージで映像が膨らんで、ずっと二次元で再生されていました。 アニメ化したら綺麗だろうなーと思ったり。
施設で育ち、都会の託児所でパート勤めをしている雪姫(ユキ)は、かつて祖母が暮らしたという遠野市土淵町山口の土地と、“南部曲がり家”造りの古民家を、或る日突然、相続することに。
真っ赤な小紋の縮緬で拵えてある母の形見のお手玉や、か細い絹糸のような声で耳の底に聴こえてくる童唄・・ 深層領域に刻まれた魂の故郷の残響に導かれるように雪深い冬の遠野へ招かれていく雪姫。
ジュブナイルに分類される作品でしょうか。 来歴否認の主人公の自分探しストーリーなんですが、ありふれた平板なテーマを愚弄したり茶化したりせず、平明かつ的確な文章で怯むことなく凛然と描いている清らかさのようなものが感じられるのです。 ひょっとすると大人が真っ正面から読んだらこそばゆいかもしれませんが、おとぎ話と割り切れたら呆気なく場の磁力に引き込まれてしまいます。 「宇田川心中」がお好きな方にお勧めしたいなー。
「銀河鉄道の夜」のモデルになった岩手軽便鉄道を前身とする釜石線に乗って、新花巻から遠野に向かう車中、賢治風の紳士とボックス席に乗り合わせるところから、物語は徐々に“フォルクローロの圏内”へと運ばれていきます。 窓外の雪景色と宇宙が、猿ヶ石川と銀河が、水力発電所とアルビレオの観測所が唱和し、幻影が日常の枠内を埋め尽くし始めると、“銀河鉄道”を降りた遠野、そこはもう雪の迷宮。 辿りついた古民家は“マヨイガ”だったのです。
蝋燭の灯火の中、夜な夜な炉端で語られるのは“どんどはれ”で終わる昔話。 語り部は家の守人(まぶりっと)であるイタコの婆さまです。 赤い顔の河童や餅が好きな山人(やまんど)、サムトの婆や座敷童子など、原典に忠実な属性で登場しますし、主人公自身が鮭に乗ってやってきた旧家の宮氏の末裔というのも、しっかり根拠のある設定になっているという念の入れよう。
ひと連なりの宝石のように多彩に輝く「遠野物語」モチーフを歯車のように組み合わせ、まるでその世界観が自己増殖していくかのよう・・ 虚実の被膜を縫うように現れる相似形のエピソードの数々。 クライマックスのロマンチックな展開も、そのプロットが原典の逸話より提供されているからこそのベタさがいい。
閉じた時空に踏み迷い、命の源に触れる異空の旅は、自身を見つめ直す内省の機会でした。 マヨイガでの束の間の日々は、ふと“繭”のような時間を想わせます。 「遠野物語」の中でもマヨイガは吉兆(よいシルマシ)ですし、オシラサマは養蚕の神でもあるんですよね。
前世と祖先の傷痕が共鳴するように暗く蟠って結ぼれた想念の連鎖が八百比丘尼のスピリットによって断ち切られ、解放され、救済される流れの妙味。 民話世界の体験は、微かな温もりを宿す熾火のように雪姫を内側から照らす強さになるのでしょう。
下は「遠野物語」の一節ですが、ここにも符丁が隠されているかもしれない。
小正月ならずとも冬の満月の夜は、雪女が出て遊ぶともいふ。童子をあまた引き連れて来るといへり。
その昔、市の立ったころの遠野郷の賑わいを、雪姫とその子供たちの世代に託したい・・ そんな未来への願いが込められていた気がして。
惜しまれるのは、南蛮渡来の紅絵のお皿や、ツキとホシ姉妹の伝説にも(この分だと)下地があるのではと思うのですが、自分がそれを知らないことです。


雪姫 −遠野おしらさま迷宮−
寮 美千子
兼六館出版 2010-09 (単行本)
著者の作品いろいろ
★★★★
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箱庭図書館 / 乙一
乙一さんが一般の素人さんからボツ原稿を募り、その中から6篇をチョイスしてリメイクした短編集。 こう書くと身も蓋もない気がしてきますが、“オツイチ小説再生工場”という読者参加型の企画ものなのだそうで、ファンにしてみたら、これメチャメチャ美味しい企画ですよね。 嬉し恥ずかしコラボ作ですから!
これぞ究極のファンサービスと言えなくもないですし、タブーを逆手にとったようなふてぶてしさ(?)がいいじゃないですか^^ 一回くらいは。 投稿者のオリジナル版はこちらで読むことができます。
一篇一篇の出所が違うわけですから、もともと全く関連性のない単品だったはずが、架空の“文善寺町”を舞台にした連作短編集の体裁に整えられ、街角小説的な息吹きが吹き込まれています。
私立図書館のあるこの小さな町のキャッチコピーは“物語を紡ぐ町”。 一つの町、一つの箱庭を作っているような気持ちで執筆したとご本人が語られているだけあって、きらきらした物語がいっぱい眠っていそうな、ちょっぴり不思議テイストな・・ それぞれの短篇の相乗効果で“文善寺町”が魅力的に感じられました。
無類の本好きで、地元では伝説的存在になりつつある私立図書館勤務の山里潮音さんが全篇に渡りキーパーソンのように存在感を漂わせつつ、その弟の若き小説家や、潮音さんに三万円の借金がある後輩や、風船のような丸いお腹の警官、コンビニ強盗、殺人鬼、ぽっちな小学生、自意識持て余し文芸部員、暇な大学院生、川沿いの廃屋、黄色い王冠のマーク・・などなと。 あっ、あの時の! みたいな仕掛けでしみじみさせてもらえる場面がいい。
思うに、自分にない個性を作品に反映させてみたいという実験的な試みだったのかな・・と。 着想やディティルやテイストが多彩でマンネリ感がなく、逆にファンとしては乙一色が足りない気がしたのは確かなんですが、全体に甘酸っぱく、ほろ苦い青春系で綺麗なまとまりを見せていて、読み終えれば、やっぱり乙一だったなーという奇妙な感慨。
最終話の「ホワイトステップ」は、ラインナップの中で最も長い100頁余りの中篇で、わたしはこれが抜きん出てよかったです。 典型的な白乙一もの。 自分の書くものに近すぎて、当初、あまり触手が動かなかったと告白されているのですが、手掛ければこの完成度。 乙一さんの王道と言ってしまえばそれまでですが・・ やっぱり、“っぽさ”というのか、ワールドを求めたいなぁーと、これを読むと素直に思う。


箱庭図書館
乙 一
集英社 2011-03 (単行本)
関連作品いろいろ

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ぶたぶたの休日 / 矢崎存美
東京には山崎ぶたぶたが出没するのが自慢です♪ そろそろ逢えないかなぁ〜(と思いたい)。 いやいや、すけべぇ心があるうちはダメかも(とか思いたい)。 これはシリーズ第3弾。
ぶたぶたは喋るけど、動くけど、やっばり“ただのぬいぐるみ”なんだよね。 自分の分身のような、鏡のような存在なのかもしれない。 円らなビーズの点目に語りかければ心にストンと応えが届く。 涙を拭えば手の先っぽの濃いピンクの布貼りやムクムクとした鼻先を濡らしながら拭き取ってくれる。 抱きしめる時、抱きしめられている・・
ぬいぐるみファンタジーというのか、具象化されたぬいぐるみに託した作者さんの想いというのは、見事なまでに自浄作用に集約されていて、ぶたぶたがぶたぶたであることの必然性がジワ〜ンと伝わってきます。 何でもないけど凄く特別で、凄く特別だけど何でもない存在・・そんなニュアンスがいい感じで香ばしさを増しています。
ある時は見習い占い師、ある時は定食屋の従業員、ある時は助っ人刑事・・と、ぶたぶた属性が変わるごとに、また一人、都会の片隅の寂しん坊がほっこりと温もるのです。 そしてわたしのハートまで。
一方、メイン短篇群の合間に挟まれるようにして「お父さんの休日」と題された、普通の家庭のお父さんの休日バージョンのお話が少しずつ進行していきます。 図らずも(果たして?)煤けたピンクのぶたのぬいぐるみと遭遇してしまった主婦やら高校生やら職業人やらがリレーで、プライベート編ともいえそうなぶたぶたお父さんの一日の生態をウォッチングしていく格好。 ニアミス加減が楽しい楽しい。 ちょっとベッドタイム・ストーリー的な即興感もあって。
ぶたぶたが中年のおっさん(意外と声が渋いw)なのってちょっとどうなのぉ〜? という気に全然させないばかりか、無類のチャームポイントに仕立ててしまうところに矢崎さんのセンスを感じるし、この辺にもシリーズ成功の鍵が隠れているかもね。


ぶたぶたの休日
矢崎 存美
徳間書店 2001-05 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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仕掛け花火 / 江坂遊
[副題:綾辻・有栖川 復刊セレクション] 星新一さんとは、またテイストの一味も二味も違うショートショートの書き手、江坂遊さん。 星さんは生前、ご自身とはタイプの異なる江坂さんの作品を誰よりも認めていらっしゃったそうです。 本編は1992年に刊行された39篇から成る初期作品集の復刻版です。
日本にこんな素敵な奇想の作家さんがいたことを知りませんでした。 なんてファンタスティックな極小世界なんでしょう。 “奇妙な味”という言葉を使うと陳腐になってしまうけど、自分の中では、奇妙な味分野の最上位の掌編集といったイメージが近いように思います。 明確なオチや皮肉や切れ味がショートショートの生命線のように思い込みがちでしたが、もっと自由でいいのだと、江坂さんの紡がれるストーリーに接し、ショートショートの懐の深さを改めて教えてもらった心地です。
民話や昔話風、ファンタジーやSFやホラー風といった多彩なタッチが魅力ではありますが、それら全てが響き合い、調和して、ロマンや叙情やノスタルジー、恬淡とした可笑しみをさざめかせ、色鮮やかな情景と匂い立つような余韻を創出する世界観が見事。 言葉は極限まで削ぎ落とされているというのに、どうしてこんな陰影に富んでいるんでしょう。
三部構成になっており、厳密ではないのだけど、序盤はゾワっと怖めだったりブラックユーモア基調だったり。 終盤に向かうにつれ、段々と心に沁み入るような温かみのある色彩が多くなるように感じられました。 自分は中盤あたりに溺愛作品が多かったです。
一番のお気に入りは「月光酒盛」。 今昔物語のような素地を洗練させた雰囲気があって、ふと「陰陽師」や「雨月物語」を思い起こしました。 ラスト、仄かなユーモアと寂寞とした余韻が美しく、忘れられない一篇。
「夜釣りをする女」は、女性がビルの屋上で夜釣りをしているというシチュエーションがもう、シュールでロマンチックなんだけど、これはラストが謎オチっぽくて無性に惹かれた。 たぶんニヤッとする解釈でいいんだと思うけど、あの寸止め感が堪らない。
今思ったけど、黄昏時や夜を背景とする話が結構多いです。 だから宵闇の暗さや不穏さ、密やかさ、寂しさ、心許なさ、優しさ・・ そんな空気感が生まれていたのかも。 一方で江坂さんの原点には落語があるそうで、語り調、掛け合い調の軽やかな文体が多いのも特徴的なのです。 これが馥郁としてカラッと明るい独特の雰囲気に繋がっているんだと思う。 この相反する要素が喧嘩せずに分かち難く融合しているところが、なにより江坂さんを江坂さんたらしめていたのかもしれない。
平凡な日常が次第に非日常に侵食されて、遂には彼方側へ行ってしまう系の「ある日の妻」は嫋々たる余韻を、「我が家遠く」はクスッとしたくなるユーモアを楽しめました。
一気に世界がグラっと反転する「夢ねんど」や「会議中」も、ラストの一抹のユーモアが可愛らしく、特に「夢ねんど」は、冒頭の一文が放つ詩情にノックアウトされてしまった。 同じく世界がひっくり返る系でも「猫かつぎ」や「かげ草」は、“語り”の妙味を楽しむ作品です。
シュール系では「背中」や「地下鉄御堂筋線」が、感性の変テコさを迸らせていて圧巻。 そしてやはり、掉尾を飾る「花火」が滋味深い名作。 夏の終わりのイリュージョンが哀愁を掻き鳴らします。 他、「新しい店」「踊る男」「骨猫」「秋」あたりも印象的で大好きな作品です。



仕掛け花火
― 綾辻・有栖川 復刊セレクション ―

江坂 遊
講談社 2007-11
(新書)
★★★★
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原稿零枚日記 / 小川洋子
余計なことを考えている暇はないのに、つい考えてしまう。 そんな四方山事の詰まった日記を追いながら、遅々として原稿の進まないとある小説家の女性の1年の消息が物語られてゆきます。
かつては文学賞応募作品の下読みをして、あらすじを添付する仕事に携わっていた主人公。 作品の底から一粒の結晶のようにあらすじを掬い上げる才能は、文壇の伝説といわれたほどでした。
テキストとなる本が存在しなくてもあらすじを語りたい・・ やがて芽生えた欲求のままに小説家の道へ。 それって作家の本懐なんじゃないかしら。 凄く幸福な出発点に思えるんだけど、彼女のベクトルがあまりに内向きで内向きで・・ 心象風景に寄り添っていると、気持ちがしんとしてきて淋しくなってしまいます。
でもほら、どうでしょう! “原稿零枚日記”を集めたら一冊の本ができてしまったではありませんか。 清々しく凛呼とした魂を輝かせる正のポテンシャルが物語の底に潜んでいたんじゃないかなって漠然とした感懐も覚えるのでした。
小説家が主人公ということで、ずっと前に読んだ「偶然の祝福」を思い出しました。 確かその時は、一瞬、疑似エッセイ?って思っちゃったくらいこちら側に比重を置いたゾーンで話が進行していたように記憶してるんですが(定かじゃありません;;)、今回は、主人公のフェチぶりや妄想狂ぶりがグレードアップしていたというか、そうとうにトリップ感漂わせつつ(でもだからこそ、ほらね、こんな芳醇な物語が既にここに!)、そのくせして、人に迷惑をかけてはいないか極端に怯え、自らに課した枠の内に頑ななまでにひっそり留まり、留り続けているうちに置き去りにされてしまう内気な幽霊のような、いつも小心な傍観者・・ 外向きにはどこまでも人畜無害な存在の主人公なのです。 そのギャップの妙味というのが小川さんらしくて好き。
生活改善課のRさんに見せる卑屈さが、ふふ、何とも可愛らしくてユーモラスなんだ。 盗作のことで悩まなくても大丈夫。 あれはきっと小説の神様の仕業だから。 メスの体の一部になっていくオスの深海魚の気持ちは、絶望じゃなくて、おそらくは恍惚だとわたしは思うのだ。 だからきっと痛くないよって、彼女にそう伝えたくて・・
何かこう、ミクロがマクロを覆い尽くし、マクロがミクロに宿る物語宇宙に、有機体たちの溜息がそっと静かに舞っているような・・ 神秘を感じる物語だったなぁ。


原稿零枚日記
小川 洋子
集英社 2010-08 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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なくしたものたちの国 / 角田光代
[挿画:松尾たいこ] 松尾さんのイラストに角田さんがストーリーを寄せて誕生した競作集。 お二人のコラボは「Presents」(大好きでした!)以来でしょうか。
雉田成子という一人の女性の一生を切れ切れに写し取った五つの短篇で構成される連作形式の物語。 気持ちの深〜いところをさらさらと、ズキズキと刺激してくるファンタジー風味が絶妙です。
何かをなくしたらそこに空洞が生じ、空洞はやがて何らかの代償で埋められる・・ 人が子供から大人になって、やがて老いていく人生のプロセスは、その繰り返しなのだと捉まえることができるかもしれません。 質量保存の法則(?)じゃないけど、ある時なくしてしまったものたちも、消滅するのではなくて、何処かに行き着いて存在している。 命だってきっとそう。 全ては大きな円環の中で繋がり合い響き合い、廻り廻っている・・ そんなイメージで人生観、死生観が描かれていました。 なんかね。(ちょっと強引なくらい)とってもポジティブな物語だったなぁ。
正当化するくらいの決意で、思い込みでも構わないから、意志の力でもって断固として自分を肯定して生きていかなくてはならない時もある。 幸せか不幸せかを決めるのは結局のところ主観なのだから、幸せを感じなきゃ損!
捻くれてて嫌になるなぁ・・orz (角田さん、松尾さん、ごめんなさい;;)見当違いも甚だしいけど、こんな受け止め方が今のわたしには精いっぱいでした。 この物語の3章目付近を彷徨いている(しかも成子のように大人にはなれない・・)人生道半ばの未熟者には、少しばかり眩しかったのです。
わたしは“なくしたものたちの国”へ行くのが怖いです。 忘れてしまったものたちへの愛惜と同じ数の、忘れることで得られた安寧のことを考えてしまうから。 思い出したいものと同じ数の、思い出したくないもののことが心を過ぎってしまうから。 “なくしたものたち”と向き合う扉を開いた時、成子のように切ない歓びと大いなる安らぎに包まれる自信がないのです。 だから死ぬのが怖い。
でも、何時か・・ 角田さんと松尾さんが紡いだこの健やかな境地を素直に感受できる自分になりたいものです。 固く封印して遠ざけたあれやこれやさえ、甘やかな痛みと共に愛おしく懐かしく思い返せるように年を取りたいなぁ。


なくしたものたちの国
角田 光代
ホーム社 2010-09 (単行本)
関連作品いろいろ

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